がん検診には、さまざまな種類があるものの、どこまで受けるべきなのか。内科医の名取宏さんは「がん検診はたくさん受けるほどよいわけではない。あらゆる検査には利益と害があることを知っておいてほしい」という――。
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■有効性が示されている検診は少ない

一定の年齢を超えると、職場や自治体から、がん検診のお知らせが届きます。男性なら「肺がん検診」「胃がん検診」「大腸がん検診」、これらに加えて女性は「乳がん検診」「子宮頸がん検診」です。厚生労働省が推奨しているがん検診は、この5種類だけ。がんには他にもさまざまな種類がありますが、それらの検査を厚労省は推奨していないのです。

図表=厚生労働省

こう書くと、もっと多種類のがん検診を行うべきだと思う方もいるかもしれません。でも、がん検診はやればやるほどよいとは限りません。がん検診の中には、「がん死亡を減らすという利益が確認できないもの」「かえって害が大きいもの」があるからです。じつは平均的なリスクの人が受けて利益があると国際的に認められているがん検診は「大腸がん検診」「子宮頸がん検診」「乳がん検診」の3つだけ。「胃がん検診」「肺がん検診」は、日本人を対象にした研究でがん死亡率を減らす効果が確認されているため日本では推奨されていますが、欧米では広くは行われていません。

「前立腺がん検診」は厚労省は推奨していませんが、日本泌尿器科学会は推奨しています。前立腺がん検診ががん死を減らすという研究、がん死を減らせないという研究の両方があり、その利益が害を十分に上回るかどうかは判断が分かれるところです。たとえばUSPSTF(米国予防医学専門委員会)は、前立腺がん検診は正味の利益は小さく、専門家の判断と個人の価値観に基づいて受けるかどうかを決めるよう推奨しています。「膵がん検診」と「卵巣がん検診」については、検診ががん死を減らすことは確認されておらず、USPSTFは検診を受けないことを推奨しています。

■あらゆる検査はゼロリスクではない

さて、がん検診の害の一つは、種類によっては苦痛を伴うことでしょう。たとえば厚労省が推奨している「胃がん検診」は、「胃部エックス線検査」または「胃内視鏡検査」です。胃部エックス線検査はバリウムを飲み、台の上に乗せられてゲップを我慢しながらグルグルと回されたり、お腹を押されたりして撮影されるもの。もう一つの胃内視鏡検査は、いわゆる胃カメラです。のどにスプレーで麻酔をしますし、昔に比べると内視鏡の管が細くしなやかになったものの、飲み込むときにはオエッとなります。私はどちらも受けたことがありますが、あまり愉快な経験ではありません。

胃内視鏡検査は、静脈麻酔で意識をなくして行うところもあるでしょう。こちらは寝ている間に済みますので快適ですが、やはりまれながらリスクはあります。麻酔が深いと呼吸が止まったり、あるいは痛いと伝えることができないので内視鏡によって傷ができることもあるかもしれません。こうした問題が起きても、ほとんどの医療機関がきちんと対応してくれるはずですが、きわめてまれながら死亡事例もあります。

つまり、がんに限らず検診はあまり愉快でないだけでなく、きわめてまれとはいえ重篤な合併症が起こることもあるのです。胃部エックス線検査ではバリウムが肺に入る誤嚥(ごえん)や腸で固まる腸閉塞、胃内視鏡検査では消化管穿孔や、がんを疑って組織を採取したときに出血が起きる危険性があります。検査には一定のリスクがつきものです。最近ではどこの医療機関でも、リスクのある検査には同意書を書いていただくようにしています。

■もっと苦痛なく安全な検査はないか

すると、誰でも「もっと苦痛なく手軽に安全に、がん検診ができればいいのに」と思いますよね。実際、がん検査の中には血液1滴、尿1滴で診断できると称するものがあります。なかでも、がん患者の尿に線虫が反応することを利用した検査「N-NOSE(エヌ・ノーズ)」は話題を集め、テレビCMも流れました。少量の尿を提出するだけで検査そのものに苦痛はなく体に負担をかけないので、ゼロリスクのように思えます。しかも一度に全身15種類のがんのリスクを調べられ、お値段は1万数千円程度。とてもよさそうに思えます。しかし私は、がん検診として線虫検査を受けることをおすすめしません。

がん患者の尿に含まれる何らかの物質に線虫が反応すること自体は、複数の研究報告があり、事実だといっていいでしょう。科学的には興味深い現象で、基礎研究としては優れていると思います。けれども、線虫によるがん検診は、まだまだ研究途上で十分なエビデンスがあるとは言い難く、がん検診に臨床応用できるようになるまでには長い道のりがあります。

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ところが、線虫検査を提供する会社のウェブサイト(※1)では、感度(がん患者を正しくがんと判定する確率)を86.3%、特異度(がんではない被験者を正しくがんではないと判定する確率)を90.8%としています。こう聞くと「いい検査なのに、なぜ一般的ながん検診として広く利用されないのだろう」と思いませんか?

※1 HIROTSUバイオサイエンス|線虫がん検査に関する世界最先端の線虫行動解析技術

■感度と特異度が高くてもダメな理由

じつは「感度86.3%、特異度90.8%」という数字は、“two-gate design”といって、「すでにがんと診断された患者集団」と「すでにがんではないことがわかっている健常者集団」という二つの集団を別個に集めた研究から算出されています。いわば実験室内の数字であって、実際の性能よりも過大評価されているのです(※2)。一般集団においても同様の性能を発揮できるとは限りません。

実際の臨床現場での検査の性能を知るには、がん検診を実際に受ける人たちに近い、自覚症状がなくがんであるかどうかがわかっていない一つの集団を対象にした“single-gate design”の研究を行わなければなりませんが、線虫検査に関しては行われていません。信頼できる数字を得るには多くの被験者が必要で、お金も時間もかかるからでしょう。

百歩譲って、線虫検査が実際の臨床においても特異度90.8%を維持できたと仮定しましょう。それでもなお、線虫検査には大きな問題が残ります。がん検診を受ける人のほとんどはがんではありませんが、その人たちの約10%は誤って陽性になってしまいます。そのため線虫検査で陽性になった人の多くは、実際にはがんではないのです。

※2 "Case-control and two-gate designs in diagnostic accuracy studies" September 2005; Clinical Chemistry 51(8):1335-41. DOI:10.1373/clinchem

■あらゆる部位の精密検査が必要に

しかも、線虫検査は「一度に全身15種類のがんのリスクを調べられる」とうたっています。特異度がきわめて高くない限り、一度に多くの種類のがんのリスクがわかることは欠点です。あなたが線虫検査によって高リスクだと判定されたとしましょう。体のどこかに、がんがある可能性があります。あなたは、胃がんかもしれないし、大腸がんかもしれないし、前立腺がんかもしれないし、膵がんかもしれません。

とりあえず、「消化管内視鏡検査」を受けましょうか。胃と大腸の両方です。「PSA(前立腺特異抗原)」も測ります。「腹部超音波検査」も忘れてはいけません。ところが、どの検査でも、がんが見つかりません。それでは安心できませんよね。これらの検査では、早期の膵がんが見落とされるので、追加で「腹部造影CT」と「MRCP(MR胆管膵管撮影)」と「全身のPET検診」も受けるとしましょう。

自費ですから相当な金額になります。また、お金だけの問題ではなく、検査に伴う苦痛や合併症のリスクもあります。このように「がんではないのに、がんの疑いがあると判定されること」を偽陽性と呼びます。偽陽性は心理的な不安や余計な検査を招く、がん検診の害の一つです。公的に推奨されているがん検診でも、偽陽性は生じます。けれども、どこのがんなのかわからないということはなく、部位が限定されるので多種類の精密検査をする必要はありません。

写真=iStock.com/JazzIRT
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■がん死亡率を減らすかどうかが大事

公的に推奨されているがん検診と線虫検査との違いは、それだけではありません。推奨されているがん検診には、「がん死亡率」を減らすという証拠があります。がん検診には偽陽性以外にも痛みなどのさまざまな害がありますが、その害を上回る「がん死亡率を減らす」という利益があるからこそ推奨されているのです。

一方で、線虫によるがん検診には、がん死亡率を減らすという証拠はありません。線虫によるがん検診を受けると、受けない場合と比較して、がん死亡率を減らすかもしれませんし、減らさないかもしれません。がん死亡率を減らさないとしたら、線虫によるがん検診は害だけあって利益のない医療介入だということになります。

「がんを発見できることもあるのだから、利益がないってことはないだろう」と考える方もいるかもしれません。しかし、がんを発見できるだけで利益になるという考えは誤りです。がん検診の有効性は、がんを発見できるかどうかではなく、がん死亡率を減少させるかどうかで評価されるべきです。発見しただけでは意味がないからです。

■乳児への「神経芽細胞腫検診」の失敗

日本ではかつて、がん死亡率を減らすことを確認しないまま広く導入された検診がありました。生後6カ月の乳児を対象に、1985年から開始された「神経芽細胞腫マススクリーニング検査(神経芽細胞腫検診)」です。「神経芽細胞腫」は小児がんの一つ。その名前の通り、神経の細胞ががん化して過剰に増殖することで起こります。がん細胞はカテコラミンというホルモンを多く分泌し、その代謝産物は尿に排泄されます。その尿中の代謝産物を測定することでがんを発見できます。少量の尿で検査できるのは線虫検査と似ています。採血する必要すらなく、検査自体は体に負担はありません。

写真=iStock.com/west
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日本で6カ月児が対象だったのは、神経芽細胞種は1歳以上で発症した場合には予後が悪いことが知られていたからです。検診の結果、毎年100人以上もの赤ちゃんが神経芽細胞腫と診断されました。体に負担のない検査でがんを発見できて、一見するとよいことのように思えます。しかしながら、神経芽細胞腫の検診を受ける場合と、受けない場合とを比較して、がんと診断された人の数は増えた一方で、がん死亡率は減少しないという研究がカナダとドイツから報告されました。

また、生後6カ月時点で検診を行っているはずの日本でも、1歳以上の神経芽細胞腫の発生数は減りませんでした。1歳未満の患者数は増えており、全体としての神経芽細胞腫の発生数は約2倍になりました。これは「過剰診断」といって、治療をしなくても生涯にわたって症状を呈したり、死亡の原因となったりしないがんを診断していたためです。

■がん検診の害の一つである「過剰診断」

過剰診断もまた、必要のない治療や心理的不安を招く、がん検診の主な害の一つです。神経芽細胞腫検診においては「治療しなくても症状を起こさないがんを診断していた」うえ「1歳以上で発症する予後の悪いがんは生後6カ月時点ではまだ診断できなかった」と思われます。進行が速い予後の悪いがんは、検診では捉えきれなかったり、検診で発見したときにはすでに手遅れだったりすることが、成人のがん検診でも知られています。

日本の神経芽細胞腫検診は、2003年に休止されました。その後の研究で、検診の休止後に神経芽細胞腫の発生率は減ったが、死亡率は変わらなかったこともわかっています。神経芽細胞腫で亡くなる赤ちゃんを減らしたいという善意からだったのでしょうが、検診を開始したことは失敗でした。ただ速やかに休止できたのは、海外のがん検診の教科書では「(日本の厚労省は)模範的な行動を取ることができた」と評価されています(※3)。検診の休止により、何百人もの赤ちゃんが不要な手術を受けずに済みました。

神経芽細胞腫検診の教訓は、がん死亡率の減少という利益が明確でないがん検診を拙速に導入すべきではないということです。臨床試験、それもできれば検診を受ける群と受けない群をランダムに分けて比較する「ランダム化比較試験」で検診の有効性を評価する必要があります。考えてみれば、ワクチンや治療薬では当たり前に行われていることです。

※3 ラッフル&グレイ著、『スクリーニング 健診、その発端から展望まで』同人社

■検査を多数受けるほどいいわけではない

以上のことから、がん検診は受ければ受けるほどいいわけでないことをご理解いただけたと思います。他のあらゆる医療行為と同じく、がん検診にも利益だけでなく害もあるのです。検査そのものの害だけではなく、偽陽性や過剰診断によって不要な検査や治療を行うという害もあります。また、がんが発見できること自体は利益ではなく、がんによる死亡率が減ることが利益です。

しかし、がん死亡率の減少といった利益があるかどうか検証されていないがん検診でも「手軽にがんを発見できる検査は受ける価値がある」と消費者が誤解していればビジネスになります。検証をしなくても、いや、むしろ検証をしないほうが儲かるのは、高額な対価をとりながら効果のはっきりしない「がん治療」を提供する自費診療クリニックと同じ構造です。学会や医学雑誌で専門家を相手にするのではなく、より多くの消費者を誤認させる方向へ努力が傾けられます。

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幸い、日本では有効性が高いことが十分にわかっているがん検診は自治体から補助が出ることが多く、無償または少ない自己負担額で受けることができます。高額な自費診療のがん検診を受けても、必ずしもその値段に見合った効果は得らないばかりか、思わぬ害が生じるかもしれないことを知っておきましょう。

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)