■徹底した「日本利用」というしたたかな戦略

安倍晋三元首相の暗殺事件をきっかけに、旧・統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の異様な実態に注目が集まっている。

写真=AFP/時事通信フォト
2001年5月27日、ニューヨークのヒルトンホテルで行われた集団結婚式で拍手する文鮮明氏(左)と妻の韓鶴子氏(右)。韓国出身の救世主と自称し、物議を醸す統一教会と自動車から寿司に至るビジネス帝国を設立した文氏が、2012年9月3日、92歳で死去。 - 写真=AFP/時事通信フォト

手製の銃で凶弾を放った山上徹也容疑者は、自身の母親がこの宗教団体に傾倒し、多額の献金を繰り返したことで家庭崩壊に至ったと供述している、と新聞各紙は報じている。

国内ではこの事件を契機に、霊感商法で1980年代から社会問題になった旧統一教会に再び厳しい目が向けられるようになった。日本の信者から集めた巨額の資金が毎年、本拠である韓国に送金されているとの報道もある。

ところが海外メディアの指摘によれば、同団体の金策はこれに留まらないようだ。日本の信者から巻き上げたカネを原資に、アメリカでは宗教団体であることを隠しながら巨大ビジネスを展開し、莫大な利益を上げてきた。

同団体は1950年代に進出して以降、最近、寿司関連ビジネスのほか、メディア、ホテル、不動産などの分野で企業を立ち上げている。

旧統一教会が展開してきた宗教を利用したビジネス――。そこには徹底した「日本利用」というしたたかな戦略があるようだ。

■日本人信者の献金は、アメリカ事業の立ち上げに使われた

統一教会は1954年、文鮮明氏が韓国・釜山で立ち上げた団体だ。1958年から日本での布教活動を始め、翌年にはアメリカでの活動が始まった。

アメリカで巨大ビジネスを築くにあたって旧統一教会は、3つの手口で日本を利用してきたといえるだろう。その1点目は、日本人信者をターゲットとした過剰な資金集めだ。アメリカ事業の立ち上げに、日本の信者たちが切った身銭が投じられている。

米ニューヨーク・タイムズ紙は7月23日、「80年代半ばまでに、数十億ドルという寄付金が日本の家庭から教会の金庫へと流れ込んだ。文氏はこのカネを使い、無秩序に広がった企業帝国、NPOネットワーク、そしてワシントン・タイムズなどのメディア企業などを興し、政治的影響力を強化した」と報じている。

同紙の別記事によると、1976年から2010年のあいだに日本の旧統一教会は、アメリカに36億ドル(4700億円)以上を送金しているという。

教会はすでに、母国の韓国でもコングロマリットを形成している。英フィナンシャル・タイムズ紙は、スキー、海洋リゾート、ゴルフ、建設、防衛、化学、自動車部品、新聞などの企業を傘下に置いていると報じている。

新たに進出したアメリカでは、首都圏の保守派新聞であるワシントン・タイムズ紙、ニューヨークの「ニューヨーカー」ホテル、水産卸のトゥルー・ワールド・フーズなどの企業、および多数の不動産を有している。

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フィナンシャル・タイムズ紙は、「教会の指導者らが、日本からアメリカへ送金された数十億ドルを含む信者の労働力と資産を、企業帝国を築き上げるために搾取している」との批判があると指摘している。さらに、専門家たちは日本こそが、「教会が世界で保有する富の主な収入源」であると分析しているという。

■「宗教をベースにしたビジネスだ」

こうしたアメリカで花開いた教会のビジネスの陰には、日本人信者たちの生活の破滅があった。米インサイダー誌は7月26日、旧統一教会に「カルトのような振る舞い」をしているとの批判が寄せられており、「洗脳された」信者たちからカネを巻き上げているとの批判があると報じている。

フィナンシャル・タイムズ紙も同じく、旧統一教会は信者を精神的に支配する「カルト」だと断言している。教会には長年、強制的に献金を行わせているとの疑惑が渦巻く。

同紙は悪名高い同教会の霊感商法も取り上げており、「日本の信者たちは数十年にわたり、韓国の教会関連企業が製造する高価な高麗人参の茶や、石でできたミニチュアの塔など、『スピリチュアルな商品』の販売行為に巻き込まれてきた」と紹介している。

拝金主義の教会運営は、母国でも問題となっているようだ。韓国・釜山長神大学校のタク・ジイル教授は同紙に対し、「(教団は)表面上は宗教的な教義を追求しているが、実際のところはカネを追求しているのだ」と述べ、「宗教をベースにしたビジネスだ」と厳しく指摘している。

■寿司ブームに便乗して鮮魚ビジネスを急拡大

旧統一教会はこのようにして日本の信者たちから莫大な金額を巻き上げ、海を越えたアメリカで大々的なビジネス展開に着手する。彼らが目をつけたのは、アメリカで芽吹きつつあった寿司ブームだ。教団が日本を利用した、2つ目のポイントだといえよう。

1980年、旧統一教会はアメリカでトゥルー・ワールド・グループと呼ばれる水産物企業をスタートした。主な顧客は、全米で営業する寿司レストランだ。この商売はヒットし、急成長を遂げている。米シカゴ・トリビューン紙は、2006年の時点ですでに、「全米に9000店あるといわれる寿司レストランの大半に卸している」と報じている。

同紙がシカゴ市街を調査したところ、17ある寿司店のうち実に14店舗に、旧統一教会が運営するトゥルー・ワールド・グループの鮮魚が卸されていたという。記事は、マグロの切り身を食べるだけで文氏の宗教運動を間接的に支持していることになるのだ、とも論じている。

同グループは漁船の製造から漁、そしてアラスカでの加工から流通に至るまで、「海からテーブルまで」すべてを手がける。文氏は自らを「海の王」だと自賛しているという。

トゥルー・ワールド・グループの勢いは、現在も健在のようだ。ニューヨーク・タイムズ紙は2021年11月、同グループが寿司店を中心に卸売事業を引き続き行っており、アメリカとカナダを合わせて約8300店の顧客が存在すると報じている。

写真=iStock.com/Chadchai Krisadapong
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■日本人店主に食い込むシンプルな手法

トゥルー・ワールド・グループは、現地に向かわされた日本人関係者らのアイデンティティーを巧みに利用することで成功を収めた。これが、旧統一教会が日本を利用したポイントの3点目だ。

ニューヨーク・タイムズ紙は、1980年の時点ですでに数百人の日本人伝道師が渡米していたと報じている。アメリカで寿司が流行するにつれ、日本人の伝道師らを抱えていることが教会に有利に働くようになった。

同紙記事は、「ある意味で単純なことだ」と解説する。寿司ブームに乗って多くの寿司レストランが全米に開店すると、各店舗が仕入れ先をこぞって求めることになる。その際、寿司の本場である日本から来たスタッフが応対すトゥルー・ワールド・グループは、店舗を取り仕切る日本人から容易に信頼を得られたようだ。

トゥルー・ワールドの社長は2021年の時点で同紙の取材に応じ、「彼ら(店舗側)も日本人で、われわれも日本人です」「(だから多くの寿司店が)われわれを選んだのです」と振り返っている。

■大金を生み出す企業帝国に

こうしてトゥルー・ワールドは、全米の寿司レストランへの供給ルートをほぼ独占することになった。シカゴ・トリビューン紙は、「アメリカで最もトレンディーな趣向品のひとつである寿司を独占することで、文氏とその取り巻きたちは、数百万ドルを生み出す帝国をつくりあげた」と指摘している。

教会がなぜ鮮魚の流通に目をつけたのか。ニューヨーク・タイムズ紙は、「結局のところ、彼らは神の国をつくろうと旅に出て、どういうわけかアメリカで鮮魚を売ることになったのだ」とも述べている。教会は当初アメリカで信者の拡大を目指したが、思いつきで始めたサイドビジネスが予想外の成功を収めたという経緯だったのかもしれない。

記事によると、日本から新鮮な魚介を航空便でアメリカの内地に運ぶなど、現地の寿司のレベル向上に一定の貢献をした模様だ。

一方、同社には問題行為も発覚している。シカゴ・トリビューン紙は、同グループの漁業企業が許可された漁獲枠を超えて漁を行っていたほか、グループが運営する加工向上に衛生上の問題が発覚したと報じている。米食品医薬品局(FDA)がデトロイト郊外のトゥルー・ワールドの工場を調査したところ、「著しく不衛生な状態」だと指摘されたという。

■金儲けのために日本人は利用されてきた

旧統一教会は日本での強欲な資金集めを皮切りに、アメリカで花開きつつあった寿司ブームへの便乗、そして現地の日本人伝道師のアイデンティティーを利用して寿司業界に接近するという手口を重ねた。

本来であれば信仰の場として機能すべき教会は、日本人信者たちからカネを巻き上げ、それを元手にアメリカで巨大コングロマリットを築きあげることに腐心していたことになる。

日本の信者たちが高額な献金を半ば強要され、家庭崩壊に至る人々が続出するなかで、資金を国外に移転してアメリカでのビジネスを試みるという姿勢は理解に苦しむ。

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また、韓国発祥の宗教団体がアメリカに赴き、代表的日本文化のひとつである寿司に通じるビジネスを展開しているという構図も不思議だ。トゥルー・ワールドは宗教色を極力隠しているようだが、カルト教団が全米寿司レストランの流通網を支えていると知れたならば、日本文化への風評被害も免れない。

いっそビジネス集団へと舵を切るならばそれもよいが、いまだ霊感商法と献金の強要にもうまみを見いだしている現状に、教義ではなくカネを拝む姿勢が透けてみえるようだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)