実は発ガン性が続々と否定されている…「農薬は危険」と思い込む人が知らない農薬の最新事実
※本稿は、田中淳夫『虚構の森』(新泉社)の一部を再編集したものです。
■DDTは「比較的安全な農薬」
農薬。あるいは除草剤。
これらの薬剤に、どんなイメージを持っているだろうか。
やはり危険な化学物質と思う人が圧倒的に多いのだろう。虫や菌を殺し、雑草を枯らすのは「毒」だからだ。
農薬を使った作物を食べると健康を害する、除草剤を撒けば土は死んでしまう……そんな連想も働く。日本だけでなく、世界中で農薬や除草剤に対する悪感情は根強い。
世界的な問題となったミツバチ大量死でも、真っ先に農薬に疑い
おそらく「農薬=危険」のイメージは、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』からだろう。
この本はDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)という名で知られる殺虫剤の危険性を広く世界に知らしめた。
だが、知っているだろうか。今やDDTは比較的安全な農薬とされていることを。
人間の慢性疾患の原因にならず、発ガン性も非常に低いことがわかったからだ。
WHOは2006年にDDTを「殺虫剤の中でマラリア予防対策にもっとも有効であり、適切に使用すれば人間、野生動物に有害ではない」と判断して室内散布を認めている。
そもそもカーソン自身の主張も「マラリア予防以外の目的でのDDT利用を禁止して、マラリア蚊が耐性を持つのを遅らせるべき」というものだった。
ようするに使いすぎるな、というのだ。これはすべての化学物質に当てはまることだろう。
■トマトが出す農薬
さらに天然農薬様(よう)物質の存在も忘れてはならない。
農薬は、人が作り出した合成科学物質だが、化学構造がよく似ていて、効果も同じ物質を、植物自体が生成しているのだ。
京都大学生態学研究センターの高林純示(じゅんじ)教授と山口大学のチームが行った研究によると、ハスモンヨトウという蛾の幼虫に葉を食べられたトマトが放出する香りの成分には、虫にとって有害となる毒性物質が含まれていたという。
それはその香りの届く範囲にいる虫を一網打尽に死亡させるほどの強力なものだった。
高林教授は「農薬と比較すると微量で効く」と指摘する。
さらに1つのトマトがこの香りを出せば、周りのトマトも防衛態勢を固め、そこにいる虫たちを殺してしまうのである。
ほかにも天然農薬様物質は見つかっている。イネやキュウリ、ナスにも似た物質を出す機能が備わっていた。
つまり無農薬なら安全と言えない。人間が撒かなくても植物自ら農薬様物質を作り出すわけだ。だが、それらの物質まで忌避したら、作物の生理自体を否定することになる。
■「ラウンドアップの発ガン性」裁判所が否定
除草剤の危険性については裁判になっている。とくに標的となったのがモンサントだろう。
この会社の除草剤ラウンドアップ(商品名)は、なぜか目の敵(かたき)にされている。
後にモンサントはバイエル社に買収されたが、ラウンドアップへの裁判は継続していた。
2020年6月3日にアメリカのカリフォルニア州サンフランシスコの控訴裁判所(日本の高裁に相当)で、バイエル社など3社が発売した芳香族カルボン酸系のジカンバを使用した除草剤について、登録を無効とする決定を下した。ようするに販売できなくした。
このニュースが世界中に配信されると、除草剤や遺伝子組み換え作物の反対派は「アメリカは、除草剤禁止に舵を切ったぞ」と歓声を上げた。
ところが同じ月の23日には、アメリカ合衆国控訴裁判所が、カリフォルニア州当局に対しグリホサートを主成分とする製品(ラウンドアップ関連製品)に発ガン性物質が含まれるという警告文の表示を永久に禁じる判断を下した。
言い換えれば発ガン性の心配はない、という結論を出したわけである。
■「風で飛散しやすかった」ことが原因?
いずれの判決も、ちょっと説明がいる。
アメリカでは1980年代より農家がグリホサート系除草剤を使ってきたが、2000年代に入ると耐性を持つ「スーパー雑草」が次々と出現していた。
この「スーパー雑草」に対抗する「スーパー除草剤」として登場したのが、ジカンバ系除草剤だ。
そしてジカンバに耐性を持つ遺伝子組み換え作物も開発された。この作物を栽培しつつジカンバ系除草剤を散布すれば、雑草だけが枯れるわけだ。
ところがこの薬剤は、風に飛散しやすい。そのためジカンバ耐性のない作物を栽培していた農地まで飛んでしまい被害を出したのだ。
日本でも2018年にJR九州が線路脇の雑草対策に散布したら、近隣の農作物が枯れてしまった事件がある。
この被害に対して、ジカンバを新たに売買できないようにしたのが前者の判決だ。
ちなみにスーパー除草剤はほかにもいくつかあるが、そちらは禁止されていない。
一方でグリホサート系除草剤は、早くから発ガン性の恐れを指摘されて反対運動が起きていた。日本でも、とにかく危険と思っている人が多い。
その根拠は、2015年に世界保健機関(WHO)の国際ガン研究機関がグリホサートを「人に対しておそらく発ガン性がある」と分類したことだ。そのためカリフォルニア州法によって、発ガン性がある化学物質を含む製品への警告文の表示を義務づけた。
また消費者12万5000人が、9万5000件もの訴訟を起こしたのである。
ところが前述の判決は、発ガン性の危険表示義務を否定した。
アメリカ環境保護庁やWHO内の別機関など世界中の研究機関が「グリホサートの発ガン性を示す証拠は不十分あるいは存在しない」と先の報告を覆し、表示義務もなくしたのだ。
裁判結果を意外、あるいは不満に思う人は多いかもしれない。しかし、判決は専門家の研究に基づいているのだから陰謀論に与(くみ)すべきではあるまい。
細かなリスク評価は難しいのだが、有意の発ガン性自体は否定されたのだ。
■ダイオキシンの毒性は過大評価
このような評価の逆転はいくつも起きている。
合成甘味料チクロは、アメリカの食品医薬品局が1969年に発ガン性などを疑い禁止になったが、その後追試でいずれも否定された。
現在では世界中で使われているが、日本では今も姿を消したままだ。
最近では、「史上最悪の毒物」と言われたダイオキシンの毒性が過大評価だと訂正されたし、環境ホルモン(微量の合成物質が、動植物のホルモンと同じ効果を発揮して自然界を攪乱するという説)の存在がほぼ否定された。
ミツバチ大量死の原因とされる農薬ネオニコチノイドも評価は定まっていない。
■訴訟社会が騒ぎを大きくした
バイエル社は、最大109億ドル(約1兆1670億円)を支出してアメリカ国内のラウンドアップ訴訟を終わらせると発表した。
ただし和解が責任や過ちを認めるものではないとし、今後もラウンドアップ(と類似する商品)の販売を継続するという。
そもそも12万5000人という原告の大多数は、裁判に参加したら賠償金が取れると、ネットやテレビ、ラジオのコマーシャルにより集められた。訴訟社会であるアメリカならではの現象だ。
賠償額も、世界的企業であるバイエルの営業利益から賠償金請求額を導いたから巨額になった。
会社は、発ガン性の有無で争うより、裁判の継続によるイメージ棄損を恐れて和解に持ち込んだのだろう。
日本でもグリホサート系やジカンバ系の除草剤は使われている。
農薬も除草剤も、開発過程では医薬品なみに毒性はもちろん環境負荷なども厳しく検査が行われる。
また最近では分解機能も重視されていて、短期間に毒性が消える農薬が主流化した。多くが散布後1カ月、あるいは数週間で毒性が消えるという。なかには数時間で消えるものもある。
■使用量や方法が重要
私は、農薬を大量散布してもよいとは思わない。しかし使用禁止すべきとも思わない。人体に影響がないレベルで病害虫を抑えて収穫を確保できるのなら有り難い。除草剤も同じだ。
ようは使用量や散布の仕方、時期……などが重要なのだ。
農薬を不安がる消費者も、多くは日常生活で胃薬や風邪薬、頭痛薬、そして合成されたビタミン剤などを気軽に摂取している。風邪薬を適正に飲めば風邪を早期に治してくれる。だが大量に摂取したら死ぬ。農薬も同じなのである。
もう1つ付け加えると、農薬・除草剤の真の怖さは、作物への残留ではなく散布者への曝露だ。適切な散布方法を取らないと、高濃度の薬剤を散布者が直接吸い込む恐れがある。
その怖さに比べると、農作物への残留分など比較にもならない。
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田中 淳夫(タナカ・アツオ)
1959年大阪生まれ。静岡大学農学部を卒業後、出版社、新聞社等を経て、フリーの森林ジャーナリストに。森と人の関係をテーマに執筆活動を続けている。主な著作に『絶望の林業』『森は怪しいワンダーランド』(新泉社)、『獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち』(イースト新書)、『森林異変』『森と日本人の1500年』(平凡社新書)、『樹木葬という選択』『鹿と日本人―野生との共生1000年の知恵』(築地書館)、『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』(ごきげんビジネス出版・電子書籍)ほか多数。
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(田中 淳夫)