転職で年収をアップさせるにはどうすればいいのか。中小企業専門コンサルタントの山元浩二さんは「求人情報だけで転職先を決めてはいけない。高い給与額が書かれていても、年収が下がることがある」という――。
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■ベンチャー転職を決めた30歳営業マンの後悔

中小企業に対する税制の拡充、物価高、最低賃金引き上げなどで、賃上げが注目されています。今春、私のクライアントでも昇給率を前年よりアップさせた企業が8割超に上りました。特に中小企業の場合、人材を定着させる目的で賃上げに踏み切る経営者が多いです。

入社を考える人にとっても、賃上げに取り組み、給与額が高い企業のほうが魅力的に映るでしょう。しかし、入社時の給与や賞与回数など、求人に書かれている情報だけで判断すると、将来の年収が思っていたよりも少なくなる可能性があります。

私のクライアントである中小企業X社で、営業を担当する30歳のAさんから聞いた話です。Aさんはこの会社に転職してきたばかりでした。

1社目でも営業職だった彼は「30代を前にもっと収入を増やしたい」と、27歳の時に転職活動を実施。いくつかの会社を比較した結果、2社目に選んだのはIT系のベンチャー企業でシステム開発やアプリ開発の案件を受注する営業職でした。

前職での営業成績やITの知識を高く評価してくれたこと、提示された給与が前職よりも高く、歩合給もあったことが決め手になったそうです。

■転職2年目でハマった落とし穴

転職1年目は、案件も順調に獲得し、給与もアップしました。ところが、2年目になると思うように成果が出せず、むしろ年収は転職時の額までダウン。

しかし、収入が減ったことよりもつらかったのは、成果が出せない自分に対してのサポートがないことだったと言います。

1社目の会社では定期的に上司との面談がありました。評価のための面談でしたが、その時に営業活動の悩みなども相談できていました。

ただ、「1社目では成果を出しているという自負があったので、むしろ1人の上司による評価だけで昇給やボーナスが決まることに不満を感じていた」とAさん。それが転職を考えた理由の1つで、だからこそ歩合給のある会社に魅力を感じたそうです。

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■給与を決める評価基準を把握したほうがいい

Aさんのように歩合給を導入している会社に転職したものの成果を出せず、収入アップできなかったという例は珍しくありません。特にベンチャー企業やスタートアップをはじめ、中小企業の営業職によくあるケースです。

営業社員が自分を評価してくれる会社に転職したいと考えるのは悪いことではありません。問題は給与を決めるための評価の判断基準が「営業結果の数字だけ」だったことにあります。

それではスランプになったり、業界の環境が変化したりすると、あっという間に収入がダウンしてしまいます。

これは社員だけでなく、実は会社側にとってもリスクがあります。結果を出せない社員は次々と辞めてしまい、また新しい人材を採用する、というくり返しになり、人材が育たず会社が成長できないからです。

では、社員の評価方法として何が必要なのか。それは「経営計画」と「人事評価制度」です。「経営理念」がある会社は多いですが、その理念をいつまでに、どう実現していくのかを示した「経営計画」まで策定できている所は、中小企業では特に少ないです。

また、「人事評価制度」を社員の仕事ぶりを評価し、給与額を決めるためのものだと誤解している経営者も多いですが、「会社の理念実現に向けて、目標を達成できる人材づくり」が本来の目的となります。

そのためには「経営計画」と連動し、会社全体の目標に向けて個人が何をすべきか、成長のための課題は何かを示した評価基準を作成し、人材育成のための評価を行うことが重要です。

■従業員100人未満の会社は特に要注意

ところが、経営計画と人事評価制度をうまく運用できていない会社が非常に多いというのが、この20年間、600社以上を直接指導してきた私の実感です。それどころか従業員100人未満の会社のほとんどには経営計画も人事評価制度もありません。

実はこのクライアントX社も、以前は歩合給メインで社員が定着せず、弊社に相談をいただいて改革をしてきた会社でした。

他にも歩合給の会社を渡り歩いてきた社員が、最終的に経営計画と人事評価制度を運用している会社に定着したというケースも見てきました。

経営計画と人事評価制度を策定し、運用していくことのメリットは大きく分けて3つあります。1つ目は経営計画で会社のビジョンが示されていることによって、社員一人ひとりが何を目指し、どんな役割を担うべきかがはっきりすること。

2つ目は人事評価制度によって評価基準が明確になることで、社員は自分の成長に応じて給与がどう変化していくかを理解でき、昇進していくための道筋も分かりやすくなります。

そして、3つ目は生産性の向上です。特に中小企業に多いのですが、目標数値だけが設定されて活動は社員任せの組織運営では、生産性が上がるわけがありません。そして、生産性が低い限り、業績が上がらないので、賃上げも難しいという悪循環に陥ってしまうのです。

■転職で「年収を上げる人」が必ずする質問

経営計画と人事評価制度の有無が、自分のキャリアアップ、収入アップに関係することがわかっていただけたでしょうか。しかし、求人情報でそこまで書いてあるのは稀でしょう。

ホームページに経営理念を載せている会社は多いですが、「形だけ」のケースが少なくありません。実はAさんが辞めた1社目の会社にも人事評価制度があったそうですが、前述したように面談があること以外、メリットを感じていなかったといいます。

そこで、経営理念と人事評価制度があることを確認するだけでなく、実態はどうなのかを知るために面接で次のような質問をしてみることをおすすめします。

【1つ目の質問】
「経営理念の実現に向けて、社内にはどんな仕組みがありますか?」

まず、「経営陣が理念を設定しているだけの会社」か、「社員が目標や戦略を共有して、実現に向けてベクトルを合わせていける会社」なのかを確認できます。

さらに仕組みとして人事評価制度や計画的な教育・研修などが挙がれば、社員の成長を支援する体制も整っていると言えるでしょう。しっかり答えられる会社であれば安心ですが、意外に少ないかもしれません。

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■人事評価の仕組みを尋ねる理由

【2つ目の質問】
「人事評価制度の評価は、年に何回やっていますか?」

この質問に対して、「評価時期は年2回。上期は10月、下期は4月に評価を実施しており、その評価が次の賞与に反映されます」と具体的に答えられるようであれば、人事評価に基づいて給与や賞与、昇給額がきちんと決められていく会社だと考えていいと思います。当然、給与も成長に応じて上がっていくはずです。

特に経営陣以外の社員もこうした質問にしっかりと答えられるのなら、経営理念や人事評価制度が社内に浸透している証拠です。

【3つ目の質問】
「人事評価制度の評価結果は、どのようにして知ることができますか?」

「記入したシートを各自に手渡し」というような回答だった場合は、要注意です。評価者によるバラつきが生まれてしまい、納得感を得られない評価を受ける可能性もあります。

また、対面で話す機会がないことで、評価に対する疑問をぶつける機会がなく、不満を持ったまま次の評価時期まで過ごさなければいけなくなります。

評価は直属の上司、その上の立場の上司など2人以上で行うのが理想です。それによって客観性が生まれ、さらに本人自身による自己評価とすり合わせることができれば納得度も高まります。

そして、評価を伝える時は、育成面談を実施するのが望ましいです。評価結果の説明だけでなく、次の期に取り組む課題や役割を明らかにして今後の成長目標を共有することが目的です。

こうした評価の仕組みによって社員のやる気が継続し、会社の求める人材が育成されることで、結果として生産性も向上します。さらに社員のやりがいも収入もアップし、モチベーションを維持できるという好循環が生まれるのです。

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■「給与の高さ」だけで会社を選んではいけない

採用を行う会社側も、長く働いてくれる人を採りたいのであれば、ビジョンや求める人材像を明確にするべきです。

私のクライアントには採用の際、「10年後になってほしい人材像」を打ち出してもらっています。それを採用媒体に載せたり、面接の際にしっかり伝えたりしていくことで、共にビジョンを目指す社員が入社し、組織のベクトルが同じ方向を向くように変化していきます。

この方法は確かに時間がかかりますが、結果的に会社の成長につながります。人材流出を防ぐために賃上げを急ぐ前にやるべきことがあるのです。

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山元 浩二(やまもと・こうじ)
日本人事経営研究室 代表
1966年、福岡県飯塚市生まれ。組織成長・進化の“仕組み”づくりコンサルタント。会社のビジョンを実現する人材育成を可能にした「ビジョン実現型人事評価制度」を日本で初めて開発、独自の運用理論を確立した。著書に『図解3ステップでできる!小さな会社の人を育てる人事評価制度のつくり方』『小さな会社は経営計画で人を育てなさい!』(いずれもあさ出版)『小さな会社の〈人を育てる〉賃金制度のつくり方 「やる気のある社員」が辞めない給与・賞与の決め方・変え方』(日本実業出版社)などがある。
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(日本人事経営研究室 代表 山元 浩二)