周東美材『「未熟さ」の系譜―宝塚からジャニーズまで―』(新潮選書)

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宝塚歌劇団、グループ・サウンズ、ジャニーズ、花の中三トリオ、そして現代の48グループや坂道シリーズ…人気を獲得してきた近代日本のエンタメ、その共通点は「家族」と「子ども」にあったと論じる研究書『「未熟さ」の系譜──宝塚からジャニーズまで』が2022年5月25日に新潮選書より刊行された。本書を著したのは近代のポップス史などを研究してきた大東文化大学社会学部准教授の周東美材氏。「『お茶の間の家族像』が大衆的なカルチャーの在り方を規定してきた」と論じる周東氏へのインタビューを交えて日本の大衆的なエンタメの性格を探った。

【写真】『「未熟さ」の系譜──宝塚からジャニーズまで』著者・周東美材 氏

ジャニーズにおけるJr.制度、女性アイドルにおける研修生や研究生、素人の少女を発掘しデビューさせてきた昭和のテレビ番組『スター誕生!』。日本のエンタメには、未熟な若者の成長過程が示され、それをファンが見守るという特徴があるようだ。『「未熟さ」の系譜』でその点も指摘されているが、周東氏はその源流を大正時代の童謡ブームまでさかのぼって論じた。

「“カワイイ”が世界的な言葉になるように、日本のエンタメやキャラクター文化には“可愛いもの、成熟しきっていないもの”を愛好することが根付いています。たとえば、今年上映されたJO1の映画にも 『未完成』というタイトルがつけられていましたね。それはなぜなんだろう?というところから研究を始めて、歴史的に解き明かしてみることにしました。そこから見えてきたのが、“子どもや家族の理想像”という問題でした」

周東氏によれば、まずその先駆になったのが大正時代の童謡ブームの中でデビューしていった10歳前後の少女たちだったという。彼女らはレコード会社のドル箱ともいうべきお抱えタレントだったが、そこには子どもの、大人と違う無垢さや未熟さに価値を見出す視点があった。以後そういった「子どもらしさ」がタレント性の重要な一要素として認められるようになり、現代のアイドル文化にもつながっているというのが『「未熟さ」の系譜』の論旨の一つだ。ファンがアイドルに向けるまなざしは、家族のなかで子どもに向けられるまなざしとよく似ていると、周東氏は指摘する。

「アイドルはしばしば“理想の息子”や“理想の妹”というイメージで消費されますが、ファンはアイドルや若いタレントに対し、『成長してほしい』という期待と『可愛い、初々しいままでいてほしい』という気持ちの、互いに相反する感情を持って応援してきたと考えられます。こうしたアンビバレントな感情は親が子どもに対して抱く期待とよく似ていますが、『恋愛禁止』の不文律もそういった女性アイドルを取り巻く環境を象徴していると思います。許される恋愛があるとすればそれは結婚する時だけであり、その先にあるのは『ママドル』の座なのです」

戦後、進駐軍とその周辺からジャズ等アメリカの音楽文化が日本に流入してくるが、進駐軍クラブのミュージシャンだったナベプロ創業者の渡邊晋、在日アメリカ大使館職員だったジャニー喜多川のように、アメリカ軍の周辺にいた人物たちがその橋渡し役を担う。しかし、それらが大衆的な人気を得るには「テレビ」の存在が不可欠だったと本書は歴史をひもとく。

「大衆的なエンタメとして売れるには一部の音楽ファンや熱狂的なだけではなく、女性や子どもも含めて幅広く大衆に受ける必要があります。メインのターゲットとして想定されていたのが、サラリーマンの夫と妻、子どもがいるという典型的なマイホーム家族です。そういった家族の一家団欒の場として定着したのが“お茶の間”とテレビでした」

1960年代の高度経済成長のシンボルとして急速に普及したテレビ。お茶の間に据えられ、一家団欒の象徴になったこのテレビが、豊かさを享受する戦後日本のエンタメのあり方を決定づけるアイテムになっていく。周東氏はテレビの影響をこう論じる。

「ジャズのような外来の音楽が日本に持ち込まれた場は、例えば米軍基地のように猥雑な雰囲気がただよう空間でもありました。それをナベプロ・ジャニーズ・ホリプロなどの業界人やテレビマンたちは、お茶の間でテレビを見ている大衆、具体的にはファミリー層が受け入れられる娯楽に作り替えて発信していきます。そこには子どもを育てる家庭でも楽しめる健全なもの、という視点があります。快活なアイドル像を売りにするジャニーズもその一例ではないでしょうか。ジャニーズは少女だけでなく、その家族にも受け入れられることを目指してきました。また、公式ファンクラブを運営している組織は『ファミリークラブ』と呼ばれてもいます」

1966年のビートルズ来日が起爆剤になり、ロック音楽もまた流行に火が点いた。流行初期には「不良の音楽」と眉をひそめられたロックも、日本では「グループ・サウンズ」とかたちを変えて受容されていった。彼らは本人の意志とは無関係にアイドルとしてプロデュースされ、その中心にはザ・スパイダースやザ・タイガースがいた。彼らは、テレビ出演を経て爆発的な人気を獲得し、さらには堺正章や岸部シローのようにお茶の間の人気者としてバラエティタレントへと定着していていったが、その過程を本書はタイガースのメンバー・瞳みのる氏へのインタビューを踏まえて丁寧に論じている。

一方、韓国は1980年代まで独裁政権の時代が続いていた。韓国のエンタメとの違いを周東氏はこう論じる。

「日本は高度経済成長で、テレビを娯楽の王様とするマスコミ型エンタメ産業の構図が成立し、今もその枠組みは強固です。しかし独裁政権が続いて、日本ほどエンタメ産業が成長していなかった韓国は、むしろ1990年代以降の新しいネット環境に対応していく俊敏さがあり、SM、YG、JYPのような新興プロダクションが躍進していく脚力がありました。60〜70年代の時点で市場がある程度成熟し、既存の巨大な仕組みと『成功体験』を持っていた日本は韓国ほど急激な転換はできなかったと考えられます」

韓国でも公開オーディションでアーティストの卵が選ばれていくように未熟なタレントを育てる文化はあるものの、未熟な存在そのものが好まれるのか否かの違いが日韓にはあると話す周東氏。

「韓国においてもファンが成長過程を見守る文化はありますが、いつまでも愛嬌だけではだめで、トップアーティストとしてブレイクするには一定以上のスキルは身につけなければならないというシビアさがあります。K-POP草創期には日本のエンタメを参考にしながらも、同時にアメリカのブラックミュージックにも学んできたので、そこに日本との違いがあります」

インターネットが普及し、少子化が進み未婚率が上がっても「テレビを前に一家団欒」という家族をメインのターゲットとして、お茶の間で愛されるタレントを供給してきた日本のエンタメ産業。しかしメディアの多様化と先行き不透明な社会の中で、今後それが変わる可能性はあるだろうか。

「宗教や階級に基づく価値基準を持たなかった日本で、流行するエンタメの在り方を規定してきたのが『家庭に受け入れられること』です。しかし『サザエさん』の磯野家、『クレヨンしんちゃん』の野原家のような家族モデルはすでに過去のものとなり、“お茶の間”自体が現代日本では幻想です。メディアもYouTubeやSNSがあり、家族皆で同じコンテンツを鑑賞する時代はとうに過ぎ去りました。

しかし、家族の在り方を支えてきた経済的基盤やジェンダー規範がもはや自明ではなくなったのにもかかわらず、戦後に普及した標準的な家族像に代わるモデルを未だ見つけられずにいるのではないかと思います。今でも『一家団欒』のような家族像が理想として追い求められていますが、日本社会がその呪縛から脱した時に、大衆がスターに求める“未熟さ”の在り方も変わっていくのかもしれません。アーティストを目指す日本の才能ある若者が韓国のエンタメ産業に憧れて海を渡っているのも、そうした変化の表れとして考えてみる必要があるように思います」

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