8月3日、日本代表MF橋本拳人(28歳)はスペイン2部、ウエスカへの入団を発表した。

「スペインサッカー、楽しみすぎます!」

 日本を発つ前、そう語っていた橋本は、新たな一歩を踏み出した。地元では「チーム最大の補強」と報じられるなど、即戦力として期待され、同日、早くも練習に参加している。ダブルボランチの一角としてプレーする可能性が高い。

 契約は2023年6月末までになる。ロシアのFCロストフとの契約が2024年6月末まで残っていて、FIFAが、ロシアのウクライナ侵攻により契約を1年間停止するという措置のなかでのローン移籍となっている。つまり1年後はどうなっているかわからない。ヴィッセル神戸だけでなく(ロシアから帰国後の神戸との契約も、当初FIFAが定めた3カ月のフリー契約+2週間だった)、複数あったJリーグのクラブからの好条件オファーを受けるのが"安全策"だったが...。

「自分は、今回の選択がリスクではなくチャンスだと思っています」

 欧州でのプレーにこだわった橋本は、晴れやかな顔で言う。

「大げさかもしれませんが、この1年の契約で、自分のフットボールキャリアの終わり方が見えてくると思っています。年齢的に考えて、この先にヨーロッパでこういったチャレンジができる機会をつかむのは難しい。1部に昇格すること、もしくは1部のチームから声がかかることは簡単なことではないです。でも、チャレンジしたからこそ得られる何かがあるし、成長できるという確信があるんです」

 橋本は、異国で何をつかむのか?


E−1選手権に出場後、ウエスカ入団のためスペインに渡った橋本拳人

 2020年7月、橋本はFC東京で優勝争いをした次のシーズン、ロシア1部のロストフへの移籍を決断している。

「いい意味で、今までの自分を取っ払って挑みたいですね。裸一貫の自分を見てもらうというか。自分を知らない人たちの前で、その価値を高めてみたい」

 橋本はそう語って、海を渡った。あえて厳しい場所を求めていた。日常的に高いレベルで戦い、自身の殻を破りたい衝動に駆られたのだ。

苦難にも意味は必ずあるはず

 ロストフでは、ロシア代表監督にもなった名将ヴァレリー・カルピンの指導を受け、マンマーク戦術も習得した。もともと攻守両輪でダイナミックにプレーできるのが持ち味だったが、1年目で6ゴールと得点力も開花。2年目はケガが重なって不運だったが、ロシアでのプレーに野心を燃やしていた。

 しかし今年2月、ロシアがウクライナに侵攻し、本人にはどうしようもない状況に陥った。FIFAからの裁定もあって、外国人選手は次々に退団・移籍。国際情勢により、選択の余地はなかった。

「ロシアでのことは、まだ契約も残っているし、何も言えないんです」

 橋本はそう断ったが、異国で苦難を経験しながらも、間髪入れずに海を渡るのが彼らしい。

「自分のサッカー人生を振り返っても、常に紙一重だったというか、ギリギリを生き抜いてきました。いろんなことにぶち当たってきた意味は、すべて必ずあるはず、と思うほうで......」

 そう語る橋本は、勝負の世界にいるのが好きなのだ。

 神戸に入団した時も、当初はチームがうまくいかないことに悩んでいたが、現実から目を背けなかった。腹を決めて、周りを補完するプレーで貢献。最後は4勝1分けで降格圏から引き上げ、ひとつの使命を果たした。

 スペイン、ドイツ、フランス、ポルトガルなどの1部、2部の多くのクラブが、橋本に興味を抱いている。局面での単純な強さ、周りを使えるインテリジェンス、ゴール前にも飛び込めるダイナミックさは垂涎の的になった。移籍金やローン料なしで、ロシア1部での実績がある日本代表MFを獲得できるのだから、当然だ。

「スペインは、何だかわからないんですが、面白そうって期待しちゃうんですよ(笑)。ドイツもフランスもいいんでしょうけど、できればスペインでやりたいな、って」

 橋本はしばしば、そんな希望を口にしていた。スペインの2部クラブからは他にも、昨シーズンまで1部にいたチームなど複数のオファーがあったが、最後はウエスカに決めた。

 2019−20シーズンに、チーム最多得点を挙げて1部昇格の立役者になった岡崎慎司にも連絡を取って、飛躍できる感触を得たのもあった。

「夢はスペイン1部でプレーすることです。とにかく、できるだけ長くスペインでプレーしたい。もちろん、ウエスカでこれからどんな未来が待っているのか、そこには期待と不安、両方あるのですが」

 そこで、最後に訊いた。

――スペインに挑戦する自らにかける言葉があるとすれば?

「『悔いのないように!』ですかね。そして『必ずつかみ取れ』って。そう自分に言い聞かせて頑張りたいですね」

 8月12日、ウエスカは昨シーズンまで1部だったレバンテとの敵地戦で、長いシーズンの火ぶたをきる。