2019年6月、45年に及ぶ現役生活に別れを告げた長州力。以来、バラエティ番組を中心にテレビで活躍し、軽妙なツイッターでも人気を集める彼は、今年の初め熱海に移住した。なぜ東京を離れることに決めたのか。デビューのきっかけになったアントニオ猪木との出会い、命を懸けて取り組んだプロレス、故郷・山口県への想い。熱海の自宅でこれまでの歩みを振り返った。(全2回の1回目/2回目を読む)

【写真】09年、武藤敬司デビュー25周年記念大会で躍動する長州力


©佐藤亘/文藝春秋

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出身の山口県周南市(旧徳山市)ではなく、なぜ熱海を選んだのか

長州力さん(以下・長州) んっ、なんで文春さんがここに来たの? 

――いや、長州さんが熱海に引っ越したと聞いたので、ぜひお話を訊きたいなって。

長州 僕の方からはなにも話すことはないですよ。うん。別に知ってくれとは思わないし(笑)。

――いやいや、プロレス界のスーパースターだった長州さんが東京を離れどんな暮らしをしているのか気になりまして。

長州 なーにが、スーパースターだよ。ホント、大きなお世話ですよ(笑)。

――いやいや、そんなこと仰らずに……いつから熱海にはお住まいなんですか?

長州 ……。家族は昨年末から入っていて、僕は新年からですよ。

――長州さんは2019年6月にプロレス引退をなさっていますが、以前からここに住みたいと思っていたんですか。

長州 家内の意向だったんです。うちの家内は資格マニアで“宅建”を持っているんだけど、僕がリングを降りる2〜3年前から物件を探していたんです。まあ僕も体があちこち悪いし結構しんどいから、まあ何だろう、環境のいい場所で歩いて運動したり、温泉にでも入ってゆっくりしたらということで、こっちに来たんです。

――ご出身の山口県周南市(旧徳山市)あたりは候補にならなかったんですか。

長州 田舎はすごくいいところだけどちょっと遠いですよね。距離が。娘3人と孫がこっちの方にいるんだけど、何かあったら急に会いに行けないじゃないですか。それもちょっとかわいそうだなって思って、すぐに行ける場所に住んでいたい、そばにいたいというのが僕の正直な気持ちだし、それは家内も一緒だと思いますよ。

――やはりご家族が大事なんですね。

長州 そりゃ当たり前じゃないすか。うん。いつまで経っても頭の中は娘や孫のことばかり。これからも家族が第一優先でしょうね。それは間違いないですよ。

熱海を終の棲家にするおつもりですか?

――住んでみてわかった熱海の魅力ってなにかありますか。

長州 ああ、まだこの地域のことわかってないんですよね。帰ってくるのはほとんど夜だし、昼間は出かけないし。ただ食べ物だけはね、美味しい食べ物屋さんを何となく探して、そこと決めたら通っている。うん。あと魚はやっぱり美味しいんじゃないですかね。スーパーとか行ってもガラス張りの向こうに2〜3人いて、さばいてくれますからね。だから刺身の横に付いているツマなんかに魚の血が混ざらないですし、早く食べれば、美味しく食べられますよ。

――長州さんも70歳になります。ここ熱海を“終の棲家”にするおつもりですか。

長州 ああ、今は完全に家内と僕の立場が逆転していますから、ある意味、家内の言うことを尊重しながら付いていくぐらいですよ。家内とはひと回り違うんだけど、孫が生まれたことで一層強くなりましたよ。昔は迷惑をかけてきたから感謝しかないし、今の生活でこれ以上望むことはなので家内に任せています。たぶん東京に戻るということはないと思いますよ。とにかく家族が第一優先だから。

なぜプロレスについて話すことが好きではないのか?

――長州さんは今、プロレス時代のことを思い出したり、振り返ったりすることはあるんですか。

長州 ほとんどないですね。プロレスについて話すのもあまり好きじゃない。40年以上、一生懸命やってきたのは間違いないんだけど、うん、まわりからどんな風に認められてきたのか、わからないときがあるんですよ。ずっとやってきた自分の“職業”について、あーだこーだ言われて、それを聞くのがつらいときもありますね。だからもう自分がやってきたことや、それに今やっているプロレスの世界の話はしたくないんですよ。

――“職業”という言葉が印象的ですね。

長州 プロレスはハッキリ言って仕事だったし、就職をして、ただ真剣にやってきたという感じなんですよ。ええ。まあ皆、いろんな捉え方や見方をするんだろうけど、僕はそういう言い方しかできない。たとえば(アントニオ)猪木さんのこともそうだけど、僕が見ているように周りの人が見ているわけではないですからね。周りは猪木さんのことを間違った感覚で見ているなとは思うけど、そこに対してはまったく口を挟むつもりはない。

――当人、もしくは当人同士でしか、わからないことって多いですからね。

長州 まあ仕事ってどんなことであっても真剣にやるものでしょ。そのことについて、もったいぶって顎の下をなでられて、あれこれしゃべってしまう。あれがもったいない。

大学卒業間近、監督がテレビ朝日の人と猪木さんとの食事に誘ってくれた

――自分が真剣に向き合っている仕事だからこそ、安易なことは言えないですよね。

長州 その上、周りからはあれこれ言われるから、もう反論もしたくないし、プロレスの話もね…。まあでも、僕もたまたまプロレスの世界に飛び込んで、それが仕事になっただけで、最終的には故郷の徳山に帰って船乗りにでもなろうと思っていたんですよ。うん。

――えっ、そうだったんですか?

長州 (専修)大学で4年間レスリングをやってきて、卒業間際になっても就職活動をしてなかったんだ。しかも最後まで寮住まいだったから、卒業したら住むところもない。だから当時の監督が心配をしてくれて、テレビ朝日の人と(新日本プロレス)会長の猪木さんとの食事に誘ってくれたんですよ。そのときに「なにも心配しなくていいからやってみなさい」と言ってもらって。

――そんなことがあったとは。

長州 ちょうど前年に同じレスリング出身で1学年上の(ジャンボ)鶴田さんが全日本プロレス入りをしたんです。そのとき新聞に鶴田さんの「全日本に就職します!」って言葉が大きく出たんですよ。ああ、全日本に就職するんだって思って、特別な違和感はなかったの。で、自分に声が掛かって「鶴田先輩にできるんだったら俺にだってできるんじゃないか」って思ったんですよ。まずは住むところの確保と、食べていくことを考えなくちゃいけなかったから。

「やらなきゃしょうがねえだろう。それが懸命というのかわからないけど」

――憧れて業界に入ったわけではないから、本当に“職業”という考え方なんですね。

長州 だから他の人と仕事のとらえ方が違っているのかもしれないですね。一般の人って会社の(内部の)こととかあんまりしゃべらないでしょ。それなのに顎の下なでまわされて、しゃべり過ぎて、なんか優越感でも感じるのかねえ。うん。

――長州さんは、糧を得るために懸命に仕事に取り組んできた。

長州 まあ懸命というわけでもないですよ。

――ええっ、そうなんですか?

長州 気を使って問い掛けてくれているのかもしれないけど、ある意味やらなきゃしょうがねえだろうって。それが懸命というのかわからないけど、結果的に騙されたってこともありましたからね。で、最後は大げんかですよ(笑)。

海の近くの石切り場で働いたり、漁師になっていたかもしれない

――まあ、いろいろあったんでしょうね。しかし、もしかしたら船乗りになっていたかもしれないという話は驚きました。

長州 あのとき東京でぶらぶらしているわけにもいかなかったし、田舎に帰らないとご飯が食べられない。僕が育った徳山は、周囲を島に囲まれた瀬戸内海に面した街だったんですよね。近隣の島には石切り場があって、採掘した石材を船で運搬する仕事があったんです。もしかしたらその船に乗っていたかもしれないし、あるいは漁師になっていたかもしれない。

――海を舞台に戦っていた可能性もあったわけですね。

長州 海が好きなんですよ。だから熱海に住んでいるのもあるし、海が目の前にあったら半日でも1日でもぼーっとしていられる。

――40年以上リングで戦ってきた体と心を休めている。

長州 家族と海、これが今の僕にとって一番の癒しなんですよ。うん。でも最近はテレビにも呼ばれるようになって……。

 

「テレビは慣れない。どうしても慣れない。しんどい…」苦悩する長州力(70)を救ったとっておきの“秘策” へ続く

(石塚 隆)