Netflix映画『呪詛』はNetflixで独占配信中

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 今、世界でもっとも怖いホラー映画を生み出しているのは、台湾ではないだろうか? そう思わざるを得ないのは、『呪詛』『哭悲/THE SADNESS』と、とんでもない作品が立て続けに日本公開されたから。Netflixで7月8日に配信された『呪詛』はオカルト、劇場公開中の『哭悲/THE SADNESS』はウイルスパニックと、内容はまったく異なるが、「これ以上、見ない方がいいかも!?」と途中で思えてくる恐怖演出は共通している。ここ数年、台湾ではホラー映画がブームとなっているが、それだけにクオリティーも上がっているのは間違いない。では、台湾ホラーの何が怖いのか? 最近の台湾ホラーを振り返りながら、考えてみよう。(相馬学)

台湾ホラーがあぶりだす「人間の悪意」

 まず、配信開始から3週続けてNetflixの視聴数ランキング(日本国内)でトップ3に入った『呪詛』。主人公のルナンは、里親に預けていた5歳の娘を引き取り、新生活をはじめたシングルマザー。6年前に仲間たちと「超常現象調査隊」と名乗り、地方の土着信仰を取材していた彼女は、禁忌を破ってしまう。その際の呪いと思しき“何か”は、娘の心身にも変化をもたらそうとしていた……。

 ホラー作品において、疑似ドキュメンタリー的なファウンド・フッテージのスタイルは珍しい手法ではないが、面白いのは、ヒロインが映画を見ている側に語りかけ、解説しつつ物語が進行すること。恐怖に怯える当人が語りかけることで、ある種の催眠効果が生じ、見ている側も「見てはいけないものを見ている」という感覚に陥る。

 もう一点、注目したいのは、すべては悪意から始まったこと。ルナンは6年前、恋人やその弟とともに、超常現象調査隊の名目で怪奇スポットを訪れるYouTuberをしていた。オバケやゴーストなど、ありえない、くだらない風習など笑い飛ばしてしまえ……というような姿勢で、土着信仰の儀式に土足で踏み込む。このような悪意がなければ、彼女も娘も呪われずに済んだのだ。

 逆に『哭悲/THE SADNESS』では、人間の悪意がダイレクトに恐怖そのものとして描かれる。パンデミックという題材は、もちろん今世界で起こっていることが反映されているが、ここで描かれるウイルスの特徴は、理性を失わせ、人間を凶暴化させる狂犬病のそれに近い。この病の感染拡大により、街は暴力や殺人、レイプがはびこる無法地帯と化してしまう。そんななか、離れ離れとなってしまったカップルが、再会を果たそうと命がけで奔走するが、感染前のストレスを解き放つかのように感染者は蛮行に走り、街にはおびただしい血が流れる。

 このスプラッターが、ゾンビ映画のような動物的なものではなく、「あいつを殺したい」「あいつを犯したい」というような、普段は理性に閉じ込められている人間の暴力的な欲求に裏打ちされるのだから、恐ろしい。「二度と見たくない傑作」と海外で評されたのも納得がいく。

 思い返せば、ここ数年の台湾製エンターテインメントは人間の悪意をリアルに描くことに秀でていた。『怪怪怪怪物!』(2017)は、人を食らう、バケモノのような少女を偶然捕獲した、不良高校生たちの彼女に対するいたぶりを、いじめられっ子の視点で描き、弱者に容赦のない社会の一面を浮き彫りにしてみせた。また、『よい子の殺人犯』(2019)の主人公は、日本にもいそうなアニメオタクの青年だが、彼もまたオタ仲間や家族の悪意に直面して行き場を失い、やがてブレーキが効かなくなってしまう。超常現象や幽霊も怖いが、結局のところ、どこにでも転がっている人間の悪意が現実社会ではいちばん恐ろしい。

物語に刻まれた「暗黒の時代」

 台湾の近代史は方々で語られるとおり、とにかく複雑だ。第二次世界大戦時の日本支配を経て、中国国民党政府による恐怖政治が40年にわたって続いた。戒厳令を施行して、共産党弾圧の名目により、人々が自由を奪われた暗黒の時代。これまた近年の台湾ホラーの傑作『返校 言葉が消えた日』(2019)で1960年代の独裁政権下の恐怖を通じて描かれているとおり、政府の知識人に対する迫害は容赦なく、舞台となる学校の生徒たちや教師が、その冷酷な現実に直面する。

 白色テロ(戒厳令下で国民党政府が行った反体制派への政治的弾圧)と呼ばれる40年は、ホラーではないが、ホウ・シャオシェンの『悲情城市』(1989)やエドワード・ヤンの『クー嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(1991)といった、台湾の名匠たちによる傑作でも取り上げられた。密告や虚偽といった悪意によって政治が動かされていた時代が、台湾にはあったのだ。

 1987年、戒厳令は解除され、台湾の民主化は急速に進み、政治も経済も社会も文化も成熟へ向かっていく。それでも人々の心に不安は宿っている。そもそも台湾は、国際的には主権国家ではなく、公には中国の一部の地域というポジションに置かれている。一方で、中国が敵視する米国やその同盟国と友好な関係にあることから、台湾と中国の関係は緊張をはらみ続けている。先ごろの米国のナンシー・ペロシ下院議長の台湾訪問が、中国の挑発的な軍事演習を引き起こしたことも記憶に新しい。

 そんな不安定な時代だからこそ、未知のものへの恐れを反映した作品が支持されるのはある意味、必然的だ。台湾映画が描く恐怖のクオリティーの高さには、そんな下地があるのではないだろうか。

 配信やレンタルなどで、日本でも見ることができる近年の台湾ホラーには、他にも『屍憶 SHIOKU』(2015)や『呪われの橋』(2020)などの必見作がある。一方で、今後も見逃せない作品の公開は続く。なかでも、2015年に台湾で公開されるや記録的なヒットを飛ばし、ホラーブームの火付け役となった『紅い服の少女 第一章 神隠し』と、2017年のその続編『紅い服の少女 第二章 真実』が、ついに日本上陸(ともに9月30日より劇場公開)。人間という生き物の業に立脚してハイレベルの恐怖を叩きつける台湾ホラーの凄みに、今後も注目してほしい。