いきなり!ステーキの店内には創業者である一瀬邦夫氏のポスターが掲示されてきた(撮影:梅谷秀司)

いきなり!ステーキ」を展開するペッパーフードサービスの一瀬邦夫社長CEOが業績不振の経営責任を明確にするという理由により、8月12日付で辞任しました。一瀬氏は取締役も退き、後任社長には長男で副社長の一瀬健作氏が就きました。

ペッパーフードサービスは1985年設立。2006年に株式を上場した頃は「ペッパーランチ」を主力業態としていましたが、一瀬氏の手により、いきなりステーキの第1号店を2013年に開業し、すぐに熱狂的なブームを巻き起こし、チェーン店経営史上最速と呼ばれるペースで全国に広がりました。

業績急拡大も急速な新規出店がアダに

2000年代には70億円台がピークだった売上高は倍々ゲームで600億円規模まで急拡大。ところが新規出店ペースが速すぎて店舗同士が顧客を取り合い、開業5年後の2018年に既存店での売り上げ減少が始まります。


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翌2019年12月期は売上高が675億円まで増えたのに赤字へと転落し、不採算店の閉鎖が増加します。2020年には財務状況の改善のため1994年から運営を続けてきた業態のペッパーランチを売却せざるをえない事態になります。時を同じくして日本の外食産業をコロナ禍が襲い、直近の売上高は200億円を切り、赤字がまだ続いています。状況が改善しないまま一瀬邦夫社長が経営責任をとることになったというのが冒頭のニュースです。


いきなり!ステーキで一度でも食事したことがあれば、店内外のポスターに登場する一瀬邦夫氏の顔に見覚えがある人は多いでしょう(撮影:尾形文繁)

まさにジェットコースター経営と呼ぶべきいきなりステーキの栄華と転落の軌跡について、何がここまでのブームを巻き起こし、なぜ急速な衰退へと向かったのでしょうか。

まずはいきなりステーキの栄華の歴史を振り返ってみましょう。

「本物のステーキを低価格で提供する」

すでにペッパーランチで成功していた一瀬邦夫氏が2013年当時あたためていた新事業の構想でした。その構想を後押ししたのが「俺のフレンチ」で一世を風靡した故坂本孝氏でした。

坂本氏のアドバイスと「僕はステーキに進出するつもりはないからあなたがやったらいい」というお墨付きで一瀬邦夫氏が新たに起業したのが「いきなりステーキ」の銀座1号店でした。

そのビジネスモデルは、

1. 高品質のステーキ肉を原価率70%超というコスパの高い価格設定で提供する

2. 薄利でも利益を上げられるように立ち食いスタイルをとり顧客回転率を上げる

3. 肉マイレージでリピーターに手厚く還元することで固定客を取り込む

というものでした。


ハレの日に食べるステーキを日常にした(撮影:梅谷秀司)

それまで高級ステーキというものは特別な日に誰かと一緒に食べるものでした。ところがいきなりステーキの登場はその「高級ステーキを」「日常的に」「おひとりさまが」食べるという新需要を創造しました。

一瀬氏が狙った低価格戦略も顧客に刺さります。当時の価格ではリブロースが1g=6円(当時の税別表記、以下同じ)、サーロインが1g=7円、ヒレが1g=9円という価格設定で、これはファミレスの中でも高価格高品質を売りにするロイヤルホストのアンガスビーフのサーロインステーキがグラム単価10円超だったのと比較しても非常に魅力的な価格設定でした。

2015年頃になるとブームが定着し、都内50店舗を超えたいきなりステーキではランチタイムに長蛇の行列ができるようになりました。そこからフランチャイズ方式で店舗数は全国に急拡大します。


時には行列がみられるほどの盛況ぶりでした(撮影:梅谷秀司)

ステーキ専門店の急拡大に必要な料理人の確保についても、たとえば調理経験者を再雇用し、ステーキを焼くというスキルにフォーカスして再教育するといった形で、当時、店舗運営の観点でもビジネスモデルに隙はないように見えました。

立ち食いという競合他社にない運営形態から顧客回転率は非常に高く、2018年には品川シーサイドフォレスト店が一日に1734食を提供して「レストランにて24時間で販売されたビーフステーキ最多食数」のギネスブック認定の世界記録を打ち立てます。

リピーターがブームを支える

当時、ブームを支えたのがリピーターです。この時期、いきなりステーキがヒットしたもうひとつの背景としてダイエットで一世を風靡したライザップが巻き起こしたロカボダイエットブームがありました。

ライザップに入会してダイエットに成功した人がわずか2カ月でメタボ体型から筋肉質のスリムな体型へと激変する秘密は綿密なパーソナルトレーニングプログラムに加えて、炭水化物を制限しおもに肉などのタンパク質を中心の食事をとるロカボダイエットの食事プログラムにありました。

ロカボダイエットはライザップに加入しない人の間でも知識が広まります。このやり方で取り戻した若者体型をキープするためには、肉食中心の生活を続ける必要があります。そのために付随的にヒット商品になったのがコンビニのサラダチキン(鶏むね肉)と「いきなりステーキ」だったというわけです。

そしていきなりステーキの場合、リピーターの確保施策として機能したのが肉マイレージ制度でした。累積で食べたステーキの量が3kgを超えるとゴールド会員、20kgを超えるとダイヤモンド会員、そして100kgを超えるとプラチナ会員と認定され、それぞれ特典を得ることができるようになります。


調理経験者を再雇用し、ステーキを焼くというスキルにフォーカスして再教育していきました(撮影:梅谷秀司)

いきなりステーキの肉マイレージ会員は最盛期には1500万人規模を誇りました。国民の10人にひとりは会員になっていたわけですからいかにいきなりステーキの人気が高かったのかがわかります。

そのいきなりステーキですが、前述したように開業5年目の2018年に既存店の売り上げ減少が始まり、栄華の絶頂からのジェットコースターのような転落が始まります。いったい何が起きたのでしょうか?

いきなりステーキの戦略に狂いが生じたのは一般的には過剰出店がきっかけだったと言われます。全国500店舗を超えたところで近隣のお店同士が顧客を取り合うようになり、チェーン全体で飽和状態に達したという説明です。同時期に競合も登場しはじめたのですが、確かに競合する店舗数という視点でみればいきなりステーキの各店舗から見て、もっとも競合したのは同じいきなりステーキの近隣店だったことは間違いないでしょう。

皮肉だった一瀬邦夫氏からお客へのメッセージ

この時期、一瀬邦夫氏が自ら書いた手紙がいきなりステーキの店頭に掲示されたことがニュースで話題になりました。いきなりステーキを愛する顧客に向けたメッセージだったのですが、要するに近所のいきなりステーキにもっと頻繁に足を運んでくれないと、このままではそのお店が閉店してしまうかもしれないという内容の手紙でした。

お店の苦境をファンに支えてほしいという純粋な気持ちからだったと思うのですが、この手紙が、いきなりステーキブームが転換点に来ていることを世の中に知らしめたのはある意味皮肉だったかもしれません。ただ出店過剰が原因であればこの段階で店舗数を大幅に見直し、不採算店を整理したり店舗密度の高いエリアで姉妹店のペッパーランチへと業態転換したりすれば状況は違ったかもしれません。しかしここで経営はいくつか戦略ミスをしたと思われます。

いきなりステーキは業績悪化後の2021年に大幅な値上げを実施して客離れを起こしましたが、実はそれ以前にも常連客の「肉質が変わってきた」「店舗によって肉質のばらつきがある」という証言が耳に入ってきていました。開業当時に「原価率70%超」と言っていた数字も、2020年頃には一瀬氏の口から「いきなりステーキの原価率は50%くらい」という違う数字が語られることもありました。


これまでにない低価格を武器に打ち出しました(撮影:梅谷秀司)

創業時には本物のステーキ肉しか使わないことが売りだったのですが、限定メニューとしてインジェクション加工肉(霜降り加工肉)を提供することも行われました。このあたりの味の変化に気づいた人が少なくなかったのはリピーター層が多かったからかもしれません。そして実はこのリピーター戦略の誤算が、出店過剰以上にいきなりステーキの傷口を広げたという見方があります。

2018年の既存店売り上げ減少、2019年の赤字転落という逆風の中、ペッパーフードサービスはいきなりステーキ事業の立て直しのためにさまざまな手を打つのですが、その中でも転落を決定づけたのではないかと言われるのが「肉マイレージ制度」の改悪です。

累積グラム数によるランクアップ制度を廃止

2020年12月にいきなりステーキは肉マイレージについてそれまでの累積グラム数によるランクアップ制度を廃止して、半年間の来店回数に応じてランクが決まる新制度へと変更しました。

これによってそれまで上級会員だった層からふたつの不満の声が起きます。ひとつはそれまでは一度ハードルをクリアしたらずっとランクアップされた状態がキープされていたものが、新制度ではランク降格が起きるようになるという不満です。そしてもうひとつ、地味に反対の声が強かったのが累積グラム数制度がなくなることで「チャレンジ感がなくなる」という不満でした。

要するに自分のいきなりステーキ愛を示す累積グラム数という目標がなくなることで、リピーター層のモチベーションが大きく下がってしまったのです。後者の不満を救済するため改悪後わずか半年でプラチナとダイヤモンドについて累積グラム制度を復活させる再改定に踏み切らざるをえなくなりました。

さてこの肉マイレージ制度の改悪ですが、実はその問題点は開業当時に遡ります。業績が悪化して大きく問題となったのは、要するに制度設計当初に設計ミスがあったのです。それは比較的到達しやすいゴールド会員の特典がお得すぎたことにありました。

当初からの肉マイレージ制度では累積グラム数が3kgに達すると誰でもゴールド会員になり、生涯ゴールド会員資格を得ることができました。いきなりステーキはリブロース、サーロインともにステーキの販売量は300gからなので、ほとんどの顧客は10回通えばゴールド会員になります。

ペッパーフードサービスの2020年の社内報に1500万人超の肉マイレージ会員の内訳が記されているのですが、その時点でゴールド会員は全体の6.6%にあたる約100万人、プラチナ会員が同0.6%の約9万人で、最高峰のダイヤモンドは2000人程度という比率になっています。

ここから逆算すると要するにいきなりステーキの売り上げ構造は、顧客全体の7.2%の人数に相当するゴールド、プラチナ、ダイヤモンド会員が推定売り上げの5割以上を占めているというリピーター主体の売り上げ構造であることが推計されます。

中でも売り上げのボリュームゾーンが全体の3分の1の売り上げを占めるゴールド会員なのですが、大きな問題としてゴールド会員になるとドリンク1杯が無料になるという特典がもたらした制度の欠陥がありました。

飲食店の収益構造を考えてみると、多くのお店では原価率の高い食事を補うために原価率の低いドリンク類で元を取るものです。ところがいきなりステーキの肉マイレージでは売り上げの半数を稼ぐリピーター会員が特典で無料ドリンクを頼んでしまうのです。設計当初から上級会員であるプラチナとダイヤモンドだけをドリンク無料にしておけばよかったのですが、ゴールド特典にドリンク無料を設定したことで店舗としての収益構造が悪くなってしまったという理屈です。

2020年の肉マイレージ制度改悪の狙いは、この設計ミスのリカバーにあったと推測されますが、結果としては売り上げをささえてきたリピーターからの反発を招いたことになります。

いきなりステーキの転落要因としてはもうひとつ、従業員の疲弊も取り沙汰されています。転落期にSNS等でさまざまな内部事情が外に漏れていくのですが、これもビジネスが順調なうちは成長の痛みとして吸収されることが、不調へ転じるとより大きな経営問題となる典型例でした。

企業の歯車が狂った典型だった

要するに企業の歯車が狂うというのはこういうことなのです。店舗あたりの売り上げが減少に転じ、なんとか収益をキープするために原価率が下げられ、リピーターへの還元が減らされ、それに敏感に反応するコアなリピーターが離れていく。そうして収益減少のトレンドが負のフィードバックを受ける中で従業員にも徐々に疲労がたまっていく。

今回経営者が代わることでこの負の連鎖を断ち切ることができるのかどうか。まだいきなりステーキというビジネスモデルにも復活のチャンスがあるはずです。というのはいきなりステーキが絶頂期に証明したことは「高級ステーキを日常的におひとりさまで食べる」というコンセプトに刺さる顧客層が国内に100万人も存在するということなのですから。

(鈴木 貴博 : 経済評論家、百年コンサルティング代表)