AMDが2022年3月8日に発表したワークステーション向けCPU「Ryzen Threadripper Pro 5000」シリーズを試用する機会を得た。Zen 3コアベースになったことで、性能がどこまで向上したのか、前世代のCPUやデスクトップ向けのRyzenも交えてベンチマークでチェックしていきたい。なお、日本国内では8月12日に発売を予定しているそうだ。

Ryzen Threadripper PRO 5995WX。実売価格は1,035,800円前後

ソケット形状は前世代のRyzen Threadripper Pro 3000シリーズと同じ

Ryzen Threadripper Pro 5000シリーズについては、大原氏の「AMD、Ryzen Threadripper Pro 5000-WXシリーズを発表 - Zen 3ベースのThreadripper」で解説されているので、ここでは軽く触れておこう。

Zen 2コアベースだったRyzen Threadripper Pro 3000シリーズから、Zen 3コアベースに進化したのがRyzen Threadripper Pro 5000シリーズだ。CPUの形状や対応チップセットに変更はなく、既存のAMD WRX80チップセット搭載マザーボードで利用できる。クロックの向上など細かな違いはあるものの、基本的にはアーキテクチャが変更されたものという認識でよいだろう。

以下が基本スペックだ。現在5製品がラインナップされている。参考までに前世代のRyzen Threadripper PRO 3995WXのスペックも掲載する。

Ryzen Threadripper PRO 5995WXのCPU-Zでの表示

タスクマネージャーの表示は64コア128スレッドだとグラフでの表示はできず、使用率だけの表示となる

Ryzen Threadripper PRO 5995WXは、64コア128スレッドという超メニーコアCPUだが、Windowsでは「プロセッサーグループ」という縛りがある。Windowsでは、論理プロセッサ64コアを一つのプロセッサーグループとして扱う。Ryzen Threadripper PRO 5995WXは論理128コアなので、二つのプロセッサーグループに分けられる。基本的に一つのプロセス(プログラムの実行単位)が使えるのは、一つのプロセッサーグループのみ。

Windowsでは論理64コアを一つのプロセッサーグループとする。そのため、Ryzen Threadripper PRO 5995WXは二つのグループとして扱われる

そのため、プロセッサーグループに関係なく、すべての論理コアを使えるように設計されたアプリ以外は、その性能をフルに発揮できない。すべての論理コアを扱えるアプリはおもにCG系だ。そのため、Ryzen Threadripper PRO 5995WXは特定の用途で強烈な性能を発揮できるCPUと言える。どんな処理にも強い、最強のCPUというわけではない点は覚えておきたい。

プロセッサーグループを超えて動作する設計のアプリなら、128スレッドすべてに負荷がかかる

プロセッサーグループごとの動作になるアプリは半分の64スレッドにしか負荷がかからないのが分かる

プロセッサーグループの存在を簡単に説明したところで、実際の性能をチェックしていこう。今回試用したのはRyzen Threadripper Pro 5000シリーズのうち、Ryzen Threadripper PRO 5995WX(64コア128スレッド)とRyzen Threadripper PRO 5965WX(24コア48スレッド)の2種類。比較用として前世代の最上位Ryzen Threadripper PRO 3995WX(64コア128スレッド)とZen 3コアを採用するデスクトップ向けのRyzen 9 5900X(12コア24スレッド)を用意した。そのほかの環境は以下の通りだ。

まずは、CGレンダリングでCPUパワーを測る定番ベンチマークの「CINEBENCH R20」と「CINEBENCH R23」から。

CINEBENCH R20

CINEBENCH R23

5995WXの64コア128スレッドが活きるベンチマークだけに、圧倒的なスコアを出した。前世代の同じ64コア128スレッドの3995WXに対して、約13%の性能向上を確認できた。Zen 2からZen 3へのアーキテクチャ変更によって性能が底上げされているのが分かる。シングルスレッド性能もアップした。

続いて、オープンソースの3DCGアニメーションアプリ「Blender」でのレンダリング時間を測定する「Blender Benchmark 3.0.0」を試そう。「monster」、「junkshop」、「classroom」の3種類をそれぞれレンダリングが完了するまでの時間を測定する。

Blender

これも64コア128スレッドが効くbenchmarkなので、5995WXが強さを見せている。3995WXに対して15〜22%の性能向上を確認と、Zen 3コアの優秀さがよく分かる結果だ。

3Dレンダリングアプリの「V-Ray 5」をベースにした「V-Ray 5 Benchmark」も実行してみる。サンプルシーンをレンダリングするのにかかる時間を測定する。

V-Ray 5 Benchmark

同じく64コア128スレッドが有効なアプリなので、5995WXが高スコアを出している。3995WXに対して約25%もスコアアップと、V-RayはZen 3アーキテクチャと相性がいいようだ。

そのほかのクリエイティブ系アプリはどうだろうか。Adobeのレタッチアプリ「Photoshop」と写真現像&管理アプリの「Lightroom Classic」を実際に動作させて性能を測定する「UL Procyon Photo Editing Benchmark」を試す。

UL Procyon Photo Editing Benchmark

PhotoshopやLightroom Classicはプロセッサーグループの制限にひっかかり、論理64コマまでの処理になるようで、5995WXは128スレッドが活かせず、コア数は多いが動作クロックが低いこともあり、24コア48スレッドの5965WXだけではなく、12コア24スレッドのRyzen 9 5900Xよりも総合スコア(Photo Editing)が低くなってしまった。

Adobeの動画編集アプリ「Premiere Pro」を動作させる「UL Procyon Video Editing Benchmark」も試して見よう。

UL Procyon Video Editing Benchmark

Premiere Proでも5995WXの64コア128スレッドを活かせず、5965WXがトップスコアになった。5995WXは12コア24スレッドのRyzen 9 5900Xとほぼ同スコアと、プロセッサーグループの壁を越えられるアプリと組み合わせなければ、真価が発揮されないのがハッキリと分かってしまう。

ワークステーション向けCPUでは試すことではないが、Office系アプリの動作やブラウジングなど一般的な処理を行う「PCMark 10」と3Dベンチマークの定番「3DMark」のスコアもチェックしてみよう。

PCMark 10

3DMark

一般的な用途では、Threadripper PROのメニーコアを活かせないのが分かる。ほとんどのテスト項目でRyzen 9 5900Xがトップになっており、普段使いのPCとしてはまったく向いていない。3DMarkのPort Royalがほぼ同スコアなのはビデオカード依存度の高いテストだからだ。

システム全体の消費電力を見てみよう。アイドル時はOS起動10分後の値、高負荷時はCINEBENCH R23を実行した時の最大値だ。電力計にはラトックシステムの「REX-BTWATTCH1」を使用している。

システム全体の消費電力

3995WXはアイドル時の消費電力が150W以上と高めだが、5995WXや5965WXは約50Wほど下がる。ここも改良点と考えてよいだろう。高負荷時については、動作クロックが向上していることもあって3995WXよりも高くなった。

最後にCPU温度と動作クロックをチェックしよう。CINEBENCH R23を10分間動作させたときの値をシステム監視アプリの「HWiNFO Pro」で追っている。CPU温度は「CPU (Tctl/Tdie)」、動作クロックは「Core 0 Clock」の値を掲載する。

CPU温度

動作クロック

今回は試用機が完成したPCだったため、CPUクーラーは最初から取り付けられていたラジエーター24cmクラスの簡易水冷を使用している。64コア128スレッドのCPUを動作させるには少々冷却力不足に思えるが、今回テストした限りでは問題はなかった。5995WXは最大67.4度とまったく不安のない温度。動作クロックも3.1GHz前後とそれほど高くはならなかった。これは64コアもあるがゆえに、高負荷がかかるとTDP 280Wの上限にアッという間に達してしまうため。64コアも動かせば消費電力もでかくなるのは当然で、280Wの制限によって動作クロックが伸びず、結果として温度も低くなっている。24コア48スレッドの5965WXのほうが、5995WXよりも1コアあたりにかけられる電力が大きくなるため、動作クロックも高くなり、温度も合わせて高くなっていると考えられる。ちなみに、マザーボードのBIOS設定はすべてデフォルトでテストを行っている。

簡単ではあるが、以上がRyzen Threadripper Pro 5000シリーズのテスト結果だ。Zen 4アーキテクチャの登場が目前に迫っている現在、もう少し早くZen 3ベースのRyzen Threadripper Pro 5000シリーズを投入してほしかったというのが正直なところだが、3Dレンダリングなど高度な計算力が要求される環境では一般的なデスクトップCPUをはるかに上回る性能を持つ。PCI Expressのレーン数も多く、複数の拡張カードを搭載する余裕があり、高度なセキュリティー機能も備わっているのも強みだ。仕事で3Dアニメーションやレンダリングを行っている人にとっては、作業時間を短縮してくれる最高峰の頼もしいCPUと言える。