若宮和男さんは、女性向けのサービスに特化したITベンチャー「uni’que(ユニック)」の代表を務める起業家だ。大企業や中央省庁が主催するセミナーで、起業や新規事業、アートなどに関する講演をすることも多いが「だいたいいつも、キャップ姿、時にはTシャツに短パン。それには理由があるんです」という――。(第2回/全2回)
撮影=プレジデントオンライン編集部
起業家の若宮和男さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■僕がどんな場にもキャップ、短パンで行くワケ

僕は、今日は珍しく襟付きのジャケットを着ていますが、普段はプライベートでも仕事でも同じ格好です。講演に登壇するときも、大企業の会議に参加するときも、いつもキャップ姿。Tシャツや短パンのことも多いです。

ずっとこの格好なので、「そういう人」認定されるようになって、最近は何も言われなくなってきました。でも、大手企業のイベントや会議でもこの格好なので、時には「なんだか一人だけ“夏休み”みたいな人がいるぞ」とザワつくことも。

先日は、打ち合わせで、ある上場企業に伺ったんですが、先方はスーツ姿の役員や管理職の方ばかり。一人だけこんな格好だったので、帰り際に「当社の会議室に短パンで来られたのは若宮さんが初めてです」と、やんわりとがめられましたが、「そうですか! 光栄です!」と元気に返しちゃいました。

■「相手に合わせない」

時には「相手に合わせないこと」も大切だと思うのです。

多数派からの同質化圧力というのは本当に強いので、敢えてそこに抗わないと、多様性は維持できません。小さいことかもしれませんが、こんなふうに「そういうやり方もアリなのね」というパターンの種類が増えていけばいいと思っているんです。

ただ、「相手に合わせないこと」は誰にでもできることではなくて、食うや食わずの状態ではなかなか難しい。それに、1社だけに所属していると、その会社に対する依存度が高くなり、社のルールには無条件に従わざるをえなくなってしまいます。ユニックでは複業をルール化していますが、そうやって仕事を複数持っていると「そんな非常識な格好の人とはビジネスができない」と言われても、「ほかの仕事があるから、まあいいかな」と思えます。選択肢があるからできるわけです。一人ひとりが選択肢をより多く持つことと、社会全体が多様性を持つことは、切り離せないのです。

写真提供=WWD
J.フロントリテイリングが2019年7月に開催した「JFR発明アワード2019」に、審査員として参加した若宮和男さん(前列右から4人目)。1人だけキャップに短パン姿だ。WWDの記事より - 写真提供=WWD

■「同質化」させるダイバーシティでは意味がない

多数派からの同質化圧力の恐ろしさがよくわかるのが、企業や政治の世界です。

例えば、最近はどの企業でも、女性管理職の数が話題になりますが、僕は、女性管理職の比率を1割増やすくらいでは、あまり効果がないのではと思っています。その1割程度の女性に対する、同質化圧力はすさまじいからです。「相手に合わせないでいること」が、ものすごく困難なんです。

企業の多くは、「飲み会に参加しないと必要な情報が得られない」「残業して長時間労働しないと認められない」など、男性に有利に作られた仕組みや価値基準で動いている。そこでは女性は、自分の女性性を抑え込んで、“男性化”せざるを得なくなります。

せっかく異質な視点を持っている人も、同質化してからでないと入っていけないのでは、結局何も変わりません。一見「ダイバーシティ」(多様化)が進んだように見えたとしても、実は違う。仕組みや価値基準ごと見直していく「価値観の多様化」が本質なのに、「同質化」された女性の数が増えても意味がありません。

昨年注目された「わきまえる」というのはそういった同質化のことです。そして結局、これまでと同じ意見を言う人しか意思決定の場に入れません。森喜朗元首相の「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」という発言も、裏を返せば「男性が多いほうが既定路線で話を決めやすい」ということですよね。そしてそれは、政治の世界でも同じです。

■「想定の範囲内」なんて言っている場合じゃない

7月に公表されたジェンダーギャップ報告書でもそれがわかります。

日本は146カ国中116位。主要先進国では最下位です。とくに政治と経済におけるギャップが大きい。日本の状況に大きな変化はないので「想定の範囲内」の結果といえますが、「想定の範囲内」なんて言っている場合ではない。

今回はコロナ禍の影響で、グローバル規模で男女格差が開いてしまいました。コロナは、打撃を与えた産業に偏りがあって、女性が多く従事する産業への影響の方が大きかったからです。

■コロナは女性が多い産業を直撃した

ジェンダーギャップ報告書はグローバルな比較であって、各国の状況を細かく分析しているわけではありません。「順位が上がった」「下がった」というだけでは一面的な議論になるところもあります。

日本の状況については、ぜひ、今年6月に内閣府の男女共同参画局が発表した「男女共同参画白書」のレポート『人生100年時代における結婚と家族〜家族の姿の変化と課題にどう向き合うか〜』も合わせて読んでほしい。男女の年収や雇用格差が、結婚や家庭における役割の非対称性とともに丁寧に分析されていて、コロナ禍がとくに女性に大きな打撃を与え、女性の自殺者数が急増したことがよくわかります。

コロナの影響が大きかった介護や保育などのケア産業、飲食や接客、小売りなどの業界は女性が多く、非正規の割合も高い。労働時間の短縮を余儀なくされたり、職を失ったりした人がたくさん生まれました。また、こうした業界・業種は、リモートワークなどの柔軟な働き方をすることが難しく、通常にもまして家事や子育てとの両立が難しくなった女性が、退職するケースも目立ちました。

一方、リモートワークなどの柔軟な働き方が比較的しやすいIT関連や理系の仕事は、男性の比率が高い。このあたりの状況も、男女共同参画白書ではデータを示しながらわかりやすく説明しています。

これまで日本の社会が抱えていた問題を、コロナ禍がさらに「見える化」してしまったことがよくわかります。国際比較も気にしつつ、さらに一歩踏み込み、少子高齢化や家族のあり方の変化も踏まえて日本でどのようにジェンダーギャップを解消していくべきかを議論することが重要でしょう。

■制度全体が「イエ依存」で作られている

男女共同参画白書は、本当に良いレポートで、従来の、婚姻や「イエ」を前提にしたさまざまな制度のあり方が揺らいでいることがよくわかります。人びとの結婚観が大きく変化し、結婚を軸にした、「世帯年収」単位でつくられた仕組みに限界が来ていて、社会保障などのさまざまな政策や企業の制度がまったく追いついていません。

例えば、男女の年収格差は、未婚よりも既婚の方が大きな開きがあります。25歳から29歳女性の年収は、未婚では200万円以下が3割前後なのに、同じ年代の既婚の女性だと5〜6割を占めるようになります。これにはさまざまな要因がありますが、「女性が“イエ”に依存せざるを得ない仕組みができてしまっている」ことが大きい。

「男女共同参画白書 令和4年(2022年)版」より

「夫の収入で妻や子どもを養う」ことを前提に高度成長期に作られた税や社会保障の制度、企業の配偶者手当などの制度が続いているため、働く既婚女性には、年収を103万円や130万円、150万円以下に抑えようというインセンティブが働いているのです。

離婚が少なかった時代は、世帯年収がある程度確保できていればそれでよかった。でも、今のように離婚が増えると、離婚したとたんに女性が困窮する可能性が高くなります。また、たとえDVの被害を受けていたりしても、経済的な理由で離婚ができない女性も多い。

制度の方が、女性を男性の収入に依存させる仕組みを作っているんです。男女共同参画白書では、こうした制度の改革が必要であることもはっきり指摘しています。

■強者が仕組みを作っている

ジェンダーに対する意識はここ数年で変わってきているように思いますが、制度はなかなか変わりません。なぜなら、制度を決めるのは、従来の“強者”だからです。そして、強者ほどアンコンシャスバイアス(無意識の偏見や思い込み)を持ってしまう傾向があります。なぜなら、制度は自分たちに合わせて作られているので、困ることが少ない。悪意があるわけではないかもしれませんが、弱者が何に困っているのかがわからないのです。

例えば、選択的夫婦別姓にしても、結婚で姓を変えたりしたことのない男性の中には、その大変さやつらさがなかなか理解できません。ケガをして松葉杖になって初めて、歩道の歩きづらさが理解できるようになった、ベビーカーを押すようになって初めて、地下鉄の駅の不便さがわかった、という現象も似ています。悪意はなくても、自分が体験したことがないと、その不便さやつらさにはなかなか気付けないのです。

政治も企業も、結局“強者”が制度や仕組みを決めてしまうことになる。「イエ依存」の制度がなかなか変わらないのは、そこに原因があると思います。

先日の参院選での女性当選者は改選議席125議席のうち過去最多の35人。当選者数の女性比率はやっと28.0%になりましたが、非改選議席を合わせた参議院の議席全体で見ると25.8%で、ようやく4分の1に達した程度。衆議院では1割にも満たないお粗末さです。同質化の圧力、すごそうですよね。

■内閣を男女半々にすべき

日本政府は2003年に、「国会議員や企業の管理職に占める女性の割合を、2020年までに30%にする」という目標を掲げましたが、全然達成の兆しがなかったばかりか、その後もヤル気がまったく見られません。

国が本気で取り組んでいないことが、周りにもバレてしまっているんです。そしてそれは、企業に対しても「とりあえず取り組んでいる格好だけ見せていればいいんだ」というメッセージを発することになっている。

「まずは内閣からでしょう」と思うんですよ。岸田文雄首相が、内閣の閣僚の半分を女性にしたらいい。それくらいやれば、波及して一気に変わるでしょうし、政府の本気度を内外に示すことにもなります。

たとえば台湾では、2005年の憲法改正で「クオータ制」が導入されました。各政党は比例代表の半数以上を女性にしなくてはならないと定められたんです。その結果、台湾はジェンダー先進国となり、2019年には同性婚が成立するなど今やアジアトップです。デジタル大臣のオードリー・タンさんの主導で市民の政治参画も進み、民主主義としても先進的です。

内閣や政治家の半分が女性になれば、これまでいた人たちには見えなかった困りごとが「見える」人たちが入るようになります。まずはいったんそれくらい大胆にやってみる。「男女の比率を定めるのは逆差別」とか「能力主義」に反する、とか言う方もいますが、本当にうまくいかなければ、また元に戻せばいいじゃないですか。現状がすごくうまくいっているわけでもないんですし。

ここまで、男性と女性についてお話してきましたが、ジェンダーにはもっといろいろなグラデーションがあります。現実の世界はもっとカラフルです。それなのに、日本の政治も企業も、まだ限りなく黒に近いグレー一色。ジェンダーだけでなく、さまざまな人びとの生き方のカラフルさが、もっと反映されるようになるといいと思います。

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若宮 和男(わかみや・かずお)
起業家、アート思考キュレーター
建築士としてキャリアをスタート。その後東京大学にてアート研究者となる。2006年、モバイルインターネットに可能性を感じIT業界に転身。NTTドコモ、DeNAにて複数の新規事業を立ち上げる。2017年、女性主体の事業をつくるスタートアップとして『uni'que』を創業。2019年には女性起業家輩出に特化したインキュベーション事業『Your』を立ち上げ、新規事業を多数創出している。著書に『ハウ・トゥ アート・シンキング』『ぐんぐん正解がわからなくなる! アート思考ドリル』(いずれも実業之日本社)などがある。
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(起業家、アート思考キュレーター 若宮 和男 構成=石井広子)