コロナ、ウクライナ危機、インフレ、円安……。日本人の生活はますます貧困化している。経済ジャーナリストの須田慎一郎さんは「コロナ禍で富裕層の財布のひもも固くなり、営業自粛のため銀座の高級クラブのホステスさんの収入も激減し、急場しのぎのアルバイトをする人もいる」という――。

※本稿は、須田慎一郎『一億総下流社会』(MdN新書)の一部を再編集したものです。

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■富める者たちのいま

日本を覆う「貧困化」の対極にある「富める者」たちの“現在地”について見ていきたい。

東京・赤坂のTBS近くに、老舗のそば屋「室町砂場 赤坂店」がある。本店は東京・日本橋にあり、もりそばに天ぷらを組み合わせた「天もり」や「天ざる」発祥の店といわれる、赤坂随一の名店である。場所柄もあって、政財界の大物がこぞって来店するため、店の前には黒塗りの車がひっきりなしに停車していたことでも知られる。

ところが、コロナ禍で客足がすっかり遠のいてしまい、最近は黒塗りの車を見かけることもめっきり減ってしまった。コロナの重症化リスクが高いとされる高齢者を中心に富裕層はいま動かなくなっているようだ。

そういえば、こんな話を聞いたことがある。福島県のいわき市で、手広く事業を展開している建設会社の社長から直接聞いた話だ。

いわき市は、福島県の浜通り南部に位置する中核市で、東北地方では宮城県仙台市に次いで人口が多い都市だ。ここ近年は東日本大震災の復興需要で、経済面では大きく潤っていたといっていいだろう。

その社長がいう。

「市内には、一五〜一六軒のソープランドがあるのですが、このコロナ禍のなか、銀座の高級クラブのホステスさんが出稼ぎに来ていたというのです。とはいっても、ごく短期間で一気に稼いで東京に戻っていくそうです。彼女たちの目的は、コロナ禍で仕事、売り上げが激減しているなか、高額な自宅の家賃をなんとか稼ぐことにあるそうです」

■銀座ホステスが車で3時間かかる距離のソープでバイト

高級クラブのホステスさんは、基本的に個人事業主だ。担当する顧客が支払った飲み代は、一般的には店側とホステスさんとの間で折半することになる。

コロナの感染拡大に伴う、緊急事態宣言などによって行動制限策がとられたことで、クラブなどの、いわゆる「接客を伴う飲食店」は営業時間の短縮や営業自粛を強いられることとなった。当然のことながら、こうした事態を受けてホステスさんの収入は激減していくこととなる。

その一方で銀座のホステスさんは、その住まいを仕事場である銀座近辺で借りているケースが多い。これは、なにも見栄のためではない。ホステスさんはその仕事柄、帰宅が深夜や明け方になるケースがほとんどだ。このため帰宅はタクシーとなることがほとんどだ。

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しかしそうなると、銀座から離れた所に住んでしまうと、交通費の負担も馬鹿にならなくなってしまうのだ。

「高額なタクシー代を払うくらいなら、家賃が多少高くなったとしても、銀座近辺に住んだ方がマシ」(某高級クラブのホステス)。

もっとも、仕事が順調に推移している限りにおいては、高額な家賃も難なく支払うことができる。しかし、このコロナショックが状況を一変させてしまった。

「コロナがいつ収束するのか、まったく見通せないなかで、家賃の支払いが肩に重くのしかかってきたのです。さて、どうやって支払おうかと……」(前述のホステス)。

そうした状況のなか、手っ取り早くカネを稼ごうと、ソープランドでアルバイトするホステスまで出てきてしまったのだ。

銀座のクラブのホステスさんといえば、世間一般では高額所得者として知られる存在だ。そのホステスさんが、家賃を払うためにソープランドで短期とはいえアルバイトをする事態にまでなっているのだ。

■お金持ちの財布のひももコロナ禍で固くなった

ところ変わって、日本を代表する観光地である京都。紅葉シーズン真っ盛りの二〇二一年秋のことだった。コロナの感染が第五波と第六波の間で落ち着いていたこともあって、有名な神社仏閣がライトアップされていることを受けて、筆者はテレビ番組の取材でここを訪ねることになった。

そうはいっても、本当に観光客が押し寄せているのかと一抹の不安もあったが、東京駅から新幹線で向かうとびっくり。乗客の六〜七割が京都駅で降りたのだ。通常なら、東海道新幹線の乗客は名古屋と新大阪で降りることが多いのだが、この時はほとんどの乗客が京都で降りた。これには驚かされた。

すでに京都駅構内から人出でごった返していたが、市内の目抜き通りである四条通どおりのホテルにチェックイン後、タクシーで清水寺に向かうことになった。行き先を告げると、タクシーの運転手は「お客さん、清水寺まではものすごく混んでいて、一時間ぐらいはかかりますよ」という。そこで、行けるところまで乗車し、途中からは歩いていくことにした。

どうにか清水寺の山門に到着したのだがそこからが大変で、なんと拝観料を払うまでに四〇分待ちだった。紅葉シーズンの京都にはコロナ禍前に何度か訪れているが、感染拡大が一段落したとはいえ、ここまで混んでいるとはさすがに予想外だった。

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ところが、山門近くの土産屋で「こんなに観光客が来ているならホクホクでしょう?」と聞いてみると、店主は「いや、全然」と渋い顔をしているのだ。謙遜もあるのかなと思い、筆者が「そんなことないでしょう、こんなに人が来ているんだから」と食い下がっても、「見てごらん。ここに来ているお客さんは若い人ばかりでしょ。若い人は、なかなかお金を落としてくれないんですよ」としみじみ語ってくれた。

やはり、相対的にお金を持っている中高年層は感染リスクを警戒して、なかなか外出しようとしない。そのため、これだけたくさんの観光客が訪れている割には地元にお金が落ちていないようだった。

お金を持っている人たちの財布のひもは、コロナ禍で予想以上に固いことを実感させられた場面だった。

■二年で五〇兆円「強制貯蓄」の現実

長引くコロナ禍で外出自粛が続き、将来への不安も重なったことで、人々の消費意欲もすっかり冷え込んでいる。政府はコロナ対策として、二〇二〇年に国民一人当たり一〇万円の特別定額給付金をばらまいたのをはじめ、さまざまな給付金で消費を喚起しようとしたが、そのほとんどが将来に備えた貯蓄に回っているのが実状だ。

加えてコロナの感染拡大を受けて、緊急事態宣言などの行動制限が課せられたことで、外食や会食の機会が激減することとなった。さらには、レジャーや観光旅行に出掛ける機会もほぼ皆無という状況になってしまったのだ。そうなってくるとその分野での個人消費も激減し、個人の手元にはそうしたお金が滞留することとなる。

日銀によると、そうした「半ば強制的に貯蓄された所得」は「強制貯蓄」と定義され、その額は二〇二〇〜二〇二一年の二年間で五〇兆円にものぼると試算されている。

しかも、強制貯蓄はまんべんなく広く浅く貯まっているわけではない。日銀によれば、その大部分を占めるのは中〜高所得者層。「世帯年収八〇〇万円以上」が半分近くを占め、低所得者層の強制貯蓄は全体の一割ほど。つまり、強制貯蓄五〇兆円のうち、約九割の四五兆円は中〜高所得者層に偏在しているのだ。

須田慎一郎『一億総下流社会』(MdN新書)

見方を変えれば、いくら給付金がばらまかれても、本来の支援の目的である低所得者層は生活費の補填(ほてん)で精一杯であり、貯蓄に回す余裕もない。一方で、比較的余裕のある世帯はますます貯蓄を増やせるというチグハグさが際立っている。

だからだろう、「富の偏在」をあちこちで目にするようになった。二〇二一年末に東京・銀座にあるハイブランドの「ルイ・ヴィトン」を筆者が取材で訪れると、長蛇の列を目の当たりにした。店員に入店までの時間を尋ねると「四〇分待ち」だという。

奇しくも先述の京都・清水寺で拝観料を支払うまでの待ち時間と同じだが、お金の使い方はまったく異なる。清水寺付近の土産屋ではほとんどお金が落ちないのに、ルイ・ヴィトンの店では三〇〜四〇万円もするような超高級バッグが飛ぶように売れているのだ。

しかも、取材に訪れたのは一二月だったのだが、店頭に置かれていたのは季節を先取りした春夏ものだった。「こんな寒い時期に春夏ものが売れるのか?」と思ってしまうのだが、それらもまた飛ぶように売れ、なかにはすでに売り切れていたものもあった。

お金を持っている人たちは「とにかく使いたくて使いたくて仕方ない」のだ、ということを改めて痛感させられたシーンだった。

そうしたシーンは、まだある。回転寿司などとは真逆で、なかなか予約の取れない超高級寿司店や天ぷらの名店などはコロナ禍でも相変わらず、予約困難であることが多い。来店した際に、次の来店予約をしておかないとなかなかありつけないシステムなので、そもそも常連になれるような富裕層でないと予約は取りづらい。

あるいは、二〇〇〇万円は下らない超高級腕時計が売れていたり、最近では、フェラーリなどの超高級車を街で見かけたりする機会も増えた気がする。

富める者がより富む――。それは日本も例外ではない。

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須田 慎一郎(すだ・しんいちろう)
ジャーナリスト
1961年東京生まれ。日本大学経済学部を卒業後、金融専門紙、経済誌記者などを経てフリージャーナリストとなる。民主党、自民党、財務省、金融庁、日本銀行、メガバンク、法務検察、警察など政官財を網羅する豊富な人脈を駆使した取材活動を続けている。週刊誌、経済誌への寄稿の他、「サンデー!スクランブル」、「ワイド!スクランブル」、「たかじんのそこまで言って委員会」等TVでも活躍。『ブラックマネー 「20兆円闇経済」が日本を蝕む』(新潮文庫)、『内需衰退 百貨店、総合スーパー、ファミレスが日本から消え去る日』(扶桑社)、『サラ金殲滅』(宝島社)など著書多数。
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(ジャーナリスト 須田 慎一郎)