市光工業が次世代のライティング技術として出展した「HDライティング」と「e-Grille」(写真:市光工業)

近年、クルマの技術革新や電動化の波は、ヘッドライトをはじめとする“光”の分野にも変化をもたらせている。例えば、ADB(Adaptive Driving Beam)システム。ACCや自動ブレーキなどのADAS(先進運転支援システム)向けに搭載されているカメラとヘッドライドが連動する機能だ。ハイビームのままでも、カメラが検知した先行車や対向車などだけ遮光することで、眩惑を防ぎつつ夜間における運転者の視界を確保する。


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また、BEVをはじめとする電動車の普及は、クルマのフロントフェイスを変えつつある。従来からのガソリン車では、エンジンをフロントフード内に搭載するため、フロントグリルから多くの走行風を車内に採り入れ、冷却する必要があった。さらに大型で個性的なグリルデザインは、ブランドやモデルのアイデンティティを表す意匠としても使われてきた。ところがモーターで駆動する電動車では、走行風を車内に導くというフロントグリル本来の役割はあまり重要でないため、グリルを小型化したり、グリルレスのフロントフェイスを採用するなどで、今までにないデザインを持つモデルも増えてきた。

そんな中、大手自動車部品メーカーの市光工業は、ADBをより進化させたヘッドライトシステムや、電動車のフロントグリルに“光”による新機能を持たせた製品を開発中だ。いずれも次世代車に向けたライティング技術といえるもので、クルマの“光”に新たな価値を生み出し、より安全性に寄与する機能を持たせる可能性があるという点では注目だ。今回は、自動車技術専門展示会「人とくるまのテクノロジー展2022 YOKOHAMA(2022年5月25〜27日・パシフィコ横浜)」で展示された、市光工業の新技術を紹介しよう。

ヘッドライトの次世代技術「HDライティング」


ADBをより進化させたヘッドライトシステム「HDライティング」(写真:市光工業)

まずは、ヘッドライトの次世代技術「HDライティング」を紹介しよう。これは、日産「ノート」などに採用されている同社製ADBシステム、日産が「アダプティブLEDヘッドライトシステム」と呼んでいる機能を進化させたものだ。ちなみにADBシステムについて少し補足すると、そもそも夜間走行では、基本的にハイビームにし、できるだけ遠くを照射するほうが視界を確保でき安全だといわれている。一方で、先行車や対向車がいる場合は、ハイビームのままでは眩惑させてしまうため、その際のみロービームにすることが推奨されている。


市光工業のADBシステムを採用した日産「ノート」のLEDヘッドランプ(筆者撮影)

ただし、例えば市街地などでは、ハイとローの切り替えが頻繁となる場合も多く、切り替え忘れなども起こる。そこで登場したのがADBシステムだ。夜間走行中にハイビームのままにすることで、運転者は可能な限り前方視界を確保できるし、煩わしいハイ/ローの切り替え操作も必要ない。しかも他車両などの範囲のみ光を遮光することで、相手への眩惑も防ぐ。似たようなシステムには、ハイとローを自動で切り替えるオートハイビームもあるが、常に光が遠くを照射することで、より前方視界を確保できるという点ではADBシステムのほうが上だといえる。


市光工業のADBヘッドランプシステムの解説(筆者撮影)

話を戻すと、同社製の従来型ADBシステムは、片側12個、左右24個あるLEDの点灯や消灯を1個ずつ制御し、フロントカメラで検知した対向車や先行車のドライバーへの眩惑を避けながら、必要なところだけをハイビームのまま遠くまで照射する。これにより、つねに視認性の高い状態を維持することが可能だ。

安全運転のために照射範囲を精密に制御


HDライティングの概要(筆者撮影)


HDライティングの作動イメージ(筆者撮影)

一方、HDライティングでは、LEDの照射範囲を数万ピクセルとさらに細かく分割し、個々の光を制御することで、ヘッドライトの光により多くの機能を持たせている。まず、ハイビーム時は、対向車や先行車が走る範囲を遮光するだけでなく、標識にあたる光も抑えることが可能だ。他車両のドライバーへの眩惑を防ぐだけでなく、標識から反射する光も抑えることで、自車のドライバーが標識を見やすくする効果を生む。さらに歩行者を検知した場合は、上半身のみを遮光することで歩行者への眩しさに配慮するなどのアップデートも行われている。

また、ロービーム時には、路面に光の線や記号を照射することで、ドライバーにレーンガイドやナビゲーションといった情報を表示して運転を支援する機能も有する。さらに横断する歩行者の足元を強調して照らすことで、歩行者の発見を早め、安全性を高めることも可能だ。


HDライティングによるロービーム照射イメージ(写真:市光工業)


HDライティングによるハイビーム照射イメージ(写真:市光工業)

まさに次世代のヘッドライトといえる技術だが、課題もある。市光工業の担当者によれば、「機能を実際にどれだけ使えるかは、カメラやセンサー類の検知能力が大きく影響する」という。例えば、周辺状況の検知ユニットがカメラを主とする場合、光が少ないほどカメラは物体などを映しづらくなるため、暗い夜道では検知できる範囲が制限されやすい。そのため、車両周辺データと連動するHDライティングの機能にも、おのずと限界が出てくるという。

担当者は、「今後、例えば、LiDAR(ライダー)など暗い場所などでも物体検出できるセンサーがより多くの車両に搭載されれば、HDライティングも多様な機能を使うことができる」という。LiDARとは、高度なADAS機能を持つ車両をはじめ、将来的な自動運転車の目として期待されている次世代センサーだ。赤外線などのレーザー光を照射し、物体や障害物、人などに反射して戻ってきた時間などで検知するため、夜間にも比較的強いといわれている。

だが、LiDARを採用するか否かは、自動車メーカー次第。LiDARはかなり高価なこともあり、高級車など一部の車種にしか搭載されていないのが現状だ。コスト面の問題などがクリアされ、より多くの車種に搭載されるようになれば、HDライティングも自動車メーカーに採用されやすくなる。そして、そうなったときにはじめて、この技術が持つ夜間運転時における高い安全性を、幅広いユーザーが享受できるようになるという。

グリルの小型化&レスが進む電動車向け「e-Grille」


市光工業が展示していた「e-Grille」(筆者撮影)

次は、BEVやHEV、PHEVなど、多様な電動車向けに開発中の光るフロントグリル「e-グリル(e-Grille)」について。自動車の電動化により、本来の「エンジン冷却のための吸気」機能としての役割が小さくなっているフロントグリルへ、新しい価値観を持たせるためのシステムだ。


e-グリルの概要(筆者撮影)

今回展示されたのは、e-グリルのプロトタイプで、アウターレンズ部分に大日本印刷が開発した特殊な加飾フィルムを採用しているのが特徴だ。このフィルムは、意匠性が高い加飾印刷と、必要なときだけ光が透過する光学特性を併わせ持つ。そのため、加飾印刷でグリルに美しいグラフィックの外観を施すことができるだけでなく、装着したライトを点灯させると、グラフィックと独立した自在な光の形状を映し出すことができる。


e-グリルの概要(筆者撮影)


e-グリルの加飾パネル(筆者撮影)

市光工業の担当者によれば、e-グリルは、例えば、「自宅などで電動車を充電する場合、充電度合いを光で表示したり、ドライバーが車両に乗り込む場合に光るウェルカムライトとして利用したり、さまざまな機能を持たせることができる」という。ほかにも、例えば、通常走行時に光らせることで、車両に個性的なフェイスデザインを持たせることもできる。近年、新型車のヘッドライトに採用例が増えている、デイライトのフロントグリル版といったイメージだ。


e-グリルの活用例(筆者撮影)

さらに将来的に普及が期待される自動運転車では、他車両や歩行者などとのコミュニケーションとしても使えることも注目点だ。例えば、横断歩道を渡ろうとしている歩行者を見つけ、手前で停車した場合をイメージしてもらいたい。現在であれば、ドライバーと歩行者がアイコンタクトや手のジェスチャーなどでコミュニケーションを取ることで、先に歩行者へ道路を横断してもらうなどの意思疎通ができる。ところが、もし将来的に完全な自動運転車が実用化されたとすると、車両にはドライバーがいない場合も想定できる。e-グリルは、そんなときに「お先にどうぞ」などの文字を電光掲示板のように“光”を使って出すことができ、歩行者に意思を伝えることもできるという。もちろん、フロントグリルが走行中に光ったり、光の文字を出したりなどは、法規の改定なども必要であるが、よりクルマにアイデンティティを持たせたり、安全性の向上などに役立てることもできるという点では、注目すべき技術だといえよう。

視認性の次、コミュニケーションとしてのライト技術


ニアフィールドプロジェクションの本体(写真:市光工業)

ほかにも市光工業では、今回、車両が曲がる方向などを路面に映し出す「ニアフィールドプロジェクション」も展示した。これは、同社のプロジェクション技術を応用したもので、車両に搭載したプロジェクターが、交差点などで自車の曲がる方向などを路面に投影する仕組みだ。これにより歩行者や自転車、バイクといった車両周辺の道路利用者に、自車の動きを知らせることで、注意喚起し、急な飛び出しなどによる事故の低減につなげることを目的とする。


ニアフィールドプロジェクションの使用例(写真:市光工業)

このように、ドライバーの視認性をはじめ、車両周辺への情報伝達など、より多様な役割を持たせることで、さらなる安全性の向上が期待できるのが次世代のライティング技術だ。とくに夜間や周囲の視界が徐々に悪くなる薄暮時間帯は、昼間と比べ死亡者が出るなど重大な結果を招く事故が多いといわれている。それだけに、クルマの光をより進化させることは、安全性の向上や事故低減へさらに寄与できる可能性を秘めている。痛ましい交通事故を減らすためにも、こうした新しいライティング技術には、今後も注目していきたい。

(平塚 直樹 : ライター&エディター)