若い人に多いイヤホン難聴の問題点を専門家が指摘しています(写真:amadank/PIXTA)

世界的にいま、若者のイヤホン難聴が問題になっている。ヘッドホンやイヤホンを使い、スマートフォンや携帯型音楽プレーヤーによって長時間、大音量で音楽を聴き続けることが原因の難聴だ。

コロナ禍以降は、テレワークなどでもヘッドホンやイヤホンを使う機会も増えた。どのぐらいの音量、時間がリスクになってくるのだろうか。イヤホンによる難聴リスクについて耳鼻科医の菅原一真医師(山口大学病院)に聞いた。

「今は誰もがイヤホンで、自分の好きな音楽をノンストップで聴けてしまう時代。聴取時間がかなり長時間化してしまっています。それによって聴覚障害が出る若者が世界中で増えてきて問題になっています」(菅原医師)

かつて、カセットテープやMD、CDで音楽を聴いていた時代には、長くても90分程度で音が止まっていた。現代はiPodなどの携帯型音楽プレーヤーやスマートフォンの音楽プレーヤー機能で、好きな音楽を24時間でも聴き続けられる。イヤホン難聴(ヘッドホン難聴)はある意味、そうした最新テクノロジーが生んだ産物だ。

菅原医師によると、スマートフォンが普及し、イヤホンやヘッドホンで音楽を楽しむ機会が増えている昨今、イヤホン難聴は年齢にかかわらず増加しているという。とくにリスクが高いのが10代〜30代前半の若い世代だ。

イヤホン難聴の医学的な正式名称は「音響性難聴」。クラブやライブイベント、爆発音などで大音量にさらされるケースも含む。

大音量でなくても長時間はリスク

WHO(世界保健機関)では、世界の12〜35歳人口の約半数にあたる11億人が将来的に音響性難聴になるリスクにさらされているとして警鐘を鳴らしている。

聞こえの仕組みはこうだ。

耳から入った音はまず、外耳道を通って鼓膜をふるわせ、中耳がその振動を内耳に伝える。内耳の蝸牛(かぎゅう)には音を感じるセンサーの役割を果たす有毛細胞があり、その先端にある「聴毛」が音の振動をキャッチする。それを電気信号に変換し、脳に伝達することで音として認識する。

聴毛は非常に繊細なため、大きな音に長時間さらされると抜け落ちたり、傷ついたりしまう。そうなると音を感じ取りにくくなり、難聴を引き起こしてしまうのだ。イヤホンなどで日常的に長時間大きな音を聴き続けていると、聴毛や有毛細胞が少しずつ壊れて、聴力が低下する。

80dBで1週間40時間以上

「WHOでは、80dB(デシベル)で1週間当たり40時間以上を難聴リスクとしています。1日当たりに換算すると約5時間半。これはあくまで目安であり、5時間半以内だから絶対大丈夫、というわけではありません。耳への負担を考慮すれば、適度な音量で一定時間内を守ることが大切です」(菅原医師)

ちなみに80dBとは、走行中の電車内や飛行中の飛行機内の騒音と同程度だ。 子どもは大人よりもさらに低い75dBが安全とされている。工事現場など、騒音性の職場の難聴予防のために厚生労働省が策定した「騒音障害防止のためのガイドライン」基準でも、85dBで1週間当たり40時間以内に設定されている。

重要なのは、鼓膜面上にかかる音圧と聴取時間だという。

大きな音になればなるほど音圧が高まり、聴く時間が短くても難聴になるリスクは高くなる。たとえば音量がオートバイの走行音と同程度の90dBになると、1週間当たりの許容時間は4時間だ。それ以上になると聴毛の損傷が始まる。

比較的小さな音でも聞く時間が長ければリスクとなる。長期間にわたり騒音にさらされ続けると、有毛細胞が徐々に障害を受け、将来的に難聴を引き起こす可能性が高まる。

コロナ禍以降、オンライン会議が増え、イヤホンを一日中、耳につけっぱなし、という人も多いかもしれない。そうした場合は大丈夫だろうか。

「オンライン会議でイヤホンを使うぐらいでは、音量に気をつけていれば難聴になることはまずありません。話し言葉は音が途切れますが、音楽はずっと音が鳴り続けてしまう。音楽聴取はそれだけ耳への負担も大きくなります」(菅原医師)

注意すべきは、イヤホンを耳につけて音楽を聴きながら寝てしてしまうクセがある人だという。

イヤホンを耳につけたまま寝てしまうと、音量は小さくとも長時間、音を聞き続けることになる。習慣的に積み重なれば耳への負担はかなり大きくなりますので、要注意です」(菅原医師)

イヤホン難聴の予防には、イヤホンの選び方も重要だろう。

注目されているのは、ノイズキャンセリング機能付きイヤホンだ。周囲が騒がしい環境でのイヤホン聴取でも、周囲の騒音をカットできるため、音量を上げすぎずに音を楽しむことができ、耳への負担は多少軽減される。ただし、そもそもの音量が高ければ耳へのリスクは高いままだ。

より確実なイヤホン難聴予防として菅原医師が勧めるのは、「大きすぎる音が出ないように音量の出力制限装置がついている再生機器」を使うこと。iPhoneであれば、現在はデフォルト設定として音量制限が可能になっている。

「音量の上限を設定でき、聴覚を保護することができる機器も増えています。イヤホン難聴を防ぐなら、そうした機器を選んで80dB以下に音量制限をしてから使うことが大切です。日ごろ音楽を聴くときにはイヤホンをしたままでも会話が聞き取れるくらいの音量(65dB程度)なら安全でしょう」(菅原医師)

イヤホン難聴を防ぐために、長時間の聴取を避け、1時間に1回、10分の休憩をとることを日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は推奨している。

完全に回復させるのは不可能

イヤホン難聴で問題となるのは、一度壊れてしまった有毛細胞や聴毛は再生せず、元には戻らないという点だ。聴力の低下を放置してしまうと、失われた聴力を完全に回復させることはほとんど不可能になってしまう。

ライブ会場などで短時間で生じた難聴であれば、早めに病院を受診できれば、耳の安静やステロイド薬での治療によってある程度、回復は可能だ。治療が早いほど聴力も回復する見込みが高くなる。

ただし、イヤホン難聴の場合は治療が難しく、かつ、少しずつ進行するため、聴力の低下に自分で気づきにくい。聞こえが悪くなりはじめると、どんな症状がみられるのだろうか。

「聴力の低下は高音域からはじまります。年齢が若いほど可聴域は広く、高い音が聞こえやすいので、10〜20代の若い人であれば、それまで聞こえていたモスキート音などがまず聞こえにくくなるでしょう」(菅原医師)


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「普段聞いている音が変わって聞こえる」「耳鳴りがする」などの自覚症状もあれば、すぐに耳鼻科にかかることが大切だ。気軽に聴力検査を受けるだけでもいいだろう。なかなか病院に行けないという人の場合には、自分で聴覚を診断できるスマートフォンなど向け無料アプリ『hearWHO』などもある。

「こうしたアプリは自分で気軽に聞こえをチェックできる利点はありますが、あくまで簡易的なチェック。使っている端末によって出てくる音圧も異なりますから、病院での検査と違って、検査の信頼性は十分担保されているとは言えません。ただ、アプリのチェックなどで聞こえにくい音がある場合に受診のきっかけにはなる。なにか聞こえに不安などが出てきたら、ぜひ早めに耳鼻科医を受診してください」(菅原医師)

(取材・文/石川美香子)


山口大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科学准教授
菅原一真医師

奈良県出身。1996年に山口大学医学部を卒業、同大学医学部耳鼻咽喉科入局。2002年に山口大学大学院医学研究科修了。2003年よりアメリカワシントン大学医学部耳鼻咽喉科客員研究員などを経て、2017年より現職。専門は中耳手術、人工内耳手術、難聴・感染症・アレルギー疾患の薬物治療、内耳保護機構の研究。

(東洋経済オンライン医療取材チーム : 記者・ライター)