公立学校の教員になりたいという人が年々減りつつある。原因のひとつが「長時間労働」という問題だ。公立教員は「給特法」という法律により、どれだけ残業しても残業代が出ない仕組みになっている。この問題をどう解決するのか。2018年10月から2019年9月まで文部科学相を務めた柴山昌彦・衆議院議員に聞いた――。
撮影=プレジデントオンライン編集部
柴山昌彦衆議院議員。当時の文部科学相として給特法の改正に携わった - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■登下校トラブル、家庭訪問に部活動…

――教員には「残業が多い仕事」というイメージがあります。なぜ改善されないままなのでしょうか。

【柴山】学校の先生の仕事というのは、その性質上、自発性とか創造性にもとづく、定型的なものではない裁量制の面が大きいわけです。結局、どこまでが仕事なのかという境目のようなものがはっきりしない。

例えば、生徒の登下校の際に何かあると駆け付けねばならないし、下校したあとも、ちょっと勉強に不安があったり、生活面で何か問題を抱えていてそれが授業態度に影響していたりすると、熱心な先生は個別に家庭を訪ねて話を聞いたりもしている。熱心であればあるほど、そうした勤務時間外の活動が増えてしまう。

ところが、そうした時間外の先生の働きはすべて自主的なものであるという考え方のもとに定められた「給特法」(※)によって、学校や教育委員会という組織のなかでは実態の把握が進められてこなかったという側面もあると思います。

※正式名は「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」。校外学習や職員会議など校長が時間外労働を命じることができる業務を4つに限定し、その分として月給の4%を「教職調整額」として一律支給するが、それ以外の業務ではいくら働いても残業代の請求はできない。

■同じ教師なのに、公立と私立では待遇が違う

――公立と私立では事情が違うのですか。

【柴山】残業代の面では、私立教員の場合は一般の労働基準法の規定に準ずる扱いになっていますので、残業代はきちんと支払われることになり、そうなると経営側は人件費の負担増ということで働き方の実情にも留意せざるを得なくなる。本来、教師という職業において公立私立で差があるはずはないのですが、給特法では公立教員に限定しているために処遇面で差が出ているわけです。

――給特法は1971年に制定されましたが、現代の働き方に合わせるため2019年12月、約半世紀ぶりに大幅改正されました。当時の文科相として、改正の議論をどう進めたのですか。

【柴山】改正点の柱は2点です。1つは、時間外勤務の上限を法的根拠のある指針として定めたこと。具体的には、原則1カ月45時間、年間360時間を上限としました(災害対応やいじめ対応等で緊急性があるときは除く)。もう1つは、年間の変形労働時間制を導入できるようにしたことです。具体的には、忙しい時期の定時を延ばす代わりに、8月に休暇のまとめ取りをできるよう定めました。

【柴山】大臣としては、教員の働き方改革のあり方について中央教育審議会に諮問をさせていただきました。その一環として、まずは労働時間の実態把握と適切な管理をするため、タイムカードやICT(情報通信技術)の活用を図るとか、時間外労働の上限を設けるなどの指針を定める、という流れで給特法の改正を進めたのです。

画像提供=柴山議員
文科相時代の答弁の様子 - 画像提供=柴山議員

【柴山】要は、先生の時間外の労働は先生方の自発的なものという前提を打破し、それは本来的な業務であるときちんと把握し、それを校長なり教育委員会がきちんと管理していく必要がある、という点を文科省として告示もしました。ただ、残念ながらその時点ではまだ残業代を支払うべきというところまでいきませんでしたが。

■「校長命令ではない」と残業代が認められず

――給特法をめぐっては、教員による訴訟も起きています。埼玉県の公立小学校の男性教員(63)が、未払い残業代約240万円の支払いを求めた裁判では、一審、二審ともに請求は棄却されました。8月25日の東京高裁判決は、男性の時間外労働はすべて「教員の自発性に基づく業務」であり、校長の命令ではないから残業代は請求できない、と断じています。実態はさまざまな理由で残業せざるを得ないのに、結局給特法は「定額働かせ放題」の根拠になってしまっています。

【柴山】正直あの時点では、法改正と時間外労働の厳密な管理の告示で、先生方の時間外労働も顕著な形で減っていくのではないかと考えていたのです。実際、成果も出ており、例えば2018年度と2021年度の調査を比較してみると、時間外勤務が月45時間以内の教員の割合が、小学校では41%から64%に約23ポイント増え、中学校では28%から47%に約19ポイント増えています。

しかし、逆にいえばそれ以外の教員は相変わらず月45時間を超えているわけですから、やはり現場の方々からすると、給特法をもっと抜本的に改正するべきなのではという声があがってくるのも自然の流れなのかもしれません。

■残業代の前に時間外労働を減らさなければ

――その給特法の抜本改正について、柴山議員は以前、シンポジウムなどで「給特法は“伝家の宝刀”」と語っていましたが、その意味は?

【柴山】伝家の宝刀という言葉そのものの意味は「いざという時にこそ抜かれる切れ味鋭い刀」ということですが、私の発言は、給特法自体が伝家の宝刀だと言っていると誤解されたようです。そうではなく、私が言いたかったのは、給特法の「抜本的改正」が伝家の宝刀なのだということ。その意味では、「いざという時」がまさにいま来ているとも思います。

――今年4月には「給特法のこれからを考える有志の会」(教員や弁護士、教育問題に詳しい大学教授らで組織)が、抜本的な改正を求めてネット署名活動をはじめました。すでに6万3000筆以上が集まっています。

【柴山】そうした動きは承知しています。ただ一方で、仮に公立教員の現状での時間外労働に残業代を全額支払うとなると、年間9600億円の予算が必要になるという試算もある。もちろん、予算がないから改正はできないというのではなく、やはり、まずそもそもの時間外労働をどうやったら減らせるのか、先生が人間らしい働き方をできるようにするにはどうすればよいのか、という観点での改革を考えるほうが先と思うのです。

■教科別の専任教師や外部講師も検討すべき

――そのためにはどうすれば?

【柴山】例えば、先生でなくてもできる仕事、あるいはムダな雑務を減らす。最近ではICTを活用した業務の効率化も図れるようになっています。その際、教員業務支援員というような、ICT専門の職員を増やすことで先生の負担を減らす。

また、1クラスの児童生徒数を35人程度に少なくすることで先生の負担を軽減できる。これは児童生徒にとっても、きめ細かい教育を受けられるようになる。

写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

さらには、高学年における教科別の専任制。数学や美術など専門性が高まる教科については専門の先生をつければ、クラス担任の負担も軽減するでしょう。加えて、最近は子どもたちが学習しなければならない要素がかなり高度化していて、例えば必須となっているコンピューター関連授業など、やはりプログラミングの専門家などへの外部委託も検討すべき。

【柴山】そしてこれも先生にとって大きな負担となっているのが、部活動の顧問。野球やサッカーなどのように、必ずしも先生が経験者ではないのに放課後の練習や休日の試合などで指導・引率をしなければならず、そうした時間も大きな負担。これを学校の部活としてではなく地域のスポーツ振興ととらえ、地域の各種クラブで経験のあるコーチなどに指導してもらう体制にするなども考えられる。いわば、部活動教育の外部委託化ですね。

■先生の幸福度もアップするはず

【柴山】そうしたことを積み重ねていく改革をまず進めることが先決であり肝要だと思うのです。そのうえでなおかつ発生する残業代はきちんと支払えるような制度にする。つまり、その最後の段階でこそ「給特法の抜本改正」という伝家の宝刀を抜くべきだと思うわけです。そうすれば、先ほどの予算をかなり圧縮できることにもつながるし、何より、先生自身の働く上での幸せ度もアップするはずなのです。

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教員の負担軽減のためには、科目の専任教員や部活顧問の外部委託などが必要と説く - 撮影=プレジデントオンライン編集部

――それでは給特法には抜本的な改正が必要なのでしょうか。その場合は、どういう改正が望ましいのでしょうか。

【柴山】もちろん、私も給特法の改正は不要だなどとは思っていません。ちょうどいままさに、文科省で再び、先ほど申し上げたような現場での改革がどの程度進んでいるかを調査することになっています。具体的には8月、10月、11月、全国の小中学校のうち各1200校、高校で300校というかなり大規模な本格的実態調査です。

その結果により、いよいよ伝家の宝刀を抜かねばならないという議論も必要になるかもしれません。その場合には、単に残業代を支払うという単純なものではなく、公立学校の先生は公務員ですから、他の職種の公務員との整合性も考えねばならないし、大きなテーマの議論になるでしょう。

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柴山 昌彦(しばやま・まさひこ)
衆議院議員
1965年生まれ。東京大学法学部卒業後、会社員、弁護士を経て、衆議院議員。自民党幹事長代理、首相補佐官(国家安全保障政策担当)、文部科学相などを歴任。
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(衆議院議員 柴山 昌彦 聞き手・構成=プレジデントオンライン編集部)