F1第13戦ハンガリーGPの決勝は、10番グリッドからスタートしたマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が劇的な大逆転優勝を遂げた一方、表彰台にフェラーリ勢の姿はなかった。

「こんな結果になるなんて、誰も想像していなかったと思う。1周目は混乱に巻き込まれないように、気をつけながらもポジションを上げて行かなければならなくて少し疲れたけど、そこからはいくつかオーバーテイクも決め、ピットストップも正しいタイミングで行ない、正しいタイヤも履いた。すべての判断を正しく下し、特にどのタイヤを履くかは今日のレースでグリップを得るために最も重要なことだった」(フェルスタッペン)

 70周レースの39周目までは、勝負を支配していたのはフェラーリのシャルル・ルクレールだった。


喜びのあまり仲間のもとにダイブするフェルスタッペン

 レース序盤はポールシッターのジョージ・ラッセル(メルセデスAMG)がリードしたが、ミディアムを履くフェラーリ勢はラッセルのソフトがタレるのを、ただ淡々と待つだけだった。そしてラッセルがピットインするとルクレールは5周長く引っ張ってピットインし、第2スティントはラッセルより5周フレッシュなタイヤで優位に立ってオーバーテイクを決めた。

 追い抜きが難しいハンガロリンクで前走車を抜くための定石だが、ターン1のレイトブレーキングから鋭いターンインで一気に前に出てラッセルに引かせたルクレールの走りには、気迫がみなぎっていた。

 後方からソフトタイヤで、思いのほか早く中団グループを抜いて上位争いに追い着いてきた予選10位のフェルスタッペンが、38周目に早めのピットイン。これがレースを動かすトリガーになった。

 1回目のピットストップがラッセルやフェルスタッペンより5周遅かったルクレールは、当然5周以上引き延ばしてさらにフレッシュなタイヤを履くのが定石だ。

 しかし、抜きにくいハンガロリンクのコース特性ゆえに、フェルスタッペンの前を抑えてしまおうという思考がフェラーリに働いた。これは絶対に抜けないモナコなら間違いなく正解であり、ハンガロリンクでも限りなく正解に違いないはずだった。

 だから、フェラーリは翌39周目にルクレールをピットインさせ、フェルスタッペンとラッセルの前を確保。これで実質的にルクレールの優勝が決まったはずだった。

フェラーリが犯した大失態

 だが、ピットアウトしたルクレールのペースはあまりに遅かった。マシンがスライドし、最終コーナーを素早く立ち上がることができない。その結果、ルクレールは45周目に抜けないはずのハンガロリンクでフェルスタッペンに抜かれてしまった。そして54周目にはラッセルにも抜かれる。

 原因は、フェラーリが履いたハードタイヤだった。

 スタートから立て続けに2セットのミディアムを使い切ってしまったフェラーリは、39周目にピットインするならハードを履くしかなかった。ソフトを履くなら、50周目あたりまで引っ張る必要がある。当初の予定はそうだったはずだが、フェルスタッペンの前を抑えることを優先してハードを履いた。

 これが失敗だった。

「マックス(フェルスタッペン)に対してポジションを守るためにピットインし、残り30周だったからハードを選択した。シミュレーションではウォームアップに数周かかって10〜11周はミディアムよりは遅いものの、それ以降は30周スティントの最後まで速く走れるはずだったんだ」

 フェラーリのマティア・ビノット代表は自分たちの戦略判断をこう説明する。

 暑かった金曜に比べて日曜は路面温度が20度も下がり、金曜のデータはアテにならなかった。土曜と日曜の午前に雨が降り、路面のラバーも流れて未知のコンディションだった。

 フェルスタッペンは当初、ハードタイヤでスタートする戦略を想定していた。だが、ピットからスターティンググリッドに向かう際、ソフトタイヤですらグリップ不足であることからハードスタートの戦略は厳しいとチームに進言し、ソフトスタートに切り替えて成功を収めている。

「僕らはハードタイヤでスタートする予定だった。でも、グリッドに向かうレコノサンスラップでソフトタイヤでもグリップに苦しんだくらいだったから『ハードなんて使えっこないよ』って言ったんだ。そこからソフトタイヤでスタートする戦略に切り替えることになったけど、チームのことは絶対的に信頼していたからね。ハードタイヤはかなり厳しかった。チャールズ(ルクレール)が滑りまくっていたようにね」

 ハードのペースがふるわないことは、すでにハードを履いたアルピーヌ勢のペースを見ても明らかだった。

データが間違ってなければ...

 レース後、フェラーリがハードタイヤを履かせたのを知ったルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)は「え、彼らはハードを履いたの?」と驚き、そのペース差を身をもって体感したフェルスタッペンとラッセルは「そうだよ」と苦笑いしていた。

 当然、フェラーリもそのことはわかっていた。だが、自分たちのマシンならハードタイヤでもある程度のペースで走ることができる計算だったとビノット代表は言う。

「他車のハードタイヤのペースがよくないのはわかっていたが、今日の最大の問題は戦略ではなく、マシンのペースが想定よりも遅かったことだ。これは今シーズン初めてのことで、チャールズ(ルクレール)だけでなくカルロス(サインツ)も同様だった。


メルセデスAMGにも抜かれるフェラーリ

 カルロスはハミルトンとまったく同じ戦略だったが、彼の前からスタートしたにもかかわらず、10秒後方でフィニッシュすることになってしまった。つまり、マシンが想定どおりのパフォーマンスを発揮しておらず、そのせいでタイヤを想定どおりに機能させることができなかった。特にハードタイヤの場合はそうだった」

 各タイヤがどんなペースで何周走ることができるかを計算するのは、タイヤエンジニアの仕事だ。

 ストラテジストはそれをもとに、レース状況をリアルタイムで勘案したうえで戦略を決定する。つまり、タイヤエンジニアから提示されたデータが間違っていれば、ストラテジストの戦略判断も正しくは下せない。ハンガリーGPで起きたのは、そういうことだった。

 たしかにカルロス・サインツはまったく同じ戦略のハミルトンに逆転され、ついていくことができなかった。最後にハードをあきらめてソフトに履き替えたルクレールも、ハミルトンよりペースは遅かった。これまでの12戦に比べてレースペースが遅く、タイヤエンジニアの計算が間違った原因がマシンセットアップにある可能性も十分にある。

 ルクレールはミディアムタイヤで好ペースを維持しており、フェルスタッペンに左右されずそのまま走り続け、最後にソフトタイヤで再びコース上でフェルスタッペンとラッセルを抜くという戦略も有り得た。しかしフェラーリは、コース上での追い抜きというリスクより確実に前を抑える戦略を採った。ソフトで逆転できた保証はなく、その判断自体は間違いではなかったが、ハードタイヤのペース想定だけが間違っていた。

 逆に言えば、ハードのペース想定が正しければ、この判断はなかった。

80ポイント差で前半戦は終了

 そして、このフェラーリの判断ミスを誘発させたのは、ほかならぬレッドブルのアグレッシブな戦略だ。38周目にフェルスタッペンをピットインさせ、アンダーカットの脅威を与えて判断を迫った。この揺さぶりがフェラーリの判断ミスを引き起こさせ、優勝を自分たちのもとに手繰り寄せたのだ。戦略面では、レッドブルのほうが一枚も二枚も上手だった。

 レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表は言う。

「フェラーリとはまったく違う戦略で戦っていたから、彼らが(39周目に)マックス(フェルスタッペン)をカバーするとは思っていなかった。しかし、彼らがチャールズ(ルクレール)をピットインさせてハードタイヤを履かせた時、今日は優勝も可能だと感じたんだ。

 小雨や風の影響もあって金曜より路面温度が20度も低くコンディションが大きく違っていたことを、彼らは考慮に入れていなかったのかもしれないね。レース前のシミュレーションでは、すべてがうまくいっても5位と6位が最大限だった。10番グリッドから優勝というのは、まったくの予想以上だ」

 まさにシーズン前半戦を象徴するようなレースを終え、フェルスタッペンは2位ルクレールに80ポイントもの大量リードでシーズン後半戦へと向かう。

 コンストラクターズ選手権でもフェラーリは97ポイントもの差をつけられ、気づけばメルセデスAMGが30点差で背後に迫っている。ラッセルがポールを獲り、予選のDRSトラブルで7番グリッドスタートのハミルトンが決勝で2位まで這い上がったメルセデスAMGも躍進著しい。

 コース上では大混戦でも、選手権はフェルスタッペンとレッドブルが大きくリードする、そんなシーズン前半戦が終わった。