国葬の葬儀委員長を務めた岸田首相(中)と喪主の安倍昭恵さん(右)(JMPA代表撮影)

さまざまな政治的背景で国論を分断させた9月27日の安倍晋三元首相の「国葬」と前後3日間にわたった「弔問外交」が28日、終わった。迫りくる政権危機の回避に向け、国葬・弔問外交で反転攻勢を狙った岸田文雄首相だが、「結果的に『分断』だけが際立つ空疎な儀式」(自民長老)となったのが実態だ。

安倍元首相が7月8日、暴漢の銃撃による非業の死を遂げてから80日経っての「国葬」。1989年2月に執り行われた昭和天皇の「大喪の礼」以来の、国を挙げての重大行事だった。ほとんどの参列者は、祭壇に飾られた笑顔の故安倍氏の写真を見上げ、神妙に最後の別れを告げていた。

ただ、国葬をめぐる世論の分断を象徴するように、会場近くでの一般献花に午後7時過ぎまで長蛇の列が続く一方、会場周辺や国会前などで一部野党党首らも加わっての抗議集会の騒音もけたたましかった。「静謐」な式場内と周辺などでの「喧騒」が交錯し、「一連の国葬騒動の政治的深刻さ」(同)を浮き彫りにした。


静謐だった式場内(JMPA代表撮影)


会場周辺では反対デモも(写真:梅谷秀司)

「出直し解散論」「広島サミット花道説」が浮上

何とか大仕事を終えた岸田首相にとって、次の正念場は10月3日召集の次期臨時国会。「国葬」の是非だけでなく、冒頭から「旧統一教会(世界平和統一家庭連合)」問題で与野党攻防が大荒れとなるのは必至だ。

それでも岸田首相は「山積する難問で1つひとつ結果を出せば、窮地を脱せる」となお自信を失っていないとされる。しかし、与党内には「このままではじり貧」(有力閣僚)との不安が拡大しており、臨時国会開幕後も内閣支持率下落が続けば、政権危機がさらに深まることは避けられない。

岸田首相は「国政選挙や総裁選がなければ現職首相は続投できる」と強気の構えを崩さないが、自民党内では「出直し解散論」や「広島サミット花道説」といった物騒なうわさも飛び交い始めている。


国葬の会場となった日本武道館(JMPA代表撮影)

「故安倍晋三国葬儀場」との大看板を掲げた日本武道館での式典で、政界関係者の注目を集めたのは、岸田首相と菅義偉前首相の追悼の辞だった。一般の葬儀での「喪主」と「友人代表」という立場だけに、両氏がどのような言葉で故人を悼むかが、式典での大きな政治的見せ場だったからだ。


設けられた祭壇(JMPA代表撮影)

本物の喪主は当然、安倍氏の昭恵夫人だが、式典では葬儀委員長の岸田首相が「喪主」の立場。追悼の辞では想定どおり「あなたが敷いた土台の上に、持続的ですべての人が輝く包摂的な日本、地域、世界をつくっていく」などと述べ、内政・外交両分野で安倍氏がつくり上げた「遺産」の継承を誓った。


追悼の辞を述べる岸田首相(JMPA代表撮影)

これに対し、史上最長記録を更新した安倍政権の大部分を官房長官として支え続けた菅氏はとつとつとした語り口ながら、「あらゆる苦楽を共にした7年8カ月。私は本当に幸せだった。日本にとって真のリーダーだった」と心情を吐露して盟友・安倍氏をしのんだ。


「友人代表」として追悼の辞を述べた菅義偉・前首相(JMPA代表撮影)

「政治的に見れば、まさに“追悼の辞対決”」(自民長老)との位置づけだからこその注目度の高さ。結果は、「当たり障りのない儀礼的な内容」に終始した岸田氏に対し、菅氏は安倍氏との突然の別れの悲しみと悔しさを、思い出話も絡めて切々と語ってみせた。

岸田氏の言葉にはほとんど表情を変えなかった昭恵夫人も、菅氏の涙交じりの語りかけには感極まったように、ハンカチで涙を拭った。そして終了時に会場から沸き起こった拍手が、「菅氏の完勝」を物語っていた。

「ポスト岸田」の主導権は菅氏が握る?

官邸関係者によると、時の首相らの追悼の辞などは、いわゆるスピーチライターが全面サポートするのが常識だという。ただ、岸田首相が読み上げたものは「秘書官など官僚が事務的に作ったとしか思えない内容」(専門家)で、あくびをかみ殺す参列者もいた。

これに対し、菅氏は「自らの思いを、遺族や参列者にどう伝えるかを練りに練った表現」(同)で祭壇の安倍氏の写真に語り掛け、感謝の言葉で締めくくると、参列者の多くが異例の拍手で称えた。

まさに菅氏の完勝だったが、「勝負の分かれ目は安倍氏との本当の絆の深さにあった」(自民長老)との指摘が多かった。「本音と儀礼の差が、そのまま、両氏の安倍氏との親交の深さや濃密さの違いを浮き彫りにした」(同)という分析だ。

この結果について、政界の口さがない向きは「岸田首相は『安倍さんの遺志を引きつぐ』と繰り返したが、菅さんは『本当の後継者は俺だ』とアピールした」(閣僚経験者)と解説する。確かに「今後岸田政権の危機が深刻化すれば、ポスト岸田の主導権は菅氏が握る」(同)という展開は十分想定されるからだ。

一方、国葬を挟んで、岸田首相は28日夕までの3日間、参列のため来日した各国首脳らと、東京・元赤坂の迎賓館を主舞台に「弔問外交」にいそしんだ。初日の26日はアメリカのハリス副大統領ら9カ国と1機関。国葬当日の27日を含め28日まで30カ国超の要人と弔問外交を展開し、国葬の意義を国民にアピールした。

ハリス氏は昨年1月の就任後初の訪日。岸田首相との会談では、安倍氏が推進した「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現などでの緊密な連携を確認。G7各国の最大の課題であるロシアによるウクライナ侵攻についても「圧力維持」で一致した。

岸田首相の当初の思惑は「今回の弔問外交で反転攻勢の糸口をつかみたい」(周辺)というものだった。

しかし、G7首脳で唯一参列を表明していたカナダのトルドー首相が、「ハリケーン被害への対応のためドタキャン」(外務省)したことに加え、1カ国当たりの会談は短時間に限られたため、「儀礼的な会談ばかりで最後まで盛り上がりに欠けた」(自民幹部)のは否定できない。

山積している課題は「超難問」ばかり

今回の「国葬」実施を経て、岸田首相は3日で就任満1年となる。ただ、現状では国民の視線は就任時よりはるかに厳しい。7月参院選での自民大勝からわずか3カ月足らずなのに、首尾よく手にしたはずの「黄金の3年」は事実上消滅。「国葬」実施の即断以来、「次々打つ手がすべて裏目」(自民幹部)となり、表情にも焦燥感が隠せない。

そもそも、現在山積している課題は「超難問」(側近)ばかりだ。国葬の“強行”への批判は根強く、それとも絡む「旧統一教会」問題では、自民党と同協会の「政治的癒着」が次々と発覚。自民党が実施した「点検」のずさんさも際立ったことで、「断固関係を断つ」という首相の決意にも、国民の圧倒的多数が不信感を示している。

さらに、10月に入れば多くの食料品・生活必需品などの大幅値上げが国民生活を圧迫、これに、日米金利差の急拡大などによる急激な円安による石油価格の高騰などが追い討ちをかける。

このため、岸田首相は臨時国会での野党からの厳しい追及に、防戦一方となることは確実だ。

「国葬」や「旧統一教会」だけでなく、東京地検特捜部の捜査が進む五輪汚職事件の闇の深さについても説得力のある答弁ができなければ、大手メディア各社が10月上中旬に実施予定の世論調査で内閣支持率がさらに低下し、政権維持の危険水域に落ち込む可能性は少なくない。

なかでも、国会論戦で野党側は集中的に「旧統一教会」問題を追及する構えで、8月の党役員・内閣改造人事後も同協会との密接な関係が次々発覚している、山際大志郎経済再生相や萩生田光一自民党政調会長の進退問題が浮上するのは確実だ。

与党内からも「どこかで更迭しないと政権が持たない」(公明幹部)との声が出始めている。ただ、首相が“更迭”に踏み切れば任命責任を厳しく問われるため、「自発的辞任しかないが、その後の混乱を考えればそれも難しい」(自民幹部)のが実態だ。

当分は「出たとこ勝負しかない」

こうした首相の窮状を踏まえ、自民党内で浮上しているのが「出直し解散論」だ。「野党もバラバラで、選挙となれば与党は負けない」(自民首脳)との読みからだが、「自民の大幅議席減は確実で、首相にとって致命傷になる」(自民選対)との見方が多い。

さらに、来春の統一地方選での自民党苦戦を前提に、5月中下旬に首相の地元・広島市で開催される主要国首脳会議(G7サミット)後の首相退陣という、「広島サミット花道説」も取りざたされている。

ただ、首相にとって当分は「出たとこ勝負しかない」(側近)のが現状。それだけに「右往左往が続けば、早晩『運の尽き』となりかねない」(閣僚経験者)との厳しい声が広がる。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)