■『今こそ女子プロレス!』vol.7 
月山和香 後編

(前編:プロレスデビューから1年10カ月、未勝利。なぜリングを生きる場に選んだのか>>)

 アクトレスガールズ解散のいざこざで、心を病んだ月山和香。新天地に選んだのは、スターダムのリングだった――。

 2021年9月4日、月山がスターダムに参戦表明すると、ウナギ・サヤカがリングに現れた。そして、20歳未満、もしくはキャリア3年未満の選手を対象としたベルト、フューチャー・オブ・スターダム王座を賭けて、査定試合を行なうと通告した。


インタビューに答えるスターダムの月山 photo by 林ユバ

 9月6日、後楽園ホール大会。試合前から、泣き出しそうな月山。

「ちょうどデビュー1周年の日だったんですよ。アクトレスにいたら、ベルト戦なんてできなかった。後楽園ホールはお客さんがいっぱいで、『ああ、(プロレスを)やめなくてよかった』と思いました。2カ月ぶりの試合だったので、始まるまではめちゃめちゃ怖くて、震えてましたけど」

 結果は、ウナギが月山を下してベルトを防衛。そして9月11日から、「月山和香スターダム・チャレンジ」がスタートした。いわゆる、新人に組まれる七番勝負だ。

 第一戦目の相手は、中野たむ。キャメルクラッチの体勢で、たむが「だれに憧れてスターダムに来たの?」と聞くと、月山は「小波さんです!」と答える......。たむの怒りを買い、強烈な連続エルボーからの回し蹴りで月山はKO負け。

 しかし、たむとの試合は強烈に心に残った。

「たむさんって、めちゃめちゃ心が響いてくる人。なにを思っているのか、顔を見たらわかる。目が合うだけで、『立ってこいよ』って思っているのがわかるんです。それってすごいことだなぁと思って。たむさんの下でやってるウナギさんとか、みなさん(白川未奈)もそれを継いでるから、表現というか伝え方が上手。コズエン(コズミック・エンジェルズ)に入って、たむさんみたいになりたいと思いました」

 9月28日、中野たむ率いるユニット「コズミック・エンジェルズ」入りを志願し、認められ、晴れてコズエン入りを果たす。しかし、月山にとって、思わぬ苦難が待ち受けていた。「コズエンダンス」――コズエンは、月山が加入して間もなく、入場時に全員でダンスを踊るようになったのだ。

「ダンスが始まった時の私の心境、想像できますか? こんなことを言っていいかわからないけど、私が入る前からダンスをやってたら、もしかしたらコズエンに入らなかったかもしれない。それくらい、ダンスはちょっとしんどかったですね」

 コズエンのメンバーは皆、アイドル出身。リーダーの中野たむは幼少期からバレエを習っており、他のメンバーもダンスの経験がある。月山は根っからダンスが苦手で、「楽器とかそういうポジションでもいいですか?」と聞いたが軽く流された。死に物狂いで練習し、「今はダンサーくらいうまいと思ってます」と言う。正直、ダンサーとまではいかないが......練習の甲斐あって、上達した。

 2022年2月12日、コズエンにとって衝撃的な出来事が起こる。2021年8月に、月山よりひと足早くコズエンに加入していた桜井まいが、「ジュリアさんのもとでプロレスがしたい」とコズエンを脱退。ジュリア率いるドンナ・デル・モンドに加入したのだ。

 月山にとって桜井は、アクトレスガールズ時代からの戦友であり、プライベートでも仲がよかった。

「私が最初に思ったのは、やめた時に彼女は『ダンスなんか練習したくねぇんだよ!』って言いましたけど、『私はあなたの10倍以上は練習してるからね』ということ。しかも『あなた、最初から踊れてるからな』と」

 やめた瞬間は、なぜやめたのか理由がわからずに困惑した。しかしその後、SNSでコズエンの先輩たちの悪口を言い始めた桜井の人間性を月山は疑い始めた。ユニットが変わっただけで、人格まで変わってしまうのはおかしいと思った。

 桜井がコズエンを脱退した翌日、スターダム京都大会で月山と桜井はタッグを組んだ。なぜ裏切った人間と組まなければいけないのか......。入場すると涙が出そうになった。しかしコズエンのメンバーたちがエプロンに上がり、「大丈夫だから」「私たちがここにいるから」と言ってくれた。心強かった。「私は桜井と組んで闘うんじゃなくて、コズエンの一員として闘えばいいんだ」と思った。

「あの試合が終わってから、意識が変わりましたね。それまで月山和香として闘ってたのが、『コズエンの月山和香』として闘うようになった。コズエンのみんなが同じショックを受けて、傷ついたからこそ、みんなで頑張んなきゃいけないという思いが強くなりました」


7月のスターダム立川大会で、羽南(下)にスリーパーホールドをかける月山和香(上) Photo by 東京スポーツ/アフロ

 もともと、負けず嫌いではないという月山。負けても悔しいという感情はあまりなかった。しかし桜井がコズエンを脱退してから、「桜井まいには絶対に負けたくない」と思うようになった。今はもうひとり、負けたくない相手がいる。マーベラスの宝山愛だ。

「デビューもそんなに変わらないし、身長も私と同じくらい。しかもたぶん、ちょっと不器用なんですよ。同族嫌悪なのか、自分と似てる人って嫌ですよね。"自分"には負けたくないじゃないですか」

 3月11日、スターダムが新設した若手の大会『NEW BLOOD1』に出場。ウナギ・サヤカと組み、マーベラスのMaria、宝山愛組と闘ったが、この日も勝てなかった。

「いつか勝てたとして、何が変わるんだろうって思います。今はみんなが初勝利を待ってくれていて、私自身も初勝利を熱望していて......だけど、勝ったら私の心の在り方とか、周りの見る目とか、そういうのが果たして変わるのかなって。少し怖くもあります。初めて飛行機に乗る、みたいな。勝った瞬間、『えっ、離陸しちゃうんだ!』みたいになりそう」

 つい先日、初勝利する夢を見たという。後楽園ホールで、桜井まいとシングル。中野たむにもらったスープレックスで、1、2、3――。

「桜井まいに勝つ想像は100回くらいしました。勝ちたいというか、勝たないといけないと思います。桜井まいに勝つまで、足を折ろうが何が起ころうが、引退できないって思いますもん。ドクターストップされても引退しない」

 キャリア1年10カ月。「プロレスの技術が足りない」「体が作れていない」といったアンチの声も大きい。しかしアンチはあまり気にならないという。勝てないことには落ち込むが、勝てないがゆえに叩かれて落ち込むことはない。「私でストレス発散できるなら、どうぞ叩いてください」とすら思っている。

 それよりも、応援してくれるファンのほうが大切だ。月山が負け続けるにつれて、皮肉にも応援の声が大きくなってきた。

「みなさん、実生活で長年うまくいかなかったりした経験があるからなのかなって思います。私もうまくいかなかった過去がいっぱいあるから、応援してくれている人の気持ちはすごく受け止めているし、力になってます」

 どんなレスラーになりたいか。

「『月山みたいになれる』って思われるプロレスラーになりたいですね。『頑張れば人って変われるんだな』って。私はたぶんプロレスに向いてる要素がない人間。体が柔らかいわけでも、体が大きいわけでも、なんでもない。でも頑張って、諦めずにコツコツやってったら、こうなれるんだなって自分でも思えるようになりたいですね。そう思えるようになれたら、プロレスラーになってよかったなって思えます」

 ウナギ・サヤカは月山についてこう話していた。

「今、敵味方関係なく応援されて、だれよりも愛されている。しんどくなるのは、1勝したあとだと思うんですよ。1勝したあとに何をするのか、どう生きていくかだと思う。どう魅せるのか、どういう思いで表現していくのか。めっちゃきついところだと思います。どう苦しんでくれるのか、私は楽しみですね」

 両親には、プロレスラーになったことをまだ話していない。家族では妹だけが知っている。いつか両親に認めてもらえるようなプロレスラーになって、試合会場に招待できるだろうか。今はまだわからない。

 月山和香の挑戦は続く――。

【プロフィール】
■月山和香(つきやま・わか)
1992年1月26日、アメリカ合衆国ニューヨーク州生まれ。153cm、52kg。北海道大学法学部法律学科卒業後、医療機器メーカーに就職。2年間のOL生活後、役者に転向。アクトレスガールズでプロレスデビューしたが、2021年7月に退団。9月6日の後楽園大会におけるスターダム緒戦でフューチャー・オブ・スターダム王座に挑戦し、ウナギ・サヤカに玉砕。キャリア未勝利ながら、感情溢れるファイトでファンの熱視線を浴びている。

Twitter:@Waka_Mm3