その声色には、皮肉がたっぷり込められているようだった。

「大人気だから、山浅は」

 今年の聖光学院を語る時、監督の斎藤智也が最も怪訝な表情をつくるのは、だいたいキャッチャーの山浅龍之介についてである。

 選手としての持ち味や特性などを聞かれれば好意的に話す。だが、質問者は決まって"あのこと"に集中する。だから斎藤はうんざりしてしまうのだ。

「いまだに聞かれっかんね。もういいだろって。山浅は十分、苦しんだんだから。記者さんの気持ちもわかっけど、『今の山浅を見てほしい』ってのは正直あるよね」


高校球界屈指の強肩を誇る聖光学院の山浅龍之介

野球人生初の挫折

 山浅の「あのこと」とは、1年目の夏を指す。

 2021年7月20日。この日、聖光学院は光南との福島大会準々決勝に臨んでいた。2年生で唯一のレギュラーとして出場していた山浅が、4点を追う9回二死一、二塁のチャンスで打席に立ち、空振り三振に倒れる。その瞬間、聖光学院の戦後最長記録を更新していた夏の福島大会連覇が13で止まったことを告げた。

「スライダーだったのは覚えてます。三振した瞬間、『うわぁ......!』って。そこからはずっと泣いていた記憶しかないです」

 何度も尋ねられる質問に対し、山浅自身は「全然大丈夫です」と笑顔を見せてくれるが、やはり声のトーンは下がる。

「やっぱり、自分のなかでは衝撃的だったんで。人生のなかで一番、衝撃的な出来事だったんで......はい」

 それまでの山浅は、どちらかと言えば順調にキャリアを歩んできた。

 楽天ジュニア時代は田代旭(現・花巻東)との争いに勝ち正捕手を務め、楽天シニアでは全国大会も経験した。

 キャッチャーとして誇れるのはスローイングだと山浅は言う。聖光学院に入学時から強肩は評価されており、部長兼Bチーム監督の横山博英や育成チームを取り仕切るコーチの堺了から「スローイングを生かすために、積極的に牽制しろ」といった指導もあって、スキルは日に日に上達。2年生の春にはスタメンに抜擢されるまで成長した。

 一段、一段、着実に階段を登れていると実感できていた。だからこそ、あの夏の終焉は、山浅に絶望感を与えるには十分すぎた。

 同じく同級生ながらメンバー入りし、寮でも同部屋だった佐山未來と「秋は頑張ろうな」と励まし合うが、重苦しい空気は拭えなかった。新キャプテンの赤堀颯からの「悔しいのはおまえらだけじゃねぇ!」と気合を注入され顔を上げることができたが、練習中にバットを握ると、あの場面がどうしてもフラッシュバックしてしまう。

「ちょこちょこじゃなくて、わりと頻繁にですね。バッティング中とかも、負けた日のことが浮かんできたりしました。そのたびに、『もうあんなことがないように、もっとうまくなろう』って集中するようにはしていたんですけどね」

世代屈指の捕手に成長

 秋の大会を迎える頃には「新しい自分をつくり出す」と前向きになれたつもりでも、時が過ぎ冷静に自分を顧みると「まだ引きずっていたな」と思わざるをえなかった。

 山浅はそれを、無理に振り払うのをやめた。逃げるより、受け入れる。苦難に立ち向かうことを選択したのである。

 寮の自室に敗戦の記事を貼る。スマホには屈辱を味わった日、<7.20>の画像をすぐ見える位置に残した。そして、目を背けてきたニュースのハイライトも見るようになり、知人からは自分が三振した瞬間やバッターボックスで泣き崩れる写真をもらった。

 なにより、相手への接し方が変わった。自分を気遣い励ましてくれていた3年生にも、「あの瞬間は忘れられないっす!」と明るく振る舞えるようになっていった。

「向き合わないと前に進めないんで」

 山浅の精神がたくましくなった。

 昨年秋の大会で存在感を示す。「ポップタイム」と呼ばれる、ピッチャーからのボールを捕球後の二塁送球タイムが、プロ野球選手でも速いとされる1.8秒台前半と、素早く正確なスローイングが際立つ。福島大会から東北大会決勝までの10試合で、山浅が牽制球でランナーを刺したのはじつに5回。目の肥えた高校野球ファンの視線を集めた。

 大会を重ねるごとにマスク越しの視野が広かっていったと、山浅は言う。

「内野との連携が密にとれるようになったこともあるんですけど、試合を重ねるごとにランナーの動きもよく見えるようになるというか。ちょっとした動きが癖のように見えれば、『このタイミングで投げればアウトにできるだろうな』とか。どんどん投げていくことで余裕が生まれるんだと思います」

 今年春のセンバツでは2試合で8打数2安打2打点と、バッティングでは強烈なパフォーマンスを披露できたわけではなかった。その山浅が9月に開催されるU−18ワールドカップの高校日本代表第1次候補選手に選ばれたのは、高い守備力が評価されたからだった。

 それは、プロも認めるところでもある。なかにはこう唸るスカウトもいた。

「あれだけの強肩で、スローイングも正確な高校生キャッチャーはなかなかいないですよ。セカンドに軽く投げているように見えますもんね。ゆとりを持って守備ができているってことなんでしょう」

夏の福島大会は打率.421を記録

 センバツが終わると、明らかに自分への警戒心が増していると感じるようになった。

「まだまだそんな選手じゃないんですけど、今まで以上にマークされるようになったのはうれしいですね。そこを打っていかないと成長はないと思うんで、頑張ります」

 春は警戒されるがゆえに打席で考えすぎてしまい、全身をうまく使ってバットは振れているが、インパクトが弱かったと言う。だから、打球にうまく力を伝えきれなかった。

 夏はその課題を意識するあまり、上体の力に頼るスイングが目立った。それまでは、バッティング練習で速いボールを中心に打ち込んできたが、バドミントンのシャトルを使ってしっかりとタイミングをとり、強いインパクトを心がけた。この修正が奏功し、夏の大会では打率.421、1本塁打、6打点と、5番バッターとしての役割を果たした。

 絶望から1年。聖光学院の扇の要は、今や全国トップクラスに名を連ねるまでに成長を遂げた。

 大阪桐蔭の松尾汐恩、九州国際大付の野田海人らプロも注目するキャッチャーと、山浅は甲子園でしのぎを削る。「負けない」。モチベーションはそれだけで十分だ。

「映像とかを見ても『いいキャッチャーだな』とは思いますけど、そういう注目されているキャッチャーより強くなりたいって気持ちは自分にはあるんで」

 山浅は今、チームメイトのみならず、野球部以外の友人からも「ジャパン」と呼ばれることが増えてきたのだと照れる。

「まだ候補だからって。選ばれたわけじゃないからって(笑)。うれしいですけど」

 苦しみを分かち合ったエースとの阿吽(あうん)の呼吸でバッターを翻弄する。ランナーが出れば弾丸のようなスローイングでピンチの芽を摘む。山浅が甲子園で無類のパフォーマンスを発揮すればするほど、聖光学院の夏は続く。甲子園は今の山浅を見ているはずだ。

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