「最近のMVP投票を見ると、ビッグマン時代の到来ですね」

 担当編集者からのメールに、そんなひと言が添えられていた。

 たしかに2021−22シーズンのMVPに選ばれたのはデンバー・ナゲッツのセンター、ニコラ・ヨキッチ(身長211cm)。前シーズンに続いて2年連続の受賞だ。さらに今回、彼とMVPの座を争ったのがフィラデルフィア・76ersのセンター、ジョエル・エンビード(213cm)。この結果だけ見ると、かつてのようなビッグマン全盛期、センター全盛期に戻ったかのように思える。


2年連続してMVPを受賞したセンターのニコラ・ヨキッチ

 もともと、バスケットボールは身長が高いほうが有利なスポーツだ。10フィート(約305cm)の高さ、つまり、ほとんどの人にとっては手を伸ばしても届かない位置にあるリングにボールを入れるのを競うスポーツなのだから当然だ。

 実際、1970年代までNBAでMVPに選ばれたのは、ほとんどが長身のセンター選手たちだった。その後、1980年代にはマジック・ジョンソンやラリー・バード、1990年代にはマイケル・ジョーダンなど、ガードやフォワードの選手が花形の時代となったが、それでもまだ、アキーム・オラジュワンやシャキール・オニールといった支配的なセンターたちも活躍していて、時にMVPに選ばれていた。

 それが21世紀になった頃から、センターは縁の下の力持ち的なポジションになり、MVPに選ばれることもなくなった。スティーブ・ナッシュ、ダーク・ノビツキー、コービー・ブライアントと、ポイントガードやウィングの全盛期が続いた。去年のヨキッチは、実に21年ぶりにセンターのMVP選出だったのだ。

 もっとも、センターたちがMVPを争ったからといって、今のNBAが以前のようなビッグマン全盛期に戻ったわけでもない。むしろ、センター受難の時代と言ってもいいのではないだろうか。

センター抜きのチームも増加

 もちろん、突出した才能があるビッグマンは今でも貴重な存在で、だからこそヨキッチとエンビードがMVP争いをしたのだが、サイズがあり、インサイドのプレーだけできるというだけで重宝される時代ではなくなった。

 210cmを超えるようなビッグマンでも、時に3ポイントショットを決めたり、必要な時には敏捷なガード選手を守ることができるぐらいの機敏さやフットワークがないと、生き残ることができない。レギュラーシーズン中はチームに必要な選手でも、プレーオフになって重要な場面で試合に出られなくなるケースも多い。

 たとえば、フェニックス・サンズのスターティング・センターのディアンドレ・エイトンは、ダラス・マーベリックスとの西カンファレンス準決勝で、出場時間が23分を切る試合が7試合中3試合あった。ユタ・ジャズからミネソタ・ティンバーウルブズに移った名ディフェンダーのルディ・ゴベアですら、プレーオフになると相手の戦術に対応できず、ベンチに下げられる場面が見られるようになった。

 一方で、本格的なセンター抜きで戦う強豪チームも多い。昨季のNBAチャンピオンになったゴールデンステート・ウォリアーズはガードのステフィン・カリーが率いるチームで、NBAファイナルで実質センターの役割を務めていたのは、身長198cmのフォワード、ドレイモンド・グリーンと206cmのケボン・ルーニーだった。

 センターに対する評価が変わってきた理由として、一番に挙げられるのが3ポイントショットの威力だ。カリーのようにどこからでも、そして一瞬の隙をついて3ポイントを決められる選手が増えてきたことで、サイズに対する革命が起きた。

 昨年の東京オリンピックで、日本女子代表が銀メダルを獲ったのを覚えている人も多いのではないだろうか。世界の中でサイズに劣る日本女子代表が銀メダルを取ることができたのも、3ポイントを武器として極めたからだ。

 当時日本女子代表のヘッドコーチだったトム・ホーバス(現日本男子代表HC)は、NBAの戦い方を研究し、ウォリアーズやヒューストン・ロケッツの戦術を取り入れた。平均身長が低くても3ポイントを打てる選手を揃えたことで、サイズがある国を相手にしても勝つことができた。唯一、歯が立たなかったのは、突出した能力を持つセンター、ブリトニー・グライナーがいるアメリカ代表だけだった。

一番重宝されている選手は?

 ピック&ロールを使った攻撃が増え、相手のディフェンスをスイッチさせてミスマッチを作る戦法も、ビッグマンのサイズを消すのに有効な手段だ。1対1で敏捷なガードを守ることができるビッグマンは、そう多くない。ドリブルやフェイクで翻弄され、ドライブインを警戒して下がると、3ポイントを決められる。外に引っ張り出されることで、ゴール下を守れなくなるというデメリットもある。

 ウォリアーズのスティーブ・カーHCによると、ミスマッチを狙うような攻撃が主流になってきたのは、この5〜6年のことだという。

「8年前、私が最初にコーチし始めた頃は、こんなにミスマッチを狙うことはなかった。この5〜6年でかなり増えてきたと思う。3ポイントシューターが増えて、5アウト(5人全員が外から攻める戦術)のラインナップが増えて、フロアが広く空くようになってきたからだ。

 あと、スイッチディフェンスも多くなった。スイッチに対して攻めるのは(ミスマッチを作らないかぎり)簡単ではない。そういったことが全部、この数年、ミスマッチを狙うことが増えた理由だと思う」

 時代とともに戦術が変化し、試合を支配する選手のタイプも変化していく。一昔前までは不利だったことも、やり方によっては有利に変えることができるし、サイズの価値やポジションの定義など、当たり前だったことも、当たり前ではなくなっていく。

 そんななか、今NBAで一番重宝されているのは、2メートル前後で、外も中もできるオールラウンド選手だ。ケビン・デュラント(208cm)やヨキッチの前にMVPだったヤニス・アデトクンボ(211cm)のように、サイズで言えばビッグマンだが、ガードのようなスキルを備えたスーパースターたちが年々増えてきている。

 そう考えると『ビッグマン時代の到来』という編集者の指摘は、あながち間違っていなかったのかもしれない。旧来型のビッグマンではなく、『新ビッグマン』たちの時代の到来だ。