地方へのUターンを増やすには、どうすればいいのか。経営エッセイストの藻谷ゆかりさんは「地方には“長男教”とも言える封建制度が根深く残っている。そのような場所では男女差別が横行しており、妻が夫のUターンに反対することが多い」という――。

※本稿は、藻谷ゆかり『山奥ビジネス』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■日本の少子化は手の施しようがない

日本の人口は2008年に1億2808万人でピークとなって以来、減り続けている。自然増すなわち出生数は、1970年代前半の第二次ベビーブーム以降、一貫して下がっている。本来なら第二次ベビーブームで生まれた女性たちが、2000年以降に30歳となって出産する時期を迎えたのだから、第三次ベビーブームが起こってしかるべきだった。しかし、第三次ベビーブームは起きていない。このことは、日本の人口問題において、決定的なダメージになっている。

写真=iStock.com/Sviatlana Lazarenka
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sviatlana Lazarenka

また1990年以降、男性の生涯未婚率(50歳の時点で一度も結婚していない人の割合)は上昇し続け、現在では約25%にもなっている。未婚の男性が子供を持つということは、日本では非常にまれなので、男性の未婚率が高くなることはダイレクトに少子化につながる。女性が子供を産まなくなったというより、子供がいない人が増えた「無子化社会」になっているのだ。

少しばかり出生率が改善したとしても、そもそも出産年齢の女性人口が少なくなっているため、これからの日本で出生数が増えることはない。このように、もはや日本の少子化問題は手の打ちようがないのだ。したがって、日本全体で少子高齢化が一層進み、「自然増<自然減」のトレンドが続いていくことは明白である。

■地方が目指すべきは「Uターンによる社会増」

次に、社会増減について論を進めていこう。地方では若い世代が、進学や就職などで地元を離れたまま戻らない社会減が問題になっている。しかし社会減は、大学や専門学校などに進学して専門知識を得たり、地域外で新しい人脈を作ったりするために必要な「越境学習」の機会でもある。従って若い世代の社会減はやむを得ないと考えるべきである。

長野県に住んでいる筆者は、地元の年配者から「若い世代が進学や就職で、地元を離れることを止めなければならない」という意見を聞くことがある。しかしながらこうした意見は、若い世代が「越境学習」をして成長する機会を奪うことになり、長期的には地方を衰退させることにつながるだろう。

地方が目指すべき方向性は、若い世代が地元を離れることをストップすることではなく、地元を離れた若い世代が越境学習を終えて、男女ともに地元に戻ってくること、すなわち「Uターンによる社会増を増やすこと」なのだ。

■Uターンが起こらない地域ではIターンも期待できない

越境学習のための社会減はやむを得ないとしたら、地方ではとにかく社会増を増やすことが重要となる。社会増というとIターンのイメージが強いかもしれないが、実際には地方移住希望者の半分以上はUターンであり、地域でいかにUターンを着実に促進していくかが最も重要である。

Iターン移住者が来ることは予測不能であるのに比べ、Uターンはその土地出身の男女が地元に戻ることであるから、Iターンに比べて起こしやすいと考えられる。そして個人情報保護の問題はあるにしても、自治体にとっては「地元出身者は、住所と名前がわかっている移住候補者」なのである。

極端な仮定だが、ある地域に生まれ育った男女が進学や就職で外に出ても、全員がその地域に戻ってくる、理想的には配偶者を連れて戻ってくる状況であれば、地方の人口は今のように大きく減少していくことはない。しかし、後述するように、地方に住む親たちは「長男が地元に残り、他の子供たちは出て行って構わない」というスタンスなのである。

移住政策を考える場合には、まず確実にUターンを増やしていくことが重要だ。そもそもUターンが起こらないような地域では、Iターンにも期待できないであろう。

第1回で取り上げた北海道東川町のように、その地域に魅力的なビジネスがあると、子育て世代のIターン移住による社会増が起こることもある。それは自然増にもつながり、地域の人口減少が緩和されるだろう。特に東川町は、様々な努力で地域の魅力を高めたことにより、この25年間で人口が増加し、今や人口の約半数が移住者となっていることは注目すべきである。

■封建的な「長男教」が根深く残る地方

筆者は横浜市で生まれ育ち、結婚して千葉県に住んで、20年前に家族5人で長野県に移住した。ここからは、首都圏出身者である筆者が地方に20年間、越境学習して気づいたこと、体験したこと、聞いたことも含めて執筆することをお許し願いたい。

地方での生活は、自然が豊かで食べ物が美味しいといったメリットがある一方、その社会は一般に封建的というデメリットがある。保守的・閉鎖的というより、封建的なのだ。地方では家父長制が強く、家族の中で父親の意見が絶対視されている。また長男教と呼ばれるように、子供の中で跡継ぎとする長男だけを優遇する。

さらに「男衆・女衆」という言葉に象徴されるような男女の固定的な役割分担が、地域社会や家庭に根強く存在している。各家庭のことは外の人間にはわからない。以下は、実際に私が長野県という地方に20年間住んで地元の人たちから聞いた話である。

家父長制というのは、家長である父親の意見が家の中では絶対的に正しく、他の家族の意見が聞いてもらえない状況である。そうした家父長制では、夫婦喧嘩や親子喧嘩というものが存在しない。妻は夫に意見をしたりせず、子供たちは成人していたとしても、男女を問わず父親の意見に異を唱えたりしないからである。

首都圏出身者である筆者は、親子喧嘩や夫婦喧嘩を繰り返して家庭生活を送ってきた。そういう筆者からすると、家父長制というのは、家族の中でお互いの気持ちを本音で話し合わない制度であるように思える。そして家長の意見が必ずしも正しいとは限らないことにも留意すべきだ。

■親戚の集いでは長男の嫁はひたすら食事の用意

長男教とは、子供たちの中で長男だけをあらゆることで優先することである。長男教の親は、「長男は家業を継いだり公務員になったりして地元に残ってほしいが、それ以外の子供たちは出て行ってもいい」と考えている。そして、「子供の中で、長男が常に最初に風呂に入る」というような長男優先が、子供の頃から執拗(しつよう)に繰り返される。

他の子供からすれば、そうしたことは理不尽でかつ不公平であり、子供の時のつらい思い出になって、地元や実家にUターンする気持ちを削ぐ。つまり「長男だけが地元に残ればいい」という長男教は、長男以外の子供たちがUターンをしなくなることで、地方の人口を減少させることにつながる。

また、そうした「長男教」の両親は、「長男の嫁がすべての家事を担うべき」という考え方を持っている。例えば盆や正月に親戚一同が集まった時には、長男の嫁だけが朝昼晩、すべての家族分の食事を作り続けるそうだ。こうなると「長男の嫁になる」ことを望まない人が増えても無理はない。

写真=iStock.com/Stefan Tomic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Stefan Tomic

それゆえに地方の長男には嫁が来なくなる。もしくは都市で結婚した長男がUターンしようとしても、「長男の嫁」の役割をしたくない妻からUターンを反対される。こうして頼みの長男が結婚できない、もしくは地元にUターンできないことになり、地方での人口減少は一層進むことになる。

そして地方では家庭や地域の行事は、「男衆・女衆」によって執り行われる。つまり様々な役割が性別で分けられているのだ。盆や正月や地域行事の際に、男衆は酒を飲んで食べている一方、女性は食事を準備し、また後片付けをするというように役割が分かれるのである。おとなしく「男衆・女衆」というローカルルールに従っている母親は、娘にこう告げるそうだ。「ここは、嫁に来るところじゃない」。

その言葉を聞いた娘は、どこか別の場所に行って暮らすことを選択するだろう。もしくは母親が言わなくても、若い女性は「男衆・女衆」の根強い地域から出て行き、都市で自由に暮らすことを選択するだろう。

■女性は一度地方を去ると戻ってこない

20代前半の男女は、進学や就職のために地方から転出することが多い。その一方で、男性は20代後半で一定数が出身地に戻るが、女性の場合には転出が引き続き多い。そのことはデータがはっきり示している。

図表1は、2020年(令和2年)10月1日の国勢調査で、都道府県別、男女別に20〜24歳(20代前半)と25〜29歳(20代後半)の「他県からの転入と他県への転出」の数字をまとめたものである。

出所=『山奥ビジネス』

どの都道府県においても、進学・就職のために20代前半の移動人口が多い。また20代後半の移動人口が次に多いが、それは主に就職のために移動していると推測される。このデータでは、20歳〜24歳と25歳〜29歳の男女別の転出・転入とその差分(ネットの転入・転出数)と、さらに男女を合わせた差分(ネットの転入・転出数)を計算した。

以上のデータから、都道府県別の転入・転出の状況をまとめると、図表2のようになる。

出所=『山奥ビジネス』

20代の転入超過は東京都が圧倒的に多く、続いて神奈川県や千葉県、埼玉県の首都圏、加えて愛知県や大阪府である。男性に限って言えば、静岡、滋賀、広島も転入超過になる。

一方、転出超過県のうち、20代前半後半で男女ともに転出超過になったのは21道県である。「20代後半で男女ともに転入超過」となる県は6県あり、「20代後半で男性のみ転入超過」となるのは9県。「20代前半で男女の少なくともどちらかが転入超過」となるのは京都府、福岡県、宮城県、石川県、滋賀県で、主に進学によるものと推測される。

■女性にとって魅力的な仕事が地方にはない

これらのデータから、「地方の20代男女が、首都圏や愛知県、大阪府に転入する」とともに、「男性に比べて、女性が地方に戻らない」ことは明らかである。

「地方では、やりたい仕事がない」という声を聞くことがあるが、それは男性でも同じであろう。つまり男女で転入・転出に差があることの根底には、地方での採用状況や職場において男性が有利であり、男女差別があると推測される。換言すると、女性がUターンしたいと思っても、地方にある魅力的な仕事は男性が優先的に採用されるため、女性は都市で働くことを選択するのである。

地方の人口を増やすためには、若い女性のUターンを推進することが必要であるが、そのためには地方での就職活動で男性優先にしないことや、地方の職場で男女平等にすることが重要となる。また地方で子育て中の家庭では、「子供たちを平等に育て、男女ともに『地元に戻りたい』という土壌を培うこと」をぜひ実践していただきたい。その効果が出るのは次の世代、数十年先のこととなるとしても。

■「出産祝い金」「給食費無料」は的外れな施策

2014年に出版された『地方消滅』では、全国の市区町村別の将来推計人口を、自治体の若年女性人口の減少率から推計していた。その自治体に若年女性が一定数いれば子供も生まれて自然増があり、人口減少も抑えられる。この本の結論は、「若い女性が出ていく地方は消滅する」ということだ。しかし、若い女性が地方から出ていく原因を十分に分析していない。

藻谷ゆかり『山奥ビジネス』(新潮新書)

また『地方消滅』で「消滅可能性が高い」と指摘された自治体は、その後どんな努力をしてきたのだろうか。「子育て支援」という名目で、出産祝い金を出したり医療費や給食費を無料にしたりする施策をしてきた自治体が多いが、これは全くもって的外れな施策である。

なぜならば、若い女性が地域にとどまる、もしくはUターンするためには、まず地方で若い女性が働く場がなければならないからである。すなわち若い女性たちにとっては、「子育てよりも、まず働く機会があるかどうか」が問題なのだ。その時点で若い女性が都会で働くことを選んだら、そのまま都会で働き結婚することになるだろう。このことを勘違いしている自治体関係者や地方議員が多いと思う。

そして女性たちは、活躍したいのでもなく、輝きたいのでもなく、「普通に男女平等な職場で働きたい」ことを理解すべきだ。

----------
藻谷 ゆかり(もたに・ゆかり)
経営エッセイスト
東京大学経済学部卒、米ハーバード・ビジネススクールMBA。会社員、起業を経て現在に至る。2002年、家族5人で長野県に移住。著書に『衰退産業でも稼げます』(新潮社)など。
----------

(経営エッセイスト 藻谷 ゆかり)