堺駅前店では377台のマシンが出迎える。客足が増えた分、景品を積み直すスタッフは大忙し。オペレーションは課題だという(撮影:尾形文繁)

エスカレーターを下ると、そこはクレーンゲームのパラダイスだった――。

ラウンドワンスタジアム 堺駅前店」の1階フロアに詰め込まれたクレーンゲームの数々。大きなぬいぐるみからお菓子、キャラクターのフィギュアまで、さまざまな景品を積んだマシンが377台も並ぶ。

これがラウンドワンの新戦略「ギガクレーンゲームスタジアム」。従来70〜80台だったクレーンを300台以上も設置する大改装だ。大学生の若いグループ客は楽しげにフロアを物色している。何しろ1日ではとても遊び切れない台数だ。どのマシンから狙うか、攻略法を練っているのだろう。

同店の山下將幸支配人は「導入してからファミリー客が増えた。SNSなどで見て、遠方から来られる方も多い。業界関係者も毎日のようにやってくる」と話す。

大赤字で積極投資を決めた、勝負の夏

ボウリングやアミューズメント(ゲームセンター)、カラオケ、スポーツ施設「スポッチャ」など、複合レジャー施設を展開するラウンドワン。コロナ禍では大苦戦を強いられた。

休業や営業時間の短縮を余儀なくされ、集客はままならない。業績は大幅な赤字が続いた。杉野公彦社長は振り返る。「出口が見えては遠のくことの繰り返し。ずっと続くかと思うほど厳しかった」。

しかし、そんな中で浮かび上がったのが新業態のヒントだ。埼玉県のある居抜き店舗で、400台のクレーンを投入した競合他社の店があった。ここまで大量に投入する例は珍しいが、売り上げが好調なことは漏れ伝わってきた。

その後、大手でも同様の店舗があり、ラウンドワンのトップレベルの店に匹敵する売り上げをたたき出していることもわかった。クレーンゲームに商機を見出せるのではないか。ラウンドワンも水面下で調査を進めていった。

そして2021年6月末、富士店(静岡県)に500台以上のマシンを導入して実験すると、予想以上の客が押し寄せる。小さな子を連れた母親など、それまでラウンドワンに来店しなかった層もマシンを見て隅々まで回っている。売り上げは好調だ。「これはいけると思った」(杉野社長)。

マシンを見て回る客を見て気づいたのは、広いワンフロアが最適ということだ。プリントシールやアーケードゲームの台数を減らし、面積をうまく縮小すれば、多くの店で展開できる。幸い、ラウンドワンは800〜1000坪の広い店舗が多く、うってつけだった。

決断は早かった。富士店の改装から1カ月後の7月末、杉野社長は1万台超のクレーンの大量発注を決める。半導体不足の影響が深刻化する中、マシンの確保を急いだ側面もあった。

仮に失敗しても、既存店のマシンの入れ替えに充てられる。また、北米の店舗も日本からマシンを運んでいる。大量発注しても無駄になることはない、そんな計算もあった。

先手を打ち積極投資に出た格好だが、ラウンドワンにとっては珍しい判断だ。これまでの勝ちパターンは「後出しじゃんけん」。古いボウリング場やゲームセンターがある立地に、充実した設備でマシンの数も多い店舗を出店し、一気に集客を進める戦略が中心だった。

しかし今回は異なる。ギガクレーンは1店舗で7〜8億円(マシンや内装など)など投資は巨額だ。また、ラウンドワンの店舗は各県庁所在地に存在している。金額面でも、立地条件でも他社が追随することは難しい。「言い方は悪いが、いけるに決まっている」。杉野社長には確固たる勝算があった。

富士店に加えて、金沢店や堺駅前店、上尾店などでも実験を進め、本格的に改装に乗り出した。ギガクレーンを導入した店舗は期待通り、改装前と比べて売上高を40%ほど伸ばす効果をたたき出した。

現在、ギガクレーンは北海道から沖縄まで55店舗で展開している。ボウリングやカラオケ、スポッチャはまだ本格回復には至らないが、ギガクレーンの集客効果でアミューズメント部門は大幅なプラスとなり、既存店全体ではコロナ前水準に戻りつつある。

なぜ今クレーンゲームが人気?

大赤字の中でつかんだチャンス。だが、なぜ今クレーンゲームが人気なのか。ここには複数の要素がある。

ネットフリックスなどが浸透し、オンデマンドでアニメを見られる環境が整った。それぞれの作品にファンがつき、メーカーもぬいぐるみなどグッズを制作するようになる。景品となるグッズの数は大幅に広がった。

また、YouTubeではクレーンゲームの景品の取り方を解説する動画もある。マシンの景品を取りつくすチャレンジ動画も大人気だ。中には再生数3000万回を超えるものまである。さらにはメルカリなど、フリマアプリで景品を換金できる環境も整った。こうしたサイクルから、ラウンドワンはクレーンゲームの人気が拡大し、短期のブームではなく長続きすると読んでいるのだ。

今年4〜6月期に18億円の営業黒字(国内は10億円の黒字)を計上するなど、コロナによる自粛の反動で好調が続くアメリカでも、ギガクレーンのノウハウを活用する。

アメリカはビールを飲み、ピザをほおばりながら、ボウリングやゲームを楽しむ客が多い。こうした従来型の店舗では自社競合もあるため、ボウリングなどを縮小し、クレーンに絞った小型の専門店を検証する。来期中には数店を開業する予定だ。


ラウンドワンの杉野社長。アーケードゲームのメーカーが法人向けの投資を絞る中、10年後も需要が見込めるクレーンを強化したいとの思惑がある(撮影:尾形文繁)

日米ともラウンドワンの業態が大幅に変わるように見えるが、杉野社長に躊躇はない。「何かの部門が悪いとき、ほかの部門でリカバリーすることは今までもやってきた。ゲームが好調ならゲームマシンを入れ、カラオケもスポッチャも導入してきた。時代に合わせて店舗の形は変わっていい」

密になる、として避けられてきたカラオケをはじめ、オールで遊ぶ大学生や20代の社会人など、客足がコロナ前に完全に戻るのかといった懸念はある。だが、ギガクレーンで回復を牽引できれば、客足が完全に戻らなくても、規模拡大と収益性を高められる可能性がある。

大赤字の中で積極投資の勝負を懸けたラウンドワン。コロナから立ち上がるレジャー需要をつかみ、早期に投資を実らせることができるか。今期は本格復活の勝負どころとなりそうだ。

(田邉 佳介 : 東洋経済 記者)