20歳の岩佐歩夢がF1直下カテゴリーF2で初優勝。覚醒した走りは、角田裕毅でも見ることがなかった圧倒的な速さ
F1フランスGPの決勝は、シャルル・ルクレール(フェラーリ)のリタイアでライバル不在となったマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が、悠々とペースをコントロールして勝利を掴むという、少々興奮に欠けたレースになった。
ルクレールのリタイアによってセーフティカーが出動し、ほぼ全車がこのタイミングでピットストップを済ませて戦略の差がまったくなくなってしまったことで、極めて動きの少ない淡々としたレースになってしまったことも事実だった。
しかしその数時間前、ポール・リカールには『君が代』が響き渡った。
FIA F2で20歳の岩佐歩夢(レッドブル育成)が初優勝を挙げたのだ。それも、後続を大きく引き離しての完全勝利だった。
F1直下のカテゴリーF2で優勝した岩佐歩夢
「最高の気分ですね。クルマもよくて、ペースもよくて、余裕があったように見えたと思うんですけど、メンタル的には余裕がなかった。ギャップを作って走っていると、どうしてもトラブルやミスのことを考えてしまうのでドキドキしていました。ずっと速さがあるのはわかっていたものの、結果につながらないレースが続いていてフラストレーションもあったんですけど、ようやく勝てて本当にうれしいです」
F1を目指す若手が参戦し、極めて僅差のタイム差のなかで激しいバトルを繰り広げるのがFIA F2だ。ここで勝ち上がっていかなければ、F1は見えてこない。レッドブル育成の4人を始め、F1チームの育成ドライバーがF1を目指して群雄割拠の状態だ。
岩佐の所属するDAMSは、かつてはトップ争いを繰り広げた名門チームだった。しかし、創設オーナーの死去もあって18インチタイヤが導入された2020年以降は低迷していた。
今季の開幕前テストでも、まだ速さは十分とは言えなかった。だが、マシンの技術面やドライビング理論に精通した岩佐のロジカルなアプローチが、ドライバーの意見をどんどん採り入れてマシンセットアップを煮詰めていこうというDAMSのエンジニアたちの姿勢とマッチした。
岩佐はレースのない時にもフランスのル・マンにあるDAMSのファクトリーに足繁く通い、自分たちの弱点を潰し込むため、徹底的にエンジニアたちと話し合いシミュレーター作業に勤しんできたと言う。
育成ドライバーが凌ぎを削るF2その甲斐あって、第3ラウンドのイモラではすでに予選でトップを争う速さを見せ、それ以降も常に予選ではトップ3〜5のポジションにいる。超激戦のF2の予選において、これは角田裕毅(アルファタウリ)も含めて、これまでの日本人ドライバーでは見ることがなかった速さだ。
ポールリカールでは時間切れで最終アタックができず、0.006秒差でポールポジションは逃した。だが、最速ドライバーのひとりであったことは間違いなかった。
そして日曜のフィーチャーレース。今年は週末のフォーマットが変わり、上位10台のリバースグリッドで行なわれる土曜のスプリントレースは10点、日曜のフィーチャーレースが25点と、本当に速いドライバーが評価されるシステムになっている。
岩佐はスタートでポールポジションのローガン・サージェント(ウイリアムズ育成)を抜くが、好スタートを決めたジャック・ドゥーハン(アルピーヌ育成)に並ばれた。ここで岩佐の冷静な判断力が光った。
「ターン1のブレーキングで突っ込むかどうか迷ったんですけど、ドゥーハンはアグレッシブなので、やりすぎるとタイヤを傷める可能性があるっていうのが頭にありました。あと、今年の彼のレースを見ていてレースペースがいいようには見えなかったんで、あそこでは落ち着いて2位をキープしました」
すぐに頭を切り替え、得意なセクションで勝負をかけることにした。すでにターン2からそこに向けて、岩佐は立ち上がり重視のドライビングに切り替えている。その結果、バックストレートでスリップストリームに入り、ターン8のブレーキングで抜いてトップ浮上を果たしてみせた。
「昨日からずっとターン6のトラクションだけじゃなく旋回性能からよくて、スロットルを踏んでいけていたので、セクター1でパッと思いついてそこをうまく合わせ込んだ。結果、意外と近い距離で立ち上がれたので、ここしかないなと思ってあそこで仕掛けにいったという感じでした。
あの距離だとスリップストリームもかなり効きますし、アウト側に横に並んで前に出ていきつつあったので、こちらに優先権があるから若干ラインを閉めにいって、相手にハードブレーキングをさせないようなアプローチをしたうえで、ターン8に向けてブレーキングしたような感じでした」
2020年はフランスF4王座獲得極めて激しいバトルが繰り広げられるF2のなかで、理論と実践の両方ができるのが岩佐の強みだ。決して理論派の頭でっかちでもなく、感覚だけに頼ったドライビングでもない。
シーズン序盤はプッシュしすぎて余裕が持てず、自分の課題に真剣に取り組むがあまり、視野が狭くなっていた。そのせいで新たに直面する課題にうまく対処できないこともあった。
「ひとつ気づいていたのは、毎回レース週末で大きな課題が出るなかで、ひとつの問題にフォーカスしすぎていたところがあって、違うミスに対して早急に対応できないところがあったということです。過去のミスは振り返って対策はしますけど、レース週末に入ったらそこに集中しすぎず、また新たに出てくるミスや問題にすぐに対応できるような姿勢を持っておくことが重要だと、チームとのミーティングでも話をしました」
1周目にトップに立った岩佐が考えたのは、ピットストップに向けてギャップを作って置かなければならないということだ。
これまでピットストップのミスで優勝を逃したこともあり、チームクルーに余計なプレッシャーはかけたくないからだ。「完璧じゃなくていい。普通にコンスタントにできればいいんです」と岩佐は言う。
アウトラップのタイヤの温まりとペースがよくないことが課題であることもわかっていた。だからこそ、ピットストップを前にマージンを持っておく必要があったのだ。
1周目のセーフティカーが解除される瞬間に向けて、リスタートそのものとその直後のプッシュが可能なように照準を絞り、岩佐はタイヤ温度を温めていた。
2年前にフランスF4に参戦してチャンピオンとなった岩佐にとって、ポール・リカールは勝手知ったるサーキット。リスタートもターン12から早々にスロットルを踏んで、一気にドゥーハンを1秒以上引き離してみせた。
「セーフティカー走行中にタイヤ温度をうまく管理できていたのが大きかったと思います。セーフティカー(解除)後にギャップを一気に広げることを最初の課題として組み立てて、リスタートの瞬間とその後のプッシュに重点を置いて(それができるようにタイヤを温めて)いました。
改善してきているとはいえ、これまで自分のアウトラップがあまりよくないのは感じていたので、(ピットストップに向けて)ギャップを作っておきたいなと思っていました。なので、ソフトタイヤを使いすぎるくらいにプッシュしていこうと思っていたんです」
次の日本人F1ドライバー候補ほかの誰よりも長く14周目まで引っ張ってピットイン。その間に作ったギャップもあって、岩佐は実質的にトップのままコースに戻ることができた。
ハードタイヤに交換してからは、2位に上がってきたテオ・プルシエール(ザウバー育成)や3位のフレデリック・ベスティ(メルセデスAMG育成)をさらに引き離す走りを見せた。
「正直なところ、ほぼフルプッシュでした。最低限のマネージメントはしましたけど、基本的にはクルマ側のセットアップでタイヤを労わるのがうまくハマっていました。テオとのギャップを聞いていてどんどん離れていくので、ペース的には楽勝だなと思いながら、でもマシントラブルや自分のミスの可能性もあるので、メンタル的にはかなりしんどかったですけどね。
エンジニアが残り14周から毎周『残り何周』って言ってきていたので、そこからが長かったですね(笑)。それが長くて、長くて、長すぎて、『早く終わってくれ!』って思いながら走っていました」
しかし、セーフティカーが入っても十分に勝てるくらい、岩佐は速かった。
この速さは第3ラウンドのイモラからすでにあった。ただ、岩佐自身のミスやチームのミス、不運などでなかなか結果につながらないレースが続いていた。
だが、普通にレースができればトップレベルの速さがあることは、これでハッキリと証明された。
「イモラの頃から勝てるポテンシャルはずっとありましたし、もっと早く勝ってもおかしくなかったですし、勝てなかったのは自分の力不足もありました。チームワークの失敗もありましたけど、そこがよくできているのは、自分としても自信になっています。チームをまとめるという点でもその役割はドライバーが果たすべきだと思っているので、それがいい方向に向かっているのではないかと思います」
F2はハンガリーと夏休み明けの3連戦が終われば、次は最終ラウンドのアブダビ。ようやく覚醒した岩佐がどんな活躍を見せてくれるのか、非常に楽しみだ。