韓国のアイドルグループ・BTSは、なぜ世界的なスターになれたのか。フリージャーナリストの金敬哲氏は「BTSの成功の裏には、熱心なファンである『ARMY』の存在がある。世界中のファンたちに応援の仕方がマニュアル化されて共有されており、それがビルボードチャート1位につながった」という――。

※本稿は、金敬哲『韓国 超ネット社会の闇』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

写真=AFP/時事通信フォト
2022年6月15日、ニューヨークのBTSポップアップストアを訪れるK-POPファンたち - 写真=AFP/時事通信フォト

■アイドル練習生1人当たり年間1億ウォンの費用がかかる

韓国のアイドル育成システムは、現在では成功したビジネスモデルとして確立されている。企画会社はオーディションを通じて練習生を募集し、数年間の集中トレーニングをさせた後、さらに社内オーディションを行って「デビュー組」を選び出す。デビュー組は通常、ラップラインとボーカルラインに分けて4〜10人ほどで構成される。

メンバーは全員、一定水準以上のダンス技術を身につけていることが前提だ。デビュー組に選ばれた後も、本格デビューに向けて再び数年間の練習期間に突入する。ボーカルやダンスはもちろん、整形手術も訓練プログラムに含まれている。さらに世界の舞台に進出するために英語、日本語、中国語などの語学学習も必須となり、最近では厳しい競争からくるストレスを克服するためのメンタルケアと人格教育まで加えられているというから過酷である。

こうした育成課程の間、企画会社はデビュー前に莫大(ばくだい)な費用を注ぎ込まなければならない。BIGBANGやPSYなどを生み出してきた芸能事務所・YGエンターテインメントの新人開発チーム関係者は、かつて新人オーディションの際に「練習生1人当たり1年に少なくとも1億ウォン程度の費用がかかる」と語ったことがある。どの社も一つのグループを誕生させるのに何十億ウォンもの初期投資を行っているのが普通なのだ。

■音楽番組の「代役要員」でデビューの場を迎えたBTS

もちろんデビューまで漕ぎつけたからといって人気が出る保証はない。韓国では毎年50〜60組のアイドルが誕生するため、この競争に勝つためには再び多額のプロモーション費用がかかる。したがって、結局はノウハウや資金が豊富にある大手事務所のアイドルばかりが最終的な勝者として生き残ることになる。零細事務所のアイドルたちは、テレビやラジオに出演すらできないまま、活動が終わってしまうことの方が多いのだ。

ところが多くのニューメディアが登場し、最近は中小規模の芸能事務所出身のアイドルにも、成功のチャンスが回ってきた。その良い例が、メディアから「土スプーンのアイドル」と呼ばれたBTSのサクセスストーリーである。

BTSを生み出したパン・シヒョクは、TWICEやNiziUで有名なガールズグループの名門プロで三大事務所のひとつ「JYP」の作曲家出身だ。2005年に独立し、「ビッグヒットエンターテインメント」という小さな企画会社を設立。13年にBTSをデビューさせた。当時のK-POPシーンは今よりも寡占状態で、くだんの三大事務所が業界を完全に掌握していて、中小プロダクション所属のアイドルに出る幕はなかった。

BTSも例外ではなく、大手に所属しているアイドルの出演がキャンセルになった際に「穴埋め」でやっとステージに立たせてもらえるという状況だった。デビューの場だった13年6月13日の「Mカウントダウン」も、「穴埋め」の代役出演だったというエピソードは、ファンらの間でも有名だ。

■地上波でなくオンラインの“ニューメディア”に勝機を見いだす

17年発売のアルバムの隠しトラックに収録された『海(SEA)』の歌詞には、放送でカットされたことが数え切れないくらいあって、誰かの穴埋めをすることが俺たちの夢だなどと、無名時代の哀しさが表現されている。このような環境の中で、パン・シヒョクは地上波での大手事務所のアイドルとの競争に勝算がないということにいち早く気付き、主流メディアではなくニューメディアを活用したオンライン戦略に集中するようになる。

BTSはデビュー前の11年からTwitterとブログを始め、YouTubeやネイバーのVライブ(ファンとリアルタイムでコミュニケーションするライブ配信アプリ)などの動画チャンネルを開設し、自ら情報を発信してファンを作っていった。

BTSは、複数のニューメディアを巧みに使い分けた。Twitterには簡単な挨拶を中心にアップロードし、YouTubeでは公式映像と共にメンバー個人が撮影・編集した映像が公開される。Vライブではリアルタイムでファンたちとチャットする。これらを通じて、デビュー前の練習生時代のトレーニングの様子や、年頃の少年らしいイタズラをしあう姿など、ありのままを伝えた。

■平凡な少年たちが世界のスターになるドラマをファンと共有

既に有名になったアイドルグループではなく、どこにでもいるような平凡な少年たちの姿は、同じ年頃の人たちの心を動かし、「ARMY」(後述)という忠誠心の強いファンを作る土台となった。練習生時代を経てデビューを果たし、世界的なスターに成長していく成功ドラマは、オンラインを通じてファンと共有された。やがてBTSとARMYは単なるアーティストとファンの関係ではなく、家族や兄弟のような深い絆を持つようになったのだ。

BTSは、今もなおデビュー当時と同じようにニューメディアを通じてファンとのコミュニケーションを図っている。活動休止時期にも「餌(トクパプ)」と呼ばれる動画や写真などのコンテンツを発信し続けた。YouTubeに開設されたチャンネルでは、独自のリアリティ映像、撮影現場のエピソード動画、コンサートツアーのドキュメンタリーなどのコーナーを設けている。

前述の「Vライブ」に加え、メンバーの旅行記、メンバー自ら製作に参加するリアリティ・バラエティなど多彩なチャンネルも展開。このようなトクパプは活動休止中もファンの離脱を防ぎ、新しいファンを流入させる効果があった。

21年3月に韓国の地上波放送のSBSが放送した「伝説の舞台アーカイブK〜K-POPはいかにして海を渡ったのか」というドキュメンタリーで、パン・シヒョクはBTSの成功要因の一つにニューメディア戦略を挙げた。

「私たちが望むコンテンツを私たちが望む方法で提供し、人々がより長い時間をかけて楽しめるようにするために、ニューメディアに集中した。このような明確な戦略的判断で、アーティストの真の姿を見せることができました」

■BTSの成功を支えた「ARMY」が持つ意味

BTSの成功を考える際に、熱心なファンである「ARMY」たちの存在は外せない。この呼称にはいくつか意味があって、「Adorable Representative MC for Youth(若者を代表する魅力的なMC)」の頭文字をつなげた言葉であったり、文字通り軍隊を意味する「ARMY」であったりすると言われる。ご存じの通り、BTSの韓国語名は「防弾少年団」だ。銃弾のように降り注ぐ社会的偏見と圧迫を防ぎ、自分たちの音楽と価値を守り抜くという意味が込められているのだが、ファンは彼らBTSを守る軍隊(ARMY)だというわけだ。

■PVの再生数を上げるために一晩中無音でストリーミング

ソウル市龍山区に住むミン・ジュンヒ(19歳)は17年にARMYに加入し、3年間活動した。

「16年に1年間、米国で英語研修を受けて帰国しましたが、韓国に帰ってからは事情があって、中学2年生から3年生にかけての1年ほど、学校を休んでいました。その時、弟がYouTubeでBTSのPVを見ているのを偶然目にして以来、ハマってしまいました。それからファンクラブがあることを知って加入したんです。会費の3万5000ウォンを払うと、キットとカードが家に届けられた。ファンクラブは1年ごとに更新しなければならないのですが、コンサートチケットの前売りやARMYのための公式グッズが購入できるのが一番の特典です。(現在、コンサートはARMYだけが予約できるようになっている)」

彼女は同世代の若者たちと同じように、一日中、BTSの応援にのめり込んだという。その方法も現代ならではである。

「当時は学校に行っていなかったため、目が覚めて寝るまで、ずっと関連情報を探し回っていました。ファンがYouTubeにアップロードする動画を視聴してみたり、ARMYのファンカフェに寄ってお知らせを確認したり……。新曲が発売されれば、ツイッターの『総攻』(チョンゴン=新曲の順位を上げるため、ファンらが総攻勢をかけること)アカウントで教えてもらった通り、援護射撃をするんです。PVの再生数を上げるためにストリーミング再生を繰り返す『ミュス』や、無音でストリーミング再生を続ける『無音スミング』などをしながら、夜通しARMYたちとリアルタイムでチャットをしていたこともあります」

写真=iStock.com/Raul_Mellado
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Raul_Mellado

■「BTSのために、できるすべてのことをしたい」

「ARMYたちは、特定の個人メンバーを応援するのではなくメンバー全員を応援する『オールファン』が基本。他のアイドルファンのように特定メンバーだけを応援し、他のメンバーを中傷する『悪個(アクゲ=悪質な個人ファンのこと)』がいないので、ファン同士のトラブルもなく、まるで家族のような雰囲気です」

「ARMYの総攻でBTSが1位になったときには、私自身が賞をもらったかのように嬉しかったです。米国から帰国直後に友達もなく一人で過ごした私にとって、BTSは友達であり、優しく教え導いてくれる先輩でもありました。私を慰め、癒してくれたBTSを応援したいという気持ちが強かったので、できるすべてのことをしたいと思いました」

■強力なファンダムを持っていることが収益に直結する

韓国ではARMYのことを、「ファンクラブ」より、「ファンダム(fandom)」という用語で呼ぶことが多い。「ファン」に「状態、地位、領土」などを意味する接尾辞「-dom」を付けたもので、ファンの集団、さらにはファンの文化全般を指す言葉だ。このファンダムも、ネットの進化がもたらした現象に他ならない。彼らは強力な関係で結ばれ、共通の価値観やルールを共有し、さらに強力なものへ発展していく。

所属事務所が管理・運営する公式ファンカフェを中心に強力な組織を作り、一糸乱れぬ動きで応援するアイドルのために積極的な消費活動をする。したがって、どれだけ強力なファンダムを持っているかが収益に直結し、彼らの活動成績を左右するのだ。

■チャートインのためラジオ局に“総攻”をかける

彼らの世界進出により、このような独特なファン文化も全世界に広がっている。20年9月1日、BTSのシングル『ダイナマイト』が韓国歌手として初めて「HOT100」チャートで1位を獲得したのは、米国のARMYたちが手を取り合うようにして成し遂げたものである。彼らは米国50州の連合ファンサイトを作って組織的なサポートを展開している。

金敬哲『韓国 超ネット社会の闇』(新潮新書)

例えば、ビルボードチャート内のBTSの順位を上げるため、韓国のARMYのように「総攻」をする。ラジオでの放送回数を上げるため、米国を5つの地域に分け、共通マニュアルを基に当該地域の放送局に絶えずリクエストする。こうしたキャンペーンは18年から進められ、今もなお米国ファンの「総攻」は続いているという。

BTSの所属事務所であるハイブは、K-POPのファンダムを1カ所に集められるグローバルなファンコミュニティをリリースしている。これには、BTSだけでなくハイブ所属アーティストの他、「BLACKPINK」など、他社所属アーティストのファンまで対象になっている。それぞれのファンは、自分が好きなアーティストのコンテンツを楽しんだり、アイドルと会話をしたり、彼らのグッズを購入したりもできる。

これまでSNSはもちろんファンカフェ、公式ショップといった様々なチャンネルが担ってきた役割が全てここに集約されているのだ。世界的なSNSに変わって、K-POPのグローバルファンダムのための新しい生態系が韓国発で生まれようとしている。

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金 敬哲(きむ・きょんちょる)
フリージャーナリスト
韓国ソウル生まれ。淑明女子大学経営学部卒業後、上智大学文学部新聞学科修士課程修了。東京新聞ソウル支局記者を経て現職。著書に『韓国 行き過ぎた資本主義』(講談社現代新書)。
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(フリージャーナリスト 金 敬哲)