アイヌ文化をテーマにした人気漫画『ゴールデンカムイ』が完結した。この作品のおかげで、アイヌは「かっこいいもの」として広く知られるようになったが、日本政府がアイヌを先住民族と認めたのは2008年、それが法律となったのは2019年のことだ。なぜここまで時間がかかったのか。参議院議員の鈴木宗男氏が解説する――。(連載第6回)
画像=『ゴールデンカムイ』(集英社)最終31巻発売記念特設ページより

■漫画『ゴールデンカムイ』のアシㇼパさんの存在感は大きかった

「週刊ヤングジャンプ」に連載されていた漫画『ゴールデンカムイ』が完結して、7月19日に単行本の最終31巻が発売になりました。累計の発行部数が2300万部を超えるとは、すごいことです。

明治末期の北海道を舞台に、アイヌが隠したという金塊を探す物語です。題名に惹かれて手に取ったら、アイヌ民族を正面から扱った漫画だったので、私もよく読んでいました。ヒグマやウサギの狩猟方法や料理のレシピなどもリアルに描かれて、人気を得たようです。アイヌの伝統的な文化を知らしめ、理解を深めるために、多大な功績があったと思います。

何と言っても、主人公のアシㇼパという女の子の存在感が大きかった。まだ子どもなのに、いろいろな困難に立ち向かってく勇気は、ジャンヌ・ダルクを連想させました。アイヌに対するイメージが、グッと変わったことでしょう。アイヌには、もともと美人が多いんです。

■「可哀想なアイヌの話はもう読みたくない」という依頼

一方、アイヌ民族が長年味わってきた大変な苦痛や苦労が、じゅうぶんに表現されていないという指摘もありました。これは漫画という性質上、やむをえないかもしれません。

作者の野田サトルさんは北海道の北広島市出身だそうですが、丹念に取材をされた様子がページの端々から伝わってきます。朝日新聞の7月18日のインタビューでも、

「アイヌ民族をとり入れたのは、あまり詳細に描かれてこなかった文化だからです。身近だけど、その面白さ、魅力に気づいていない人が多かったはずです。問題になるのを恐れていては真摯(しんし)ではありませんし、作品としても注目されませんので、当然アイヌ民族や専門家の方々のアドバイスをいただきました」
「『可哀想なアイヌの出てくる小説や漫画はたくさんあって、もう読みたくないから、強くてかっこいいアイヌを描いてくれ』とアイヌ協会の方に最初に言われました。それがとても大きかった」

とお話になっていました。『ゴールデンカムイ』は実写で映画化もされるそうですから、いまから楽しみです。

■アイヌを先住民族と認めることの意義

アイヌの問題に関して、私はこれまで36本の質問主意書を政府に提出しました。アイヌが日本の先住民族であると、日本政府に認めさせたのも私です。2008年、福田康夫内閣のときでした。6月6日に私が提出した質問主意書に対し、6月17日の閣議決定で「アイヌ民族は日本列島北部周辺、とりわけ北海道における先住民族」と政府は初めて認めたのです。

それまで日本政府は、アイヌを先住民族として認めませんでした。国がきちんと認めることで、アイヌの人たちが民族としての名誉や尊厳、誇りを少しでも取り戻すことができる。私はそう考えたのですが、政治家として誇れる仕事のひとつになりました。

2007年に、「先住民族の権利に関する国連宣言」が国連の第1回人権理事会で採択され、翌年の国連総会で決議されていました。先住民族に対する関心と権利を尊重する風潮が世界的に高まっていたことが、追い風になったといえます。

ロシアのプーチン大統領は2018年12月11日、ロシア人権評議会において「クリール諸島(北方四島を含む千島列島)などに住んでいたアイヌ民族を、ロシアの先住民族に認定する」という提案に対して支持を表明しました。

北方四島において、アイヌが先住民族であることは事実です。もしアイヌがロシアの先住民族であるなら、四島は歴史的にもロシア固有の領土というロジックができあがります。しかし、アイヌは日本の先住民族であり、そのロジックは成り立たないのです。

1904年に撮影されたアイヌの家族

■スガノマスクが人気に

2019年には、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律(略称:アイヌ施策推進法)」が施行されました。アイヌ民族文化財団が北海道白老(しらおい)町で運営する施設「ウポポイ(民族共生象徴空間)」の開設も、このとき決まりました。

「ウポポイ」は、アイヌ語で「大勢で歌う」という意味です。オープンは2020年7月で、開業式典には、私が出席を求めていた菅義偉官房長官(当時)が出席されました。政府の「アイヌ政策推進会議」は官房長官が座長であり、菅さんは、アイヌ施策推進法の制定とウポポイの開業に尽力されたからです。記者会見で菅さんは、アイヌ独特の文様が刺繍されたマスクをつけていました。「登別アシリの会」というアイヌ民族の刺繍サークルが贈った手作りマスクです。これが「スガノマスク」と呼ばれて人気になって、注文が殺到しました。

オープンからちょうど2年がたったウポポイですが、コロナ禍の直撃を受け、出鼻をくじかれてしまいました。年間100万人の来館者を見込んでいたのに、10万人にとどまっているのが現状です。

■長年の差別や偏見がもたらした経済格差

アイヌ民族は長年にわたって、和人から迫害を受けてきました。北海道育ちの私は、子どもの頃にも間違いなく差別や偏見があったことを覚えています。そうした歴史の事実は、しっかり伝えていかなければなりません。

アイヌ民族の血を引く人は、日本社会のさまざまな分野で活躍しています。しかし進んで口にする人が少ないのは、そうした過去があるためです。俳優の宇梶剛士さんは、珍しい例です。アイヌ民族の母をもつ宇梶さんは、ウポポイのPRアンバサダーも務めています。

アイヌ施策推進法が施行されたとはいえ、まだ十分ではありません。「先住民族の権利に関する国連宣言」と比べて、権利の保障という面で弱いという指摘はその通りです。予算もまだまだ足りない。ようやくスタート地点に立ったところです。

具体的にいえば、教育や福祉に関して遅れが目立ちます。アイヌの人たちは、高等教育機関への進学率が低いことがわかっています。その背後にあるのは、長年の差別や偏見がもたらした経済的な格差です。教育の機会均等という原則から言っても、誰もがチャンスを得られるようにしなければなりません。

■アイヌに見習う地球環境との付き合い方

7月14日には、政府の「アイヌ政策推進会議」が1年ぶりに開催されました。この場で、北海道内外の博物館に保管されているアイヌの遺骨を返還する指針案が、初めて示されました。北海道アイヌ協会からは、経済的に困窮しているアイヌの高齢者に生活支援などを行なうよう要望が出されました。

アイヌのお年寄りには、若い頃に年金に加入できなかった人がたくさんいます。これもまた国の責任ですから、一時支給などの支援ができないものか、私は考えているところです。エカシ(長老)、フチ(祖母)が生きているうちに、長生きしてよかったと言ってもらえる政策を実現したいと考えています。

アイヌの人たちがわれわれに教えているのは、地球環境との付き合い方です。アイヌ民族は、資源を無駄にしません。シャケでもクマでも、必要な分だけしか獲りません。そこには神事がつきもの、常に感謝を忘れません。

天の恵みを大切にし、物を粗末にしない伝統。ほかの人や故郷を大事にする気持ち。21世紀を環境の世紀というならば、アイヌ民族に習うべき点が大いにあると私は思っています。

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鈴木 宗男(すずき・むねお)
参議院議員/新党大地代表
1948年、北海道足寄町生まれ。拓殖大学政経学部卒業。1983年、衆議院議員に初当選(以後8選)。北海道・沖縄開発庁長官、内閣官房副長官、衆議院外務委員長などを歴任。2002年、斡旋収賄などの疑惑で逮捕。起訴事実を全面的に否認し、衆議院議員としては戦後最長の437日間にわたり勾留される。2003年に保釈。2005年の衆議院選挙で新党大地を旗揚げし、国政に復帰。2010年、最高裁が上告を棄却し、収監。2019年の参議院選挙で9年ぶりに国政に復帰。北方領土問題の解決をライフワークとしており、プーチン大統領が就任後、最初に会った外国の政治家である。
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(参議院議員/新党大地代表 鈴木 宗男 構成=石井謙一郎)