最高のリーダーに必要な素養とは何か。2001年、アメリカ同時多発テロ(9.11)に対処した米ゼネラル・エレクトリック(GE)のジェフ・イメルトCEOは「GEは1200機の飛行機を所有しており、ジェットエンジン事業こそがGEの未来だった。そのためGEを守るには、航空会社の命を救う必要があった。うろたえている場合ではなかった」という――。

※本稿は、ジェフ・イメルト『GEのリーダーシップ』(光文社)の一部を再編集したものです。

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■凄惨な様子がテレビで映し出された9.11

9月11日火曜日の朝5時に目が覚めた私は、主要顧客であるボーイング社を訪問する前にジムへ行くことにした。踏み台昇降マシン(ステアクライマー)の上にあったテレビをつけると、どのチャンネルも110階建てのワールドトレードセンターのノースタワーが燃える様子を映し出していた。

私が聞いた最初のレポートは、小型の飛行機が誤ってコースを外れたのだろうと推測していた。しかし、ステアクライマーを右、左、右、左と昇り降りする私の目の前で、別の飛行機がサウスタワーに激突した。小型とはとても言えない大きさの飛行機が。ランケン空港で飛行機の話をしてくれた父のおかげで、私にはそれがボーイング767型機だとすぐにわかった。今まさに何か恐ろしいことが起こっていることは間違いなかった。

ジェフ・イメルト『GEのリーダーシップ』(光文社)

私は急いでジムを出て部屋に戻った。妻のアンディと14歳の娘のサラはコネチカット州ニューカナーンにいる。最近、ミルウォーキーからそこへ引っ越したばかりだ。家族の安全を確かめたあと、私はテレビをつけてから、最初にGEの最高財務責任者(CFO)であるキース・シェリンに電話をした。彼もちょうどニュースを見ていたところだったが、私たちは想像を絶する映像を脳が処理するまで、あまり多くを話すことができなかった。

飛行機が激突した場所より上の階にいた人たちは避難できたのだろうか。できたとしたら、どうやって。そんなことを話した。

その一方で、ツインタワーのすぐそばにあり、ワールドトレードセンターの一画を構成する47階建ての7ワールドトレードセンターのすべての再保険をGEが保有している事実を、2人とも知っていた。保険証券を有している保険会社に、私たちが保険をかけたのだ。シアトル時間の午前6時59分、サウスタワーが崩れ落ちた。自分の目が信じられなかった。29分後、ノースタワーも崩れ、7ワールドトレードセンターもまもなく倒壊した。ツインタワーは強大な力に押しつぶされたのだ。煤と不気味な白い灰が、ロウアー・マンハッタンを飲み込んだ。

■航空機テロはGEに大打撃を与えかねない

私はアンディ・ラックに電話した。GEの傘下にある放送局NBCのナンバー2だ。彼のボスであるボブ・ライトが移動中だったため、私はラックを現地ニューヨークの情報源に指名した。ラックはNBCのニュース部門から、2機の旅客機がツインタワーに衝突しただけでなく、別の1機がペンタゴンに墜落し、4機目がペンシルベニアの平地に墜落した情報を得ていた。これは一連のハイジャック事件――テロ行為だったのだ。

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アメリカ全土に衝撃が走った。また、GEの航空部門にも直接影響する出来事でもあった。歴史上初めて、飛行機そのものが武器として利用された。そしてGEは飛行機を1200機も所有している。ジェットエンジン事業こそが、GEの未来なのである。

ニュースキャスターが、予想される犠牲者数をレポートしはじめたころ、私はロサンゼルスにいるライト(NBCのCEO)と連絡がついた。私たち二人は追って通知があるまで、コマーシャルなしで放送を続けることに決めた。何百万ドルもの損害になるが、そんなことにかまっていられない。およそ3000人が命を落とし、6000人以上が負傷し、国家が戦争の危機に瀕していたのである。テロ攻撃ほぼ一色に染まった報道の合間に宣伝を行うことが、正しいことだとは思えなかった。

■ニューヨーク市長に匿名での寄付を申し出るが…

まもなく、悲劇のほぼすべての部分に、GEが何らかの形で関わっていることが明らかになってきた。GEのエンジンを積んだ飛行機が、GEの保険に加入している不動産を破壊した。そのニュースを伝えるNBCは、GEが所有するテレビ局だ。2人のGE社員――ツインタワーの一棟の最上階で働いていたNBC技術者と、墜落した飛行機に乗っていた航空部門に属する女性社員――が命を落とした。

タワーは火曜日に崩壊した。水曜日、アンディ・ラックと私は話し合い、GEは消防士をはじめとした救助関係者の家族に1000万ドルを寄付すべきだと結論した。私はニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニの電話番号を知っていたので、電話をかけてみた。アシスタントが応対するのだろうと思っていたのだが、2回ベルが鳴っただけで、ジュリアーニ本人が電話に出た。私は、“匿名で”寄付をしたいと伝えた。その申し出をジュリアーニは断固として拒んだ。

「馬鹿を言うな、ジェフ!」と、彼は言った。「GEの寄付を使ってほかの会社に恥をかかせて、寄付をするように仕向けてやる!」。その1〜2時間後にジュリアーニは基金を設立し、GEからの寄付を公表した。彼はGEの寄付を呼び水にして、何億ドルもの寄付を集めたのである。

それ自体は喜ばしいことだが、だからといってテロの恐怖を消し去ることはできない。CEOとしての最初の1週間が終わるころ、GEの株は価値を20パーセント失い、会社の時価総額は800億ドル減少した。

■「直感を信じなさい」

そのころ私は、R.H.メイシー社の先駆的な取締役にして、当時のGEの取締役会にも参加していたG.G.マイケルソンに、意見を求めるために電話をした。

マイケルソンはすごい女性だ。何枚もの壁を打ち破り、当時はほぼ男性しかいなかったコロンビア大学ロースクールに通い、デパートチェーンのメイシーズのためにチームスターズなどの労働組合のリーダーたちを相手に交渉し、彼女の助けを求める企業の取締役会で、多くの場合唯一の女性として力を尽くしてきた。

彼女は厳しい環境で育った女性だ。母親が結核を患い闘病生活を送っていたため、何度か孤児院で過ごしたこともある。その母親はマイケルソンが11歳のときに亡くなった。厳しい嵐を乗り越えてきた人物として、彼女ならしっかりとアドバイスしてくれると、私は信じていた。

GEが何を優先して行うべきかずっと考えていると言う私に、彼女は力強く言ってくれた。「あなたは何も間違っていない。直感を信じなさい」。その言葉があまりにもありがたかったので、私は言うつもりのなかった事実までも告白してしまった。「本当のところ」、私は彼女に言った。「この1週間ずっと吐きそうだったのです」

■GEを守るために最も重要な顧客をまず守る

9.11からの数日は混乱が続いた。アメリカの空は商業飛行を再開できるほど安全ではないとみなされたため、私の経営陣はさまざまな都市で足止めを食らった。私はシアトル、CFOのキース・シェリンはボストン、GEの副会長で以前はCFOだったデニス・ダマーマンはパームビーチ、そしてボブ・ライトはロサンゼルスにいた。そこで私たちは、6時間ごとに電話会議をすることにした。

直面するすべての問題を把握しつづけるのは至難の業だった。GEのフライトシミュレーターを使っていた顧客に、アタという名の人物がいた。私たちは、この人物がノースタワーにアメリカン航空の飛行機を激突させたハイジャック犯のモハメド・アタと同一人物なのか、確かめなければならなかった。確認するのに時間がかかったが、ありがたいことに同じ人物ではなかった。

次に、7ワールドトレードセンターの再保険がどの程度の損害につながるのか、見極める必要があったが、これについては10億ドルの評価損と考えた。

また私は、亡くなったGE社員の遺族に声をかけ、健在だった社員には励ましの電子メールを書いた。GE内で全社員宛にメールが送られたのは、これが初めてのことだった。私は祖国を、会社を、家族を、同時に案じた。やるべきことのリストは恐ろしい長さになったが、同時にそれが私を奮い立たせた。

GEにとって最も重要な顧客を守る、私はそう心に決めた。最も重要な顧客とは、私たちの航空機エンジンを買い、飛行機をリースするアメリカの航空会社のことだ。飛行機に乗ると離陸前に、緊急時にはまず自分のマスクを着用してからまわりの人を手助けするようアナウンスされるが、私はその逆のパターンを選んだ。GEを守るために、まず航空会社の命を救うことにしたのだ。だが、のちにわかったことだが、それはとても難しいことだった。

■1週間で1.2兆ドルが失われた

テロ攻撃から48時間以上がたった木曜日の夜、私はようやくコネチカットの自宅に戻ることができた。妻と、ハイスクールに入学したばかりの娘に再会できて、ほっと胸をなで下ろした。ただでさえ、私がGEヘルスケアを率いていたころに住んでいたミルウォーキーから見知らぬ土地への引っ越しで、娘は不安になっていた。そこに今回の悲劇が起こったのだから、本当につらかったに違いない。

テロ攻撃の6日後の月曜日、9.11以来閉鎖されていた株式市場が再開した。その週の終わりの時点で、ダウ工業株30種平均は14.3パーセント下落した。当時、1週間の下落ポイントとしては過去最大だった。価値に置き換えると、1.2兆ドルが失われたことになる。私は平静を保つよう心がけたが、GEとて無傷でいられるはずがなかった。

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最大株主を含む数多くの株主から、「GEがそこまで保険業に入り込んでいたとは知らなかった」などという声が聞こえてきた。私は、「隠したつもりはない。我々の株を買う前に、なぜもっとよく調べなかったのか」と反論したくてうずうずしたが、じっと無言を貫いた。

■人は最も困難な時に救いの手を差し伸べた人を決して忘れない

毎朝ジムのステアクライマーに乗って、昇り降りを繰り返すことで、自分が正気であることを確かめようとした。『ニューヨーク・タイムズ』や『ウォール・ストリート・ジャーナル』などの主要新聞にGEとして全面広告を出すことにしたのも、平静を失っていないことを示すためでもあった。

その広告のなかで、真剣な表情をした自由の女神像が片腕の袖をまくし上げて、今にも台座から降りようとしている。その下にはこう書かれていた。「さあ、袖をまくし上げて取りかかろう。ともに前進して乗り越えよう。決して忘れたりしない」

飛行機の運航が平常通りのスケジュールに戻ってからも、利用しようとする人はほとんどいなかった。航空会社は傷つき、その痛みがGEにも伝わった。本稿を書き終えた2020年、コロナウイルスが同じように航空業界を直撃した。おそらく今回のほうが衝撃は大きいだろう。当時も今も、私は自分たちの問題を解くだけではなく、同時に顧客にも手を貸すことが重要だと信じている。人は、最も困難な時に救いの手を差し伸べてくれた人を決して忘れないものだ。

そのころ、私は毎晩のように幹部チームと電話でやりとりして、会社の損害について話し合った。毎晩、新たな問題が生じた。言葉のあやではなく、本当に“新しい”問題が。自分が新しい言語を習っているような気になることもあった。

誰かがこう言う。「つまり、明日我々がアメリカン航空のEETCを10億ドルで買わなければ、彼らは破産してしまう」。EETCとは「拡張航空機材信託証券」という債券の一種のことだ。私ですら、ダマーマンが初めてその略語を使ったときには尋ねる必要があった。「おい、EETCって何だ」。これほど短期間で多くを学んだ経験はほかでしたことがない。

私たち全員が「トリプルD」と呼んでいたデニス・ディーン・ダマーマンは、この上なくタフな金融マンだった。1984年、38歳の若さでジャック・ウェルチからGE史上最年少のCFOに任命された彼は、2001年時点でありとあらゆることをすでに経験していた。だからこそ、混乱を目の前にしても落ち着いていられたのだろう。私にとっては指導者のような存在だ。

まだビジネススクールに在学していた私を初めて面接したGE関係者がダマーマンで、それ以来、私は彼のサポートにつねに感謝している。そして今、私は彼の冷静さをいつにも増してありがたいと思った。

■最高のリーダーに必要な素質

最高のリーダーは不安を和らげる。けむに巻いたり、できもしないことを約束したりして、落ち着かせるのではない。真実を正しく伝えたうえで、人々に前に進む力を与えるのが最高のリーダーだ。

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9.11をきっかけに、GEの社員は私たちには計画があり、その計画の実行には彼らの協力が欠かせないのだというメッセージを聞きたい、信じたいと願っていた。私がうろたえて、吐き気を抑えるのに必死だったなどという話は、誰も聞きたくないのだ。

真のリーダーは率直でありながらも、パニックに陥ることはない。最高のリーダーは過ちを認めるが、自分の後ろめたさを誤魔化すために、同僚に責任を押しつけたりはしない。透明性を目指すのはすばらしいことだ。しかし、本当のゴールは透明性ではなく、問題の解決である。行動計画を示すことなく自分の責任だけを減らそうとする行為は、率直さを装った利己主義に過ぎない。殊勝な態度に見えても、実際には傲慢さの表れなのである。

■受話器を叩きつける同僚に「君は電話がうまい」

GEは、航空会社を潰すわけにはいかなかった。だから9月11日から12月1日までに数百億ドルを融資した。だが、たとえそれで航空会社が救われたとしても、その後も厳しい戦いが続くことになる。

この時点で航空会社は、保険契約に含まれる特殊なテロ関連例外条項の審査に合格した外国にしかフライトが認められなかった。当時、そのような審査を通過した国はごくわずかだった。たとえ今後GEがリースした飛行機がテロ攻撃に利用されたとしてもGEが責任を負うことはない、という状況を確保しなければならなかった。だから平日の夕方になると、私たちは審査に合格しなかった国の航空会社に電話をかけたのである。

毎晩、私たちは航空会社のCEOかその国の大統領に電話をして、悪い知らせを伝えた。「明日、GEの飛行機を飛ばさないでください。あなたの国がテロ関連の例外条項審査に合格しなかったのです」。トリプルDことダマーマンがポーランドや日本やオーストラリアのリーダーに電話をかけて、「明日、私たちがリースしている8機のGE飛行機を使わないでくれ」と伝える。すると相手は、そんな話は認められないと答える。それに対してトリプルDは、「頼んだのではない、命じたのだ」と応じる。

会話は感情的になる。「ばかばかしい」という言葉が受話器の向こうから聞こえてくると、トリプルDが「絶対に飛ばすなよ。飛ばしたら訴えるからな!」と叫び返す。

私は、そのような言い争いがしばらく続いたあと、トリプルDが受話器をたたきつけるように置いたのを見たことがある。その様子が今でも忘れられない。一呼吸置いてから、私は彼に笑いかけてこう言った。「次の電話、私の代わりにやってくれるか。君のほうが上手だから」

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ジェフ・イメルトゼネラル・エレクトリック元CEO
1956年生まれ。ダートマス大学において応用数学分野で学士号を取得後、P&Gに入社。その後、ハーバード・ビジネス・スクールに進み、MBAを取得。1982年にゼネラル・エレクトリックに入社。2001年から2017年までCEOを務めた。妻と一人娘がいる。
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(ゼネラル・エレクトリック元CEO ジェフ・イメルト)