佐藤優「旧統一教会の本質は、反共ではなく、朝鮮半島の統一を悲願とする朝鮮半島ナショナリズムだ」
■相手の素性など気にしないのが、政治家の普通の感覚
旧統一教会(現・世界平和家庭連合)と政治との関わりを見ていると、自民党議員の不誠実さを感じないわけにいきません。関連団体のイベントに祝電を打ったり出席したりした事実を指摘されたら、口をそろえて「旧統一教会との関わりは知らなかった。これからは気をつける」と言い訳しているからです。
政治の世界に長くいれば、どんな団体がどういう性格で、どんな人物が主宰しているか、簡単に調べられます。仮に反社会的勢力の場合なら、知らずに付き合ってもアウトです。反社とまでは認定されない団体についても、過去の反社会的な行為が問題になってきたかどうかは、すぐにわかるのです。
要するに、選挙を応援してくれたり票を回してくれるなら、誰であろうとかまわない。相手の素性など気にしないのが、政治家の普通の感覚なのです。これは、自民党の政治家に限った話ではありません。統一教会問題で自民党を激しく攻撃している立憲民主党の国会議員にも旧統一教会の応援を受けている人が複数いることが明らかになっています。国民民主党、日本維新の会に所属する国会議員も同様です。
■自民党の調査で有権者が納得できないワケ
応援してくれる人や団体の背景がちょっと面倒そうだと思ったら、あえて調べないという本能が、日本の政治家には備わっているのです。調べてみて都合の悪い事情がわかるより、余計なことは知らないほうがいいわけです。
インテリジェンスの世界に、「need to knowの原則」があります。普通は、誰とでも情報を共有するのでなく、必要な人だけに与えるという意味で使うのですが、別のニュアンスで「必要な情報だけ知っておく」という使い方もあるのです。
自民党は、党所属の全国会議員に旧統一教会や関連団体との接点の有無を尋ねるアンケート調査を行いました。しかし有権者が納得するような結果を自分から申告してくるとは、とても考えられません。案の定、自民党が9月8日に公表した教団と「つながりが深い」とされる121人の名前の中に、教団との関係が報道されている議員の名前が「含まれていない」ことが問題になりました。
■旧統一教会は本当に「反共」なのか
政治家がもっている感覚への認識を誤ってはいけないのと同時に、旧統一教会への認識も間違えてはいけません。旧統一教会は、反共産主義を掲げる関連団体「国際勝共連合」を通じて、日本の保守政界に浸透しました。この関係がクローズアップされているために、旧統一教会という存在を反共イデオロギーというプリズムだけで見てしまいがちです。しかしそれでは、事柄の本質を見誤ります。
旧統一教会という宗教団体は、南北統一を悲願とする韓国/朝鮮ナショナリズムの性格を強く帯びています。反共は、東西冷戦の60年代後半から80年代にかけて、日本や韓国、アメリカの保守政権に取り入るための方便でした。
したがって冷戦が終わると、共産主義国家に対する旧統一教会の姿勢は、劇的に変化しました。創設者の文鮮明氏は、1990年にモスクワを訪れてロシアのゴルバチョフ大統領と会談。その翌年には、平壌で北朝鮮の金日成国家主席と会談しました。文氏は東西冷戦の終結をリアルに悟り、旧統一教会は西側諸国と北朝鮮をつなぐ重要なパイプに姿を変えたのです。
いまも勝共の看板を下ろさないのは、そのほうが保守政界と関わる上で便利だからにすぎません。
■「民族の和解と団結、朝鮮半島の統一」のための努力
旧統一教会と北朝鮮の親密さは、弔意の表し方を見ても明らかです。
この9月で、文氏の死去から10年です。北朝鮮は、追悼文を公表しました。
北朝鮮の朝鮮アジア太平洋平和委員会が(8月)13日に、「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」の創始者・文鮮明氏の死去から10年に向けた追悼文を遺族に送った。「文先生の遺志を受け継ぎ、すべてがうまくいくことを願っている」などとしている。北朝鮮のウェブサイト「わが民族同士」が記事として伝えた。
同委員会は、北朝鮮の韓国に対する工作機関である朝鮮労働党統一戦線部の傘下組織。記事によると、追悼文は、文氏の妻で教団の総裁を務める韓鶴子(ハンハクチャ)氏ら遺族に宛てられている。
9月3日で死去から10年となり、「深い哀悼の意を表する」としている。また、文氏を「民族の和解と団結、(朝鮮半島の)統一と世界平和のために傾けた、文鮮明先生の努力と功績は末永く思い出されるだろう」とたたえている(8月14日「朝日新聞デジタル」)
■12年にも15年にも金正恩は追悼文を公表
北朝鮮が文鮮明氏への追悼文を公表したのは、今回が初めてではありません。まずは死去直後に、金正恩第一書記の名前で弔電を送っています。
という内容でした。金正恩氏は、死後3年の2015年8月にも電報を送っています。
■日本信者からの多額の献金が、共産主義者の金正日氏への貢ぎ物に
また文鮮明氏らは、金正日氏に100余点の贈り物をしたといいます。
金正日総書記への敬慕と信頼の念、不世出の偉人を千年、万年仰ぎ慕うという宿願と至誠を込めて、総書記に朝鮮人民と海外同胞、南の同胞が3万9000余点の贈物を送った。総書記を朝鮮革命を導く嚮導(きょうどう)の太陽に仰ぐという抗日革命闘士たちの白玉のような衷情が各贈物に胸熱くこもっている。(中略)
国際テコンドー連盟(ITF)の元総裁である崔泓煕(チェ・ホンヒ)氏と世界平和連合の元総裁である文鮮明氏は、数回にわたって100余点の贈物を送った。(2019年12月17日「朝鮮中央通信」)
1994年に金日成主席が死去した際も、真っ先に平壌へ弔問に行った韓国人は、文氏の命を受けた旧統一教会ナンバー2の朴普煕(パク・ポヒ)氏でした。
日本で信者から得た多額の献金が、共産主義者の金正日氏への貢ぎ物に用いられたに違いありません。このように朝鮮半島ナショナリズムを隠さない旧統一教会の内実は、自民党の主義主張と相いれるものでしょうか。従軍慰安婦や植民地支配を巡る問題で、自民党の価値観と果たして合致するのか。各議員は、どこまで知った上で付き合っているのか。とても不思議です。
■メルカリで安く大量に出品され始めた経典と壺
今回の旧統一教会と政治を巡る騒動では、保守政党としての自民党のインテグリティーが問われていると思います。
統一教会の教えが創価学会や立正佼成会と最も違うところは、この世の幸せを重視しないことです。現世利益をまったく求めず、霊界での永遠の幸せだけを追求するから、多額の献金ができるのです。
先日、メルカリを見ていたら、「天聖経」という経典が、5万円で出品されていました。旧統一教会内では数百万円、文鮮明氏のサインがあると3000万円を出さないと入手できないと報じられたものです。霊感商法で扱われていた壺も、最近ものすごい数がメルカリに出ています。
「天聖経」にはシリアルナンバーがついているので、売る側の躊躇がなくなってきたのかもしれません。経典や霊感商法で用いられた物品がフリーマーケットに出品されること自体が旧統一教会の力の衰えを表しています。
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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優 構成=石井謙一郎)