岸田文雄首相は8月10日、内閣改造と自民党役員の人事を行った。そこにはどんな意味があるのか。政治ジャーナリストの鮫島浩さんは「安倍派を服従させたうえで、菅元首相の影響力を排除するという狙いが読み取れる」という――。
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首相官邸に入る岸田文雄首相=2022年8月10日午前、東京・永田町 - 写真=時事通信フォト

■「凡庸な人事」に込められた岸田首相の野心

何とも代わり映えのしない顔ぶれである。勉強ができる「優等生内閣」という評もあるが、筆者は「いつか見た内閣」と命名したい気分だ。

岸田文雄首相が8月10日に実施した内閣改造・自民党役員人事はまったく面白味に欠ける内容に終わった。9月上旬に予定していた人事を大幅に前倒しした狙いは、いったい何だったのだろう。そう首を傾げる読者も少なくないのではないか。

しかし、サプライズのカケラもなくどこからみても凡庸なこの人事には、恐るべき政治的意味が込められている。

今回の人事は、安倍晋三元首相が凶弾に倒れて政界から突如退場し、最大派閥・清和会(安倍派)が旧統一教会(世界平和統一家庭連合)問題の直撃を受け金縛り状態にあるなかで電撃的に断行された。

後世、日本政界にこの20年続いてきた清和会支配を終焉(しゅうえん)させ、長らく低迷してきた宏池会(岸田派)時代へ移行する大きな節目と位置づけられるに違いない。

2001年の清和会支配の幕開けとなった小泉純一郎政権の劇場型政治とは裏腹に、国民の関心とは遠く離れた閉鎖的な永田町で目立たぬように進んだ清和会時代の終焉と宏池会への権力移行――。今回の人事の政治史的意味をじっくり解説していこう。

■中枢ポスト維持、岸田―麻生体制はより強固に

岸田首相は今回の人事で、自民党のキングメーカーである麻生太郎副総裁(麻生派)と麻生氏に従順な茂木敏充幹事長(茂木派)、内閣の要である松野博一官房長官(安倍派)、林芳正外相(岸田派)、鈴木俊一財務相(麻生派)を留任させた。

政権中枢ポストはそのまま維持し、岸田―麻生体制をより強固にするという狙いはいかにもシンプルだ。

厚生労働相の加藤勝信氏(茂木派)と防衛相の浜田靖一氏(無派閥)は再登板。デジタル相には河野太郎・元行政改革相(麻生派)、経産相には西村康稔・元経済再生相(安倍派)。山際大志郎経済再生相(麻生派)は留任。このあたりの人選は「いつか見た内閣」といったイメージをかき立てる。

自民党政調会長だった高市早苗氏(無派閥)は経済安全保障相に、経済産業相だった萩生田光一氏(安倍派)は自民党政調会長に、自民党選挙対策委員長だった遠藤利明氏(谷垣グループ)は総務会長に横滑り。このあたりはポストをたらい回しにしているだけだ。

初入閣組は9人で岸田政権発足当初の13人から大きく減った。寺田稔総務相(岸田派)、永岡桂子文科相(麻生派)、西村明宏環境相(安倍派)、谷公一国家公安委員長(二階派)らは各派閥の入閣待望組の推薦をそのまま受け入れた順送り人事である。

旧統一教会と自民党の濃密な関係に世論の批判が高まるなかで、新閣僚に新たな問題が発覚して内閣支持率がさらに下落するのは避けたい。そうしたなかで「守りの人事」になった側面は否めない。

■起用されなかった「影の主役」――福田前総務会長と菅元首相

それにしても話題を集めようがない布陣である。わざわざお盆休みの前に人事を前倒しして、夏休みの間に人事があったことを忘れてもらいたいという狙いを込めているのではないかと勘繰りたくなるような人選だ。

では、今回の人事が政局的に何の意味もなかったのかというとそうではない。

今回の意味は「起用された人」よりも「起用されなかった人」に注目しなければわからない。それは福田達夫前総務会長(安倍派)と菅義偉前首相(無派閥)だ。今回の「影の主役」はこの二人だった。

福田達夫防衛大臣政務官兼内閣府大臣政務官(2017年当時)(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

この二人を外す人事の意味をより深く理解するには、安倍亡き自民党で随一のキングメーカーとなった麻生氏と、麻生氏を後ろ盾に首相の座をつかんだ岸田首相の二人が描く今後の政局の道筋についてあらためて確認しておく必要がある。

参院選が終わり、しばらく国政選挙はない(次の参院選も2025年夏。衆院議員の任期満了は2025年秋。永田町では国政選挙を気にすることなく政権運営できる「黄金の3年間」とささやかれている)。

岸田首相の自民党総裁任期は2024年秋まで。当面は選挙を気にすることなく政権運営に専念できる。岸田首相と麻生氏にとって今回の人事で国民的人気を引き寄せ、内閣支持率を引き上げなければならない切迫した事情はない。

むしろ二人にとって今必要なのは、自民党内の基盤を強固にすることである。その意味で今回の人事が「国民向け」とはならず、「党内向け」になったのは当然の帰結であったといえるかもしれない。

■福田氏が総務会長を外された意味

麻生氏には野望がある。祖父・吉田茂の直系である池田勇人が旗揚げした老舗派閥・宏池会は清和会支配のなかで分裂・弱体化した。その流れをくむ麻生派、岸田派、谷垣グループを再結集して「大宏池会」を再興し、清和会をしのぐ最大派閥に躍り出て、伝統ある自民党史に新たな章をつくることである。

岸田政権発足後、安倍氏の求める「高市幹事長、萩生田官房長官」の人事案を拒絶し、安倍氏の地元・山口県の政敵である岸田派ナンバー2の林氏を外相に抜擢してポスト岸田の一番手に位置付ける人事を断行した。

さらには清和会の安倍系と福田系の抗争の歴史を踏まえ、福田赳夫・康夫元首相に続く三代目の福田氏を自民党総務会長に、松野氏を官房長官に抜擢し、安倍氏の影響力をそぐ人事を露骨に展開した。安倍長期政権下で続いた安倍氏と麻生氏の蜜月関係は最大派閥の座をめぐる駆け引きが激化し、すでに終わりを告げていた。

参院選後の内閣改造・党役員人事は麻生氏にとって、もともと清和会支配を終焉させ、大宏池会再興を進める第一歩に位置付けられるものだった。

そこで福田氏を重要閣僚に抜擢して安倍氏後継の最有力候補に引き上げ、清和会内部の安倍系と福田系の抗争をあおり弱体化させていくシナリオを描いていたのである。

写真=iStock.com/oasis2me
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oasis2me

■安倍派を弱体化させるシナリオは不要になった

そこへ予期せぬ事件が起きた。安倍氏が凶弾に倒れ、清和会はリーダー不在となったのである。安倍氏は三度目の首相返り咲きの芽を残すため、後継者を絞っていなかった。

安倍系筆頭格である下村氏をはじめ、安倍氏のお気に入りだった稲田朋美元防衛相、衆院に鞍替えして総理総裁を目指す意欲をみせている世耕弘成参院幹事長、萩生田氏、西村氏ら安倍系に加え、福田系の福田氏や松野氏を含めて、清和会は安倍氏後継をめぐる群雄割拠の内部抗争で岸田首相や麻生氏が外から手を突っ込まなくても自滅しそうな状況に陥ったのである。

しかも安倍氏をはじめ清和会全体と旧統一教会の濃密な関係が露見したことで清和会は身動きがとれない状況になった。

下村氏は文部科学相時代に旧統一教会の名称変更を認めたことに批判が殺到し、福田氏は記者会見で自民党と旧統一教会の関係が「何が問題かわからない」と言い放って集中砲火を浴びた。

清和会は支柱を失って崩壊状態となり、当面は集団指導体制をとることを決定。求心力は大幅に陰り、岸田首相と麻生氏にとっては大宏池会再興を進めて清和会に取って代わる絶好の機会が訪れたのだ。

■「安倍亡き安倍派」を掌握した岸田首相と麻生氏

ここで岸田首相や麻生氏ら宏池会側が老獪だったのは、福田氏を安倍氏の実弟である岸信夫防衛相の後継に抜擢する案を流したことだろう。福田氏が重要閣僚に引き立てられれば、清和会会長の有力候補としての地位を固めることになる。福田氏の先輩格にあたる萩生田氏や西村氏らにとってこれは受け入れ難い人事だった。

今回の人事に際し、現職閣僚だった萩生田氏や清和会事務総長の西村氏は岸田首相や麻生氏、茂木氏らと接触した。

宏池会関係者は「萩生田氏や西村氏は福田氏の重要閣僚起用を何としても阻止するよう、岸田首相や麻生氏に懇願した。岸田首相と麻生氏はこれを受け入れ、その代わりに岸田政権への忠誠を誓わせたという構図です」と話す。

清和会を支配下に置く狙いはここに完成した。萩生田氏の政調会長起用と西村氏の経産相起用は、清和会が大宏池会の軍門に下ることを示す象徴人事といっていい。

「萩生田氏や西村氏はすこしでも楯突くそぶりをみせたら福田氏を抜擢されてしまう恐れがあり、もはや岸田首相や麻生氏には逆らえません」(宏池会関係者)。

いちばん割を食ったのは、安倍系の下村氏や稲田氏、世耕氏らだが、萩生田氏と西村氏を引き抜かれたうえに、旧統一教会問題の直撃を受けて岸田政権に反旗を翻す余裕はないと足元をみられている。今回の人事で岸田首相や麻生氏は安倍亡き清和会をかなり掌握した。

清和会をしのぐ大宏池会の再興に動いても清和会を挙げて反旗を翻すことはないという手応えを感じたに違いない。

■これは完全な「菅つぶし」人事である

もうひとり、今回の人事で外されたのは菅氏である。菅氏については副総理格で入閣させるのではないかという臆測が広く流布されていた。

2021年1月1日、菅義偉内閣総理大臣(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

岸田首相は菅氏とまったくそりがあわない。麻生氏も菅氏とは安倍政権下でことごとく対立し、最大の政敵ともいえる存在だ。自前の派閥を持たず党内基盤の弱い菅氏を無役で干し上げて影響力を一掃するのは、岸田政権発足当初からの方針だった。

だが、菅氏をあまりに追い詰めると、清和会の不満分子と結託して岸田政権に反旗を翻す恐れがある。それはやっかいだ。そこで副総理格で閣内に取り込み、菅氏の動きを封じる構想が岸田政権内にあったのは事実である。

清和会は安倍氏が退場したうえ、旧統一教会問題が直撃して一気に弱体化し、萩生田氏や西村氏を中心に宏池会支配に従順になった。菅氏を野に放って清和会の一部不満分子(下村氏や稲田氏ら)と結託したところで、もはやさほどの脅威にはならない。

岸田首相や麻生氏はそんな手応えを感じ、心置きなく菅氏を外すことができたのである。これは完全な「菅つぶし」人事だ。菅氏にとっての最大の誤算は清和会が予想を超えるスピードで弱体化してしまったことだった。

■河野太郎氏の入閣は「菅つぶし」の一環

菅氏は安倍長期政権下の官房長官時代にその地位を利用し権力基盤を築いた。この先2〜3年、国政選挙や自民党総裁選が予定されていない「凪」の時代、無役のまま求心力を維持するのは容易ではない。できれば副総理格で入閣し、そのポストを復権への足掛かりにして求心力を維持したいところだった。

岸田首相と麻生氏から明確に決別された今回の人事はかなりの痛手だ。菅氏は8月8日収録のCS番組で入閣の意欲を問われ「閣内でということで限定すれば、そこは考えていない」と答えた口調は弱々しかった。岸田首相や麻生氏が自らを入閣させる気がないことを事前に察し、この先の展望が閉ざされたショックを隠し切れなかったのだろう。

さらに菅氏にとって岸田―麻生体制に立ち向かう最大のカードである河野氏を閣内に取り込まれたのも厳しい。

河野氏は地元・神奈川つながりで築いてきた菅氏との連携を維持するつもりはあっても、菅氏に同調してこの先2〜3年も冷や飯を食い続ければ存在感が埋没することを恐れたに違いない。河野氏入閣にも岸田首相と麻生氏の「菅つぶし」の徹底ぶりがうかがえる。

■もはや脅威ではなくなった

菅氏としては二階俊博元幹事長や石破茂元幹事長、小泉進次郎元環境相らとの連携を強化するしかないが、二階氏は高齢のうえ幹事長を離れた後は存在感が急速に薄れている。石破氏も「過去の人」になった感は否めない。

小泉氏ら菅シンパも岸田政権の長期化が見込まれるなかで菅氏と徐々に距離を置く可能性もある。安倍政権が石破氏を見せしめのように冷遇することで求心力を増したように、岸田政権は菅氏を徹底的に干し上げることで求心力を高めるのではないか。

菅氏の盟友である日本維新の会の松井一郎代表は、すでに政界引退を表明しており、菅氏は手詰まり感を深めそうだ。

公明党・創価学会は岸田首相や麻生氏との接点が薄く、菅氏を自民党との交渉窓口にしてきたが、早ければ9月にも予定されている山口那津男代表から石井啓一幹事長への世代交代を踏まえ、岸田政権の長期化をにらんで新たなパイプづくりを模索することになるだろう。

■安倍派を制圧…清和会から宏池会の時代へ

まったく面白味に欠ける内閣改造・自民党役員人事だったが、岸田首相と麻生氏にとっては清和会をほぼ制圧し、最大の政敵である菅氏に大打撃を与え、自民党内の権力基盤を着実に固めるものになった。

自民党は清和会時代から宏池会時代へ確実に移行したといっていい。

その強固な体制のなかで岸田政権が次に目指すものは何か。安倍氏の悲願であった憲法改正は後景に退くであろう。ここでも旧統一教会の憲法観と自民党の憲法改正案が似通っているという世論の批判を口実にすることができる。

池田勇人、大平正芳、宮澤喜一ら大蔵省(現財務省)出身の首相を輩出した宏池会の悲願は、憲法改正ではなく、消費税増税だ。

財務相を9年近く務めた麻生氏がキングメーカーとして君臨するなかで大宏池会が再興し、最大派閥として自民党支配を確立した先にあるのは、消費税増税であろう。

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鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト
1994年京都大学を卒業し朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部や特別報道部でデスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2021年5月に49歳で新聞社を退社し、ウェブメディア『SAMEJIMA TIMES』創刊。2022年5月、福島原発事故「吉田調書報道」取り消し事件で巨大新聞社中枢が崩壊する過程を克明に描いた『朝日新聞政治部』(講談社)を上梓。YouTubeで政治解説も配信している。
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(ジャーナリスト 鮫島 浩)