天才と凡人は何が違うのか。脳科学者の毛内拡さんは「アインシュタインの脳組織が、死後、世界中の研究者に配布された。研究の結果、脳の一部の領域で、普通のヒトより2倍ほど多い細胞の存在がわかった。その細胞を増やすことはできないが、活性化する方法はある」という――。

※本稿は、毛内拡『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHPエディターズ・グループ)の一部を再編集したものです。

写真=GRANGER/時事通信フォト
1951年、プリンストン大学で誕生日に笑顔を求められたアルバート・アインシュタイン(1879〜1955)。 - 写真=GRANGER/時事通信フォト

■“記憶力2.5倍に”人とマウスで大きく違うある脳細胞

生物の研究の目標は、すべての生物に共通した原理を探究するということにあります。つまり、ヒトであってもマウスであっても細胞の働き方は基本的には同様であるということにあります。その前提があるからこそ、ヒトの脳を使えなくても、マウスやショウジョウバエ、あるいは線虫や培養細胞でもいいということになります。

事実、ニューロンは、専門家が見てもこれがマウスのものかヒトのものかを見分けるのは難しいといわれています。

ところが「ニューロン以外」の細胞のひとつであるアストロサイトは、ヒトとマウスで大きく違うことがわかっています。

アメリカでは、ヒトから採ってきたグリア細胞前駆体をマウスに移植するという少しマッドサイエンスのような研究が行なわれました。

マウスの脳に移植されたグリア細胞前駆体は、ヒトアストロサイトに分化し、マウスの脳の中で増殖します。もともといたマウスのアストロサイトを隅っこに追いやって、大部分をヒトのアストロサイトが占めるようになったといいます。

こうしてできたマウスは、脳の一部がヒト化しているということからキメラマウスと呼ばれています。

このキメラマウスの脳機能を調べてみたところ、シナプスの伝達効率が向上していることが明らかとなりました。さらに、電気ショックと音を組み合わせて学習させる行動試験では、キメラマウスでは、2.5倍ほど記憶力が向上していたことが報告されています。

いずれにせよ、これまでその活動が謎につつまれていたアストロサイトは、単に隙間を埋める細胞や縁の下の力持ちなどではないことがわかってきました。

■普通のヒトとの脳の違いはグリア細胞にあった

またこれも都市伝説のようなものですが、20世紀最大の知性と呼ばれているアルバート・アインシュタインの脳組織が死後、世界中に配布されました。さまざまな研究者が違いを見つけようと躍起になりましたが、ニューロンには特段の違いは見つけられませんでした。

しかし、アストロサイトを含むグリア細胞には違いが見つかったというのです。脳の一部で、普通のヒトと比べて、グリア細胞の数が2倍程度多い領域があったということです。

Diamond et al., Experimental Neurology(1985)をもとに作製(出所=『面白くて眠れなくなる脳科学』)

アインシュタインの一人だけの例では、科学的な結果として採用することは難しいですが、アストロサイトが本当に頭が良いことに関与しているかもしれないと思わせてくれるワクワクするようなエピソードです。

ある研究では「IQが高い人の神経回路はシンプルだった」ことが確かめられました。

IQが高い人の脳で増えているものの正体は、アストロサイトだったのかもしれません。それを直接証明することは難しいとは思いますが、興味深い問題ではあります。

■数を増やすことはできないが“一人旅”は効果的

数が多いことが良いといっても、生後アストロサイトの数は増やすことはできません。そのため数を増やすことよりも今あるアストロサイトをしっかりと活性化させることが重要だと考えています。

アストロサイトは、脳細胞を働きにかかせない、ノルアドレナリンやアセチルコリン等の神経修飾物質の受容体を豊富に持っていることが知られています。したがって、新奇体験を積極的に行なうことが重要であると考えられます。

私のおすすめは、一人旅です。また、読書や映画を観るのも良いですし、講演会などで刺激を受けるのも良いと思います。新しい人に出会うというのも良いでしょう。そういう意味で、一人旅がおすすめです。

また、私自身が実践している、たまに見知らぬ土地で迷ってみるというのも気軽にお試しいただけるのではないでしょうか。

■10分間の微弱な電気刺激で脳細胞が活性化した

他に人工的にグリア細胞を活性化する方法はあるのでしょうか。

経頭蓋直流電気刺激法(tDCS)と呼ばれる方法は、頭蓋骨の上から非常に弱い電流を10〜30分間流す方法です。刺激中はまったく何も感じないといいますが、刺激後は気分がスッキリしたり、パフォーマンスが向上したりすることが報告されています。

うつ病の緩和や、アルツハイマー病の進行抑制や、脳卒中後のリハビリの促進などさまざまな良い効果が続々と報告されています。また、健常者でも集中力がアップし、学習効果が向上したり、記憶力が良くなるなどの効果もあり、医療だけでなくスポーツや教育などさまざまな分野への応用が期待されています。

しかし、いまだに医療行為として認可を受けていないのは、なぜ効果があるのかがまったくわかっていないからだといいます。

私たちが行なった研究では、10分間の脳の微弱な電気刺激によって、脳の電気活動には大きな変化はない一方、グリア細胞のアストロサイトが活性化されていることを、マウスを使った実験から明らかにしました。この活性化は、ノルアドレナリンによって引き起こされていました。

また脳刺激後からシナプス可塑性が生じ、3時間程度持続しましたが、そのメカニズムにアストロサイトが不可欠な働きをしていることをマウスを用いて実証しました。

■1秒40回の光点滅でアルツハイマー病原成分が減少した

これまで、これらの電気刺激は、ニューロンへの安全性だけを考慮に入れていましたが、今後はグリア細胞も含めて安全性を議論する必要があります。

電気刺激を安易に行なうことは難しいですが、目や耳への光や音を使った刺激であれば簡単にできるかもしれません。アメリカの研究者が行なった研究では、1秒間に40回の光や音刺激を行なうことで、脳を活性化させられる可能性が示されました。

アルツハイマー病の患者では、集中力などの認知機能と関係が高い脳波である速波が低下していることが知られています。速波は、1秒間に40回程度の波で、ガンマ波とも呼ばれています。

これまでに、アルツハイマー病モデルマウスを用いた研究から、ガンマ波と同じ1秒間に40回の高頻度で光の点滅を繰り返すと、アルツハイマー病と関係があるアミロイドβが脳に溜まるのを阻止することができるだけでなく、すでに沈着してしまったものを半分まで減らすことができることが報告されています。

写真=iStock.com/ipopba
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ipopba

■光と音を組み合わせで記憶力に効果が見られた

また、光と音を組み合わせることで、相乗効果が生まれることも確かめられています。実際、これらの光や音によって、これまで弱まっていたガンマ波が回復したのです。さらに、弱まっていた記憶力の改善効果も見られました。

毛内拡『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHPエディターズ・グループ)

このような効果の背景には、じつはグリア細胞の関与があることが判明しています。ここで活躍していると考えられるのは、ミクログリアと呼ばれるグリア細胞です。ミクログリアは、脳内で免疫を担当している細胞で、不要なタンパク質などを除去する能力を持っています。アルツハイマー病モデルマウスで、アミロイドβが減少した理由として、このミクログリアによる作用が考えられます。

また、アストロサイトも活性化しており、血流が増加することで、これらの不要なタンパク質を洗い流している可能性もあります。

このように人工的に脳を刺激してパフォーマンスを向上する方法をニューロモデュレーションといいますが、今後はますますこのような方法が増えていくと考えられます。これまで脳刺激法の主なターゲットはニューロンでしたが、グリア細胞を標的とした治療法が注目を集めています。

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毛内 拡(もうない・ひろむ)
脳神経科学者
1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業、2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員等を経て2018年よりお茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を行っている。主な著書に、第37回講談社科学出版賞受賞作『脳を司る「脳」』(講談社)、『ここまでわかった! 脳とこころ』(日本評論社)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHPエディターズ・グループ)など。趣味は道に迷うこと。
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(脳神経科学者 毛内 拡)