出世する人としない人はどこが違うのか。元伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎さんは「出世するのは懸命に仕事する人です。社外の取引業者の人たちからも『おたくの○○さんはすごいね』という評判がたてば、その人の出世はほぼ間違いありません」という――。

※本稿は、丹羽宇一郎『生き方の哲学』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。

■出世を目標にしても出世はできない

「出世競争」という言葉があるように、ひと昔前は「サラリーマンの目標は出世や昇進」とよく言われました。

出世や昇進すると、役職手当・職責手当が支給され、給料は上がります。ただし、その分、部下を持ち、責任は重くなります。管理職になれば、多くの会社では残業代の支給がなくなります。

そのためか、最近は「出世したくない」という会社員が増えているようです。

といっても、エラくなりたいと言いたいときはあるでしょう。

しかし「おれは社長になるぞ」と言って社長になった人はいないし、「おれは部長になるぞ」と言って部長になった人もいません。

要するに、出世することを目標にして出世した人はいない、ということです。もちろん、すべてに「まったくいない」ではなく、「ほとんどいない」と読んでください。声に出してそれを実行する人は「いない」ということです。

■取引先からの「大したものだ」が出世のカギ

では、どういう人が出世するのか。

懸命に仕事をする人です。

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懸命に仕事をして、周囲の人が、「あの人は大したものだ。しっかりしてるよ」とうわさする。

社外の取引業者の人たちからも、「おたくの○○さんはすごいね。言われたこときちっとやってくるね」という評判がたてば、その人の出世はほぼ間違いありません。

ところで、社長の絶対的な責務の一つは「後継者を育てる」ことです。優れた後継者を見極める必要があります。10年以上にわたり、自分こそが最高の社長であり後継者はいないと自負し、自惚れ、後継社長を育成できない社長が目につくようになりました。

未来の社長候補をどう選び、育てるか。社長の最大の仕事です。私の場合、大事な判断材料の一つにしたのは、業界における評判でした。

「おたくの業界では、うちの会社で誰がいちばん頑張っていると思いますか」

普通の会話の最中にそう尋ねて、そこでもしも名前が挙がれば、その人は有力候補として○が付くことになります。

あとは、自分が期待されているということを当人に自覚させることです。

「自分は期待されている。期待に応えて人一倍、勉強しなくては。競争相手の会社の同年代よりもしっかりしていると納得してもらうようにしなければいけない」

そういう自覚を持たせるのです。

「新エリート主義」と呼ぶ私の人材発掘・育成法です。

■自己評価は他人の評価の2倍になる

普通のサラリーマンが虚栄心を満足させるために、給料アップに結びつく出世や昇進を望むのは当たり前です。

けれどもお金がそれを追い求めると逃げていくように、出世もそれだけを追い求めていると逃げていきます。

自己アピールしようがしまいが、あなたの本当の実力は周りがちゃんと見ています。隣の人間の実力もわかっています。

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あなたの能力は他人が評価するものです。自分で評価するものではありません。

自分の評価はだいたい過大になりがちです。

「自己評価は他人の評価の2倍くらいになる」ぐらいに考えておいたほうがいいでしょう。

会社でも役所でも、組織というのは、実は本人が思っている以上に、その人のことを正しく判断しているものです。

多少の上下はあるにしても、プラスとマイナスで平均化され、現実とほぼ一致する評価に落ち着いていくのです。

■「手柄を持っていかれた」は本当か?

あなたは本当に全力で努力したのでしょうか。

自分の努力不足を棚に上げて「手柄を持っていかれた」と自分が出世できないことを他人のせいにしていませんか。そこに、ねたみやひがみがありませんか。

「隣の芝生は青く見える」と言います。Bさんが昇進したのは、何もあなたの手柄を横取りしたからではなく、それ相応の努力をしたからではないのですか。

そもそも仕事とは、最初から出世を目指してするものではありません。これを成功させれば出世できるという仕事もなければ、ある仕事を成功させれば昇進させるなどというルールもありません。

若手のころは、目の前の仕事をやるかやらないか、それだけです。

上司に言われたことがちゃんとできないのに、「おれはもっと出世するぞ」と力んでも話になりません。上司に言われたことをきちんとすること。それが若いころの唯一のホメ言葉「よくやってるな」につながります。

■最初から面白い仕事などない

「仕事に喜びや面白さが見つけられない」「仕事にやりがいを感じることができない」という人には、「あなたの仕事について、人にホメられるように努力をしなさい」という言葉を私から伝えたいと思います。

自分が好きな仕事は何か、誰もが最初からわかるはずがありません。生まれながらにして好きなものがある、得意なものがある、それはごくごく限られた一部の人たちの話です。

人にホメられるように努力を重ね、実際にホメられた。そのとき、その仕事が好きになり、面白くなり、得意になっていきます。

仕事に喜びを見つけられないのは、人のせいでも、環境のせいでも、遺伝子のせいでもなく、あなた自身の努力不足のせいだと言えます。

だから仕事の喜び、面白さ、やりがいのありなしなどは、本人が努力してから言うことです。努力もせずに、放っておいたら面白くて好きになった。そんな仕事はどこを探してもありません。

■ホメられることが自信につながる

胸に手を当てて、子ども時代を思い起こしてください。子どもにとって最もホメられたい対象は両親です。

写真=iStock.com/takasuu
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テストで100点を取った。試合でホームランを打った。描いた絵が金賞をもらった。

「えらいぞ、よくやった」と親にホメられて天にも昇る気分になった。今度も絶対、満点をとってやる――。

あるいは、先生にホメられたのが契機になって作家になった人がいます。先生にホメられて、ピアニストになった人もいます。敬う人のひと言が動的要因となり、人は変わるものです。

これは私の経験知でもあります。

70年も前のことですが、中学生のとき、職業適性テストで「あらゆる職業に向いている」という評価を得て、先生が全校朝礼で「ものすごい結果を出した生徒が一人いる」と話しました。私だけが「自分のことだ」とわかりました。

「豚もおだてりゃ木に登る」で、私も、「そうか、おれは努力すれば何にでもなれるのか」と自分の心の中でひそかに人生に光が差したような気持ちになり、何か自信を持つことができました。

遠足の感想文を読み上げたとき、「君は文章がうまいね。作家になれるかもしれませんよ」とみんなの前で先生からおだてられ、すっかりその気になった私は高校で新聞部に入部しました。

■「他人からよく見られたい」という虚栄心に注意

子どもに限ったことではありません。人から認められたい、人から評価されたい、人から称賛されたい、と思うのは人間の本性です。多くの人は、人にホメられることがうれしくて懸命に働くのです。

これは「自分のことをよく見せたい」「立派に見てもらいたい」という虚栄心の発露でもあります。

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丹羽宇一郎『生き方の哲学』(朝日新聞出版)

ただ、この虚栄心には、気をつけなければいけない落とし穴があります。

それは「もっとホメられたい」と努力し、そのあげくホメられるためだけに働くようになることです。

そうすると、評価を求めてデータをごまかしたり、ウソをついたりするようになりかねません。つまり「他人からよく見られたい」という虚栄心の悪いほうが出るのです。

本来は、仕事の喜びと面白みを見いだすための努力です。努力の方向を間違えないようにしなくてはなりません。

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丹羽 宇一郎(にわ・ういちろう)
元伊藤忠商事会長・元中国大使
1939年、愛知県生まれ。名古屋大学法学部卒業後、伊藤忠商事入社。98年、社長就任。99年、約4000億円の不良債権を一括処理し、翌年度の決算で同社史上最高益(当時)を記録。2004年、会長就任。10年、民間出身で初の中国大使に就任。現在、公益社団法人日本中国友好協会会長。
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(元伊藤忠商事会長・元中国大使 丹羽 宇一郎)