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今回のテーマは、「ロングセラーブランドの活性化」です。もし、数十年続くブランドの担当者だったらどんなマーケティング戦略を考えるでしょうか?しかも、その市場は縮小傾向にある。大胆なリブランディング?新製品投入によりライン拡張?それとも、新たなコミュニケーション?ブランドの置かれている状況やその企業が持つ固有のブランド資産によってさまざまな戦略、施策が考えられます。

この難しいテーマに対して、生誕94年の牛乳石鹼「カウブランド 赤箱(以下、赤箱)」がマーケティング戦略の転換によって成果を出しています。今回は、その取り組みを通じて「ロングセラーブランドの活性化」について学んでいこうと思います。

「赤箱」の歩み

1909年に大阪府大阪市で設立された「共進舎石鹼製造所」が、後の牛乳石鹼共進社です。その後、創業20周年の1928年に自社ブランドである「牛乳石鹼」=「カウブランド 赤箱」の製造販売が始まりました。

1928年当時の初代赤箱。画像出典:牛乳石鹼共進社株式会社「赤箱年表」

戦前は、製品の60%を輸出しており、中国~中近東まで幅広く展開していました。しかし、太平洋戦争さなかの1945年、空襲によって大阪の工場が全焼してしまいます。その影響もあり、一時的に「赤箱」ブランドが停止。復活したのは、工場の全焼から4年後の1949年でした。

その後、1956年に作られた「牛乳石鹼 よい石けん♪」で知られるラジオ番組のCMソングがきっかけで、「赤箱」は知名度を全国的に高めることに成功します。また、1961年には民放で初めてのカラーテレビ番組「シャボン玉ホリデー」の1社提供を始めるなど、積極的に広告コミュニケーションを展開していきました。

「赤箱」はその製造方法にこだわりが詰まったブランドです。

宮崎さん:「鹸化塩析法」と言われる釜だき製法でつくっています。原料投入、加熱攪拌(かくはん)、食塩水投入(1次塩析)、静置、食塩水投入(2次塩析)、静置、汲み取りという製造過程なのですが、とにかく時間がかかる…。弊社には60トンの釜があり、そこから5日間かけて約40万個の石鹸をつくります。

中略

宮崎さん:化学反応によってつくる「連続中和法」は、早く大量に石鹸をつくれるのですが、これは保湿成分が全くない「純石鹸」という石鹸です。これではそのまま使えないので、その後に保湿成分や添加物を加えるんですよ。
一方で「鹸化塩析法」は、牛脂に含まれているグリセリンが程よく石鹸に残るので、保湿成分や添加物を後から多く加える必要はありません。
注:スクワランはサメの肝油から抽出しています。これは後から添加しています。

出典:ハンズ ヒントマガジン「牛乳石鹼・カウブランド赤箱、94年のあゆみ!」

このように牛乳石鹼共進社は、他社とは異なる独自技術を長年踏襲して、「赤箱」を作り続けています。

固形石鹸市場について

ここ数年、業績が好調な「赤箱」ですが、固形石鹸市場の低迷とともに、業績が低調な時期があったそうです。

出典:日本石鹸洗剤工業会「身体洗浄剤の販売推移1990~2021年」(データ:経済産業省鉱工業動態統計室、グラフ制作:日本石鹸洗剤工業会)

固形石鹸市場の縮小に加え、売上の中心となる顧客の年代が上がり、新たな顧客が取り込めなかった基幹ブランド「赤箱」の低迷をきっかけに、2011年「赤箱再生プロジェクト」を立ち上げ、2013年に19年ぶりに「赤箱」のパッケージをリニューアル。そして、宮崎悌二社長が就任した翌年2015年に、再びパッケ-ジをリニュ-アルしました。

就任当時は、「青箱」が堅調に売上を伸ばす一方で、「赤箱」は低迷していた。ブランド認知度も赤箱を凌ぐ勢いで、当社のコーポレートカラーも赤から青に変えなければならない日がくるのではないか。少し大げさに聞こえるが、それくらいの危機感を持って「赤箱」のテコ入れをしなければいけないとの気持ちで、赤箱の再生プロジェクトを立ち上げた。

出典:週刊粧業『牛乳石鹼、「カウブランド」の価値向上に邁進して創業110周年』

これが、ロングセラー(かつ停滞していた)ブランドの活性化を成し遂げた、「赤箱」のマーケティングの大きな転換点でした。

「赤箱」マーケティングの転換

2015年当時、「赤箱」の売上の中心となる顧客は60代。若者の使用率が低く、ブランドとしては新陳代謝があまりよくない、厳しい状況だったと思います。そんな中、「赤箱」再生のきっかけがいくつかありました。ひとつはアットコスメでのベストコスメアワードランキング1位獲得(ベスト洗顔料)、もうひとつはお客さまのUGCです。

画像出典:牛乳石鹼共進社『90周年 牛乳石鹼の定番商品「赤箱」が新たなチャレンジ 女性向けプロモーションを開始』

宮崎さん:半分は、お客様発信なんです。気づいたらSNSで赤箱をプチプラコスメとして洗顔などに使う若年層が多く存在していました。色々な言われ方をしていましたが、それを弊社で「赤箱女子」と定義し発信したところ非常に多くの方に共感していただき「赤箱女子」が浸透したと思っています。

出典:ハンズ ヒントマガジン「牛乳石鹼・カウブランド赤箱、94年のあゆみ!」

ロングセラーブランドはブランドの歴史とともに顧客の年齢層も高くなっていくケースがあります。長きにわたって支えてくれたファンを大切にすることは大事ですが、新たな顧客が生まれづらくなり、時とともにブランドが衰退するとされています。

そこで、停滞しているロングセラーブランドの顧客ターゲットを再定義しようとマーケターは考えるのですが、新たな顧客像をブランド(企業)主導で考えてしまい、新しい顧客に提案する価値にズレが生じるケースも少なくないです。

「赤箱」は、お客さまがSNSで発信する声の中から、従来捉えていたブランド価値「やさしくしっとり洗う固形石鹸」とは異なる、「洗顔料としても使用できるプチプラコスメ」という価値に気づきました。それを言語化し、「赤箱女子」とネーミングしてブランドから発信しました。このプロセスが、ロングセラーブランドを活性化するためのポイントだったと感じます。

実際に「赤箱」が新たなブランド価値を表すキーワードを「赤箱女子」と言語化してからのマーケティング施策をいくつかまとめてみます。

・2018年4月

「赤箱」90周年記念企画「赤箱女子」をスタート

画像出典:牛乳石鹼共進社『90周年 牛乳石鹼の定番商品「赤箱」が新たなチャレンジ 女性向けプロモーションを開始』

また、同時期に顧客接点として、公式インスタグラムアカウントを展開

画像出典:カウブランド赤箱【公式】@cowakacp

・2018年9月

泡を楽しむポップアップストア「赤箱 AWA-YA」を京都・烏丸御池にて期間限定オープン。「赤箱」モチーフの限定アイテムの販売などを行う

画像出典:【牛乳石鹼カウブランド赤箱90周年記念】泡を楽しむ「赤箱 AWA-YA 」が京都で初開催!「赤箱 AWA-YA 」限定グッズも多数販売決定!

赤箱×京都サーカスコーヒーコラボ缶(画像提供:牛乳石鹼共進社株式会社)

・2019年10月

泡を楽しむポップアップストア「赤箱 AWA-YA」が福岡・天神にて期間限定オープン

画像出典:- 泡を楽しむ『赤箱 AWA-YA』詳細情報のお知らせ -あの福岡の有名企業と夢のコラボ!赤箱ブランド新商品やオリジナルグッズも続々と登場

赤箱デザイン ダルトンソープホルダー(画像提供:牛乳石鹼共進社株式会社)

その後も継続的にインスタグラムやオウンドメディアを活用し、「赤箱女子」のキーワードをきっかけとした認知向上施策を実施してきました。

さまざまな参加型インスタグラムキャンペーン

画像出典:カウブランド赤箱【公式】インスタグラム@cowakacp

オウンドメディアの「赤箱女子」に関する記事

▲25人もの「赤箱女子」のインタビューが掲載。画像出典:赤箱女子「Life of 赤箱女子」

2018年、2019年で実施したポップアップストアは、累計で約2万人が来客しています。また公式インスタグラムのフォロワーも10万人を超えるなど(2022年11月9日時点)、狙い通りに新たな顧客接点が生まれています。

この鮮やかなマーケティング方針の転換には、布石があります。2011年から「赤箱」の社内プロジェクトを発足させ、商品名を覚えてもらうためにパッケージに「赤箱」と名前を入れてリニューアルし、それを機に営業部で全国(特に東日本中心)の販売店への配荷、展開に力を入れたことです。そこに加えて、「手や体を洗い流す石鹸」から「プチプラコスメとして、洗顔にも使える石鹸」へと価値の提案方針を転換し、ユーザー数が伸長しているインスタグラムを比較的早い段階で顧客接点として活用したことが効果的な施策となりました。

データ出典:
Instagram マーケティング JP(@FBBusinessJP)
Meta「Instagramの国内月間アクティブアカウント数が2900万を突破、国内のストーリーズ利用に関するデータも発表」

そしてさらに、実際に「赤箱」を使っている読者モデルやインフルエンサーを探して取材し、「赤箱女子」として特設サイトで発信することで、おしゃれな洗顔コスメとして「赤箱」を使う人=「赤箱女子」という文脈が、ブランド発信だけでなく、顧客の間でも浸透していきました。ブランドと活発な顧客(ソーシャルアクティブなユーザー)の間で共創関係が作られることで、継続的なUGCの発生につながったと思います。

マーケティングのファネルでそれぞれの施策を置くと下記のようになります。

図:筆者作成 画像:カウブランド赤箱【公式】インスタグラム@cowakacp より

「ロングセラーブランドの活性化」となると、新商品投入やマス広告での認知獲得を考えがちです。しかし「赤箱」は、やみくもなプロダクト拡張ではなく、ブランドのコアな価値を守ったうえで、顧客に提案する価値を再定義し、インスタグラムやポップアップストアを戦略立てて活用して、コミュニケーションとコンテンツでブランドの新たな顧客(特に若年層)との接点を生み出す素晴らしいブランドマーケティングを実施していました。

ブランド提携による活性化

また、時期を同じくして、「赤箱」の活性化として積極的に取り組んでいるのが、「ブランド提携」(他ブランドとのコラボレーション)です。

ブランド提携の効果について、デービット・A・アーカーは書籍『ブランド・ポートフォリオ戦略』で下記のように評しています。

ブランド提携(brand alliances)とは、優れた製品やサービスを創造したり、効果のある戦略的または戦術的ブランド構築プログラムを実行したりするために、2社以上の企業がそれぞれのブランドを結びつけることである。ある会社に欠けている能力や資産を他の会社が持っている。そういう場合には、提携によって、それまで不可能だった新しい製品やサービスの提供とブラント構築活動がタイミングよく行える。少なくとも理論的には、ブランド提携を通じて、関連性、信頼性、差別化、活力をただちに手に入れることができるのだ。

出典:『ブランド・ポートフォリオ戦略』(ダイヤモンド社、デービット・A・アーカー著、阿久津聡訳)

牛乳石鹼共進社は、2012年よりユニクロを皮切りに、他業種とコラボレーションを行っています。初期は他社ブランドのプロダクトとコラボレーションを展開し、提携する形式でしたが、2017年5月に「牛乳石鹼×中川政七商店/日本市」コラボレーションを行い、製品そのものと提携ブランドの組み合わせによる展開を実施しています。

2019年にBEAMSと実施したコラボレーションでは、特別パッケージの「橙箱」を作るなど、ブランド提携を行うことで、「赤箱」だけでは得られなかった新たな顧客接点を生み出し、コラボレーションしたブランドの信頼性、話題性を用いて活力を手に入れています。

画像出典:株式会社ビームス『BEAMS JAPANプロデュース「銭湯のススメ。」がグッドデザイン賞受賞』

中川政七商店とのコラボレーションは今年で5年目を迎え、毎年完売するアイテムも出るほど人気のシリーズとなっている(画像提供:牛乳石鹼共進社株式会社)。

デービット・A・アーカーは書籍『ブランド・ポートフォリオ戦略』にてブランド提携を効果的に構築するポイントを以下のように挙げています。

「広い網を投げる」
「顧客主導の提携を結ぶ」
「長期的に考える」
「ブランド提携をブランド・ポートフォリオとプログラムに組み込む」
「リスクに注意する」
「組織の連携」
「ポートフォリオを考える」

筆者はこの中でも「顧客主導の提携先を選ぶこと」「長期的に(継続的に)考えること」が特に重要と考えます。ブランド間の連想を積み上げるには時間が必要であり、経済的な効果が生まれるにはさらに時間がかかります。ブランド提携は、どちらか一方のブランドエクイティが強いと、単なるIP(Intellectual Property)貸し(名前を借りる側にロイヤリティを一方的に支払う契約)になってしまい、継続的な関係や価値を相互作用で増大させることが難しくなってしまいます。

「赤箱」と中川政七商店、BEAMSのコラボレーションは、数年かけて継続しながら、どちらのブランドにとっても顧客基盤の拡張、話題作りにつながるwin-winの関係を作っていました。

ロングセラーブランドに求められるマーケティング施策

「赤箱」はロングセラーブランドとして確かな歩みを進めています。

ブランドが長きにわたって支持されるためにはさまざまな要素が必要です。製品が差別化されているだけではロングセラーブランドにはなりません。学習院大学経済学部教授、青木幸弘氏は「ロングセラー・ブランド化の条件と課題」の論文で、ロングセラーブランドの共通項を下記のようにまとめています。

画像出典:「ロングセラー・ブランド化の条件と課題」(青木幸弘、1998年)

このロングセラーブランドの共通項に照らし合わせて「赤箱」を考察してみると、次の通りです。

ロングセラーブランドの共通項 「赤箱」 明確なコア・ベネフィットの存在 肌に優しく、うるおいと香りゆたかな石鹸。 独自技術を基盤とした優位性 じっくりと熟成させる「釜だき製法(鹸化塩析法)」。 便益を伝える優れたコミュニケーション 過去はラジオ、TVCMでの「牛乳石鹼、よい石けん♪」を用いたマスコミュニケーション。現在、WEB/SNSで「赤箱女子」を軸としたコンテンツを用いたコミュニケーション(ラジオのみ現在も継続中)。 アイデンティファイアの一貫性 94年間踏襲し続けてきた「赤箱」のデザイン(ちなみに、1974年に1度だけ「赤箱」の色をピンクにしたら売上が激減してしまったので、2年で赤に戻したそうです)。 市場変化への積極的対応 コミュニケーションの接点と切り口を時代に合わせて転換。「赤箱女子」を主とした施策へ。

図:編集部作成 パッケージ画像出典:牛乳石鹼共進社株式会社「赤箱年表」

ここまで、生誕94年の「赤箱」のここ10年弱のマーケティングの転換点とその施策について考察してみました。「赤箱再生プロジェクト」が実施された当時、赤箱の売上高は約20年前(1995年頃)の4割にまで落ち込んでいたそうです。その後、2018年3月期には1995年頃の売上高の約8割、2022年3月期にはほぼ同額へと、確実にV字回復させています。

以前の「カントリーマアム チョコまみれ」の記事で、新製品によるカテゴリー拡張へのチャレンジによるロングセラーブランドの活性化について考察しました。一方、「赤箱」は製品を変えず、マーケティングコミュニケーションを変えることで、ロングセラーブブランドの活性化を成し遂げています。

筆者自身も過去にロングセラーブランド(約10年続く)を担当したことがあります。その際は、新たな風味を投入するライン拡張による活性化を目指しました。そして、マーケティングコミュニケーションでは、大規模な予算(マス広告)が無いとブランドの息を戻すようなことは難しいと感じていました。

しかし、「赤箱」のマーケティングコミュニケーションの転換を知り、顧客視点でブランドのベネフィットを再発見し、それを「言語化」(これが大事)して新たなマーケティングコミュニケーションを実施すると、ロングセラーブランドが活性化することを学びました。ブランドを育てる役割を担う方には、ぜひとも参考にしてもらいたい事例です。

記事執筆者

みる兄さん

匿名アカウントなマーケター。事業会社のマーケティング部門に所属している。
Twitter:@milnii_san
note:https://note.com/milnii
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