中田敦彦、ナルシストキャラはピース綾部のおかげ!?

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テレビプロデューサーの佐久間宣行氏が2021年7月に開設したYouTubeチャンネル「佐久間宣行のNOBROCK TV」に、お笑いコンビ・オリエンタルラジオの中田敦彦が登場した。19日公開の『オリラジ中田とテレビ 天国と地獄』前編では、天国の一つ目としてバラエティ番組『ピカルの定理』(フジテレビ系、2010年10月〜2013年9月)にゲスト出演した際のエピソードを語っている。

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長い歴史のある吉本興業のお笑い芸人の中でも、前例がない爆発的な売れ方をしたオリエンタルラジオ。中田敦彦は大学在学中の2003年に藤森慎吾とコンビを組み、翌2004年に2人揃って東京NSC(吉本総合芸能学院)に入学。NSC在学中から仕事が入り出し、2005年にデビューして「武勇伝」ネタで大ブレイク、瞬く間に冠番組まで持つようになったのだ。しかしわずか3年後に『笑っていいとも!』以外の地上波テレビのレギュラーを全て失うという、ジェットコースターのような芸人人生を歩んできた。それからは仕事を選べず競艇場のレースとレースの繋ぎのステージに立つなど、下積みを経験せずブレイクした2人にとっては相当辛かったようだ。

だが藤森は2011年に「アゲぽよ〜!」「君、かわうぃ〜ね」などの決め台詞で“チャラ男”ブームを巻き起こし、再ブレイクを果たす。この時期は中田といるより、“あやまんJAPAN”のメンバーと一緒に活動している時間の方が多かったという藤森。YouTubeチャンネル「佐久間宣行のNOBROCK TV」で中田は、この藤森の“チャラ男”ブームの時期が「一番キツかった」と明かした。

そんな中田のもとに、『ピカルの定理』から出演依頼が入る。相方ならわかるが、コントが苦手だったこともあり「なぜ自分なのだろう」と指名されたのが不思議だったという。おまけに同番組で中心的な役割を担っているピースの綾部祐二からは、「お前は礼儀とか、全然わかっていない」と怒られていた記憶しかなく気が重かったらしい。中田は人気コーナー「ビバリとルイ」というボーイズラブ(BL)ネタにしたコントに呼ばれ、台本を見ると自分に酔うナルシスト役だった。現場に入ると早速「敦彦、お前な今日はやり過ぎるなよ」、「ぐっと抑えてやってくれ」と綾部から釘を刺されたという。

これまでコントに挑戦しても手応えなど感じたことがなかった中田が、今回の役には思った以上にはまり、現場でもめちゃくちゃウケたという。綾部にも、最後は「良かったじゃねぇか」と褒められたほどだ。中田にとって『ピカルの定理』は、コントに対する苦手意識を克服するきっかけとなる番組になった。後日、別の現場で会った同番組の演出家に「なぜ自分を呼んでくれたのか?」と聞いてみたところ、意外な答えが返ってきた。中田はてっきり彼が自分をキャスティングしたと思っていたが、綾部が「こういう役は、中田しかいない」と推薦したのだという。

一度も芸人として「面白い」と認めてもらったことはなかったが、実はちゃんと見ていてくれて「これは中田ならできる」と確信し、彼が結果を出そうとやり過ぎてしまうことまで心配してくれた綾部。それを知って「本当に嬉しかった」とニコニコしている中田の表情を、ぜひ米ニューヨークにいる綾部にも見てもらいたいものである。
(TechinsightJapan編集部 みやび)