ダービージョッキー
大西直宏が読む「3連単のヒモ穴」

 今週から夏の新潟開催がスタートします。開幕週に行なわれるのは、国内唯一の直線・芝1000mが舞台となる新潟夏の"名物重賞"、GIIIアイビスサマーダッシュ(7月31日)です。

 僕にとっては、現役時代にカルストンライトオで2回勝たせてもらった思い出深いレース。最初に勝った時にマークした53秒7という勝ち時計は、今でもレコードとして残っているだけになおさらです。

 また僕は、直線・芝1000mという舞台が創設され、同条件で初めて行なわれたレースでも勝利することができました。その分、僕にとってはとても縁があるコースで、同舞台で行なわれる唯一の重賞であるこのレースの予想には毎年、自然と力が入ります。

 さて、直線・芝1000m、いわゆる"千直"というのは、コース自体は非常にシンプルです。しかし、見た目以上に奥が深く、駆け引きが必要な舞台となっています。

 一般的に、「外枠に入った逃げ・先行馬が有利」ということが広く浸透していますが、それについて間違いはありません。外のほうがより馬場のいいところを通れますし、外ラチを頼って走れるといったメリットもあるからです。

 よって、予想において枠順は重要な要素となり得ます。

 ただ、外が有利なのは騎手も皆、わかっていることなので、外に馬が殺到するとごちゃつく不利が生じやすくなります。そのため、中団から差すタイプの馬の場合、なかなかいい進路をとれなかったり、先行してバテて下がってくる馬をさばくのに苦労したり、といったシーンがよく見受けられます。

 そうした状況にあって、昨年は1枠1番を引いた伏兵馬(14番人気のバカラクイーン)が、これまでのセオリーと逆行する、"内ラチ沿い逃げ"という奇策を試みて3着に粘り、波乱を演じました。

 開幕週の馬場で、内外によって大きな差がなければ、こういう乗り方も有効なのかもしれません。千直競馬攻略のヒントが、ひとつ増えたような結果でしたね。

 余談ですが、千直レースが初めて行なわれた時も、内目の枠の馬は内ラチへ、外目の枠の馬は外ラチへと、2つの小集団が形成される形でレースは展開されました。2枠3番のセトブリッジに騎乗した僕は、内でレースを運んで、最後になんとかハナ差だけ出て勝つことができました。

 こうした例を踏まえれば、枠順の「外が絶対。内はダメ」と決めつけるのは危険です。馬場状況によって、騎手もいろいろと考えを巡らせて、工夫した乗り方を研究し、試みてきます。予想する側も柔軟な発想を持って臨んだほうがいいでしょう。

 ところで、今年は騎手も多彩な顔触れがそろいました。香港から初来日するチャクイウ・ホー(ヴィンセント・ホー)騎手や、話題のルーキー・今村聖奈騎手をはじめ、ふだんはあまり千直に乗らない騎手も多く参戦。「今年はまた違った競馬が見られるかも......」といった期待が膨らんでいます。

 特殊な条件だけに騎乗経験が豊富なほうが有利だとは思いますが、経験が浅いからこそ、思いきった騎乗ができる可能性もあり、騎手それぞれがどういった騎乗でパートナーの能力を引き出してくるのか、とても興味が湧きますね。

 今回、僕が最も注目しているのは、鞍上も馬もこの条件が初めて、というコンビ。先述のホー騎手が手綱をとるアヌラーダプラ(牝5歳)です。


アイビスSDでの勝ち負けが期待されるアヌラーダプラ

 要注目なのは、騎手です。日本では馴染みが薄いですが、ホー騎手は香港最強マイラーのゴールデンシックスティの主戦騎手として知られ、香港でもトップ3に入る腕利き。2020年、2021年と香港マイルを連覇した時には、とても腕達者な印象を受けました。

 海外のジョッキーはとても研究熱心ですから、この条件の対策もしっかりと積んできていることでしょう。挨拶代わりとなる最初の重賞となれば、本人も力が入っているでしょうし、どんな手綱さばきを見せてくれるのか、非常に楽しみです。

 そもそも新潟・千直レースに、外国人騎手が乗る機会は少ないです。日本競馬の騎手となったクリストフ・ルメール騎手は過去に2度だけ。ミルコ・デムーロ騎手にしても、19回しか乗っていません。

 外国人騎手が本気でこの条件に取り組んだら、どんな乗り方をするのか、個人的にもすごく興味があります。

 アヌラーダプラもこの条件は初めてですが、以前から「千直を使ったら、面白い存在かも」と思っていた馬。というのも、1200m戦でも行きたがるところが見られることから、気性的にも1000mが向きそうだと感じていたからです。

 さらに、速いペースでも持ったまま追走できるところに、千直向きの資質を感じます。ピッチ走法で、脚の回転で勝負するこの馬には、この条件がピッタリに思えてなりません。

 1年ぶりの実戦が千直というのは常識的に買いづらいですが、ノーザンファームが早くからホー騎手を押さえて、同馬の鞍上を依頼しているということは、それなりに勝負度合いがあっての復帰戦なのでしょう。人馬ともに"初物尽くし"ではあるものの、僕にはとても魅力的な存在に映ります。

 ということで、今年のアイビスSDではアヌラーダプラの好位差しを期待して、同馬を「ヒモ穴馬」に指名したいと思います。