パリ・サンジェルマン真夏の短期集中講座
<第3回>〜新監督ガルティエはどういう人物か〜

「夢を見ることもひとつだが、別のところには現実もある。おそらく"DREAM BIGGER(より大きな夢)"という我々のスローガンを変えるべき時であり、何より我々は現実的にならなくてはいけない。派手できらびやかになろうとは思わないし、もうそれは終わりだ」

 キリアン・エムバペの電撃残留劇からおよそ1カ月後。地元『ル・パリジャン』紙のインタビューで、パリ・サンジェルマン(PSG)のナーセル・アル=ヘライフィー会長が発したその言葉は、ある意味で衝撃的だった。

 つまり、もう夢を追いかけるだけではなく、しっかりと現実を直視して、新しいPSGを再構築しようというわけだ。

>>第1回はこちら>>「PSG激動の歴史。降格争い、借金まみれ、スポンサーもさじを投げた」
>>第2回はこちら>>「PSGスーパースター列伝。王様ズラタン、ピルロ後継者、ベッカム引退...」


遅刻癖のあるネイマールが早くもチーム練習に参加

 これまで11シーズンにわたり、湯水のごとくカタールマネーを投下してきたアル=ヘライフィー会長は、たしかにPSGという首都クラブを夢のような豪華メガクラブに仕立て上げた。しかし今回の発言により、これまでの方針が大きく変わることが明らかになった。

 そしてその新方針を象徴しているのが、昨夏にリオネル・メッシ(バルセロナ→)、セルヒオ・ラモス(レアル・マドリード→)、ジャンルイジ・ドンナルンマ(ミラン→)らを獲得した元鹿島アントラーズのレオナルドSD(スポーツディレクター)に代わり、スポーツアドバイザーとして現場の統括部門に招聘されたポルトガル人ルイス・カンポスの存在だ。

 現役時代からの人脈を生かして「派手できらびやか」なチーム作りを得意とするのがレオナルドだとすれば、カンポスはその真逆。伸びしろのある選手を「安く仕入れて高く売る」ことを得意とする目利きで、世界中に張り巡らされる自慢のスカウト網によってモナコとリールに莫大な収入を与え、財政を潤わせてきた人物である。

放出される余剰戦力は誰?

 新ブレーンとしてPSGに加わったカンポスは、さっそくPSGのリニューアルに着手。まずはポルト(ポルトガル)からポルトガル代表デビューしたばかりの新星MFヴィティーニャ(22歳)を移籍金4150万ユーロ(約58億1000万円)で獲得。また、スタッド・ランスのFWウーゴ・エキティケ(20歳)の加入も来日直前に発表された。

そのほかの獲得候補としてリストアップされている選手も、リールのMFレナト・サンチェス(24歳)、サッスオーロのイタリア代表FWジャンルカ・スカマッカ(23歳)、ニースのMFケフレン・テュラム(21歳)など、いずれも有望な若手選手ばかりだ。

 とはいえ、現状のPSGはすでに新銀河系軍団が形成されているため、カンポスの方程式だけでは難題は解けない。そこでクラブは、レオナルドの前任SDだったアンテロ・エンリケを同部門に復帰させ、余剰戦力の売却を任せることにした。

 現在放出リストに名を連ねるのは、DFアブドゥ・ディアロ、DFレイヴァン・クルザワ、DFティロ・ケーラー、MFレアンドロ・パレデス、MFダニーロ・ペレイラ、MFイドリッサ・ゲイェ、MFアンデル・エレーラ、MFジョルジニオ・ワイナルドゥム、MFエリック・ジュニオール・ディナ・エビンベ、MFユリアン・ドラクスラー、FWマウロ・イカルディ。

 しかし、これまで退団に同意しているのはディアロとクルザワのふたりだけで、それ以外はよほどの好条件のオファーが届かないかぎり、移籍は進展しそうにない。

 昨夏もそうだったが、そもそもPSGの年俸は高すぎる。獲得側クラブが獲得に二の足を踏むのと同時に、選手も移籍したがらないというのが実情で、半分を売却できれば御の字だ。

 つまり今シーズンのPSGは、レオナルド主義とカンポス主義がミックスした曖昧な陣容で、タイトル獲得を目指すことになりそうだ。

 難しい舵取りを迫られるのは、マウリシオ・ポチェッティーノの後任として白羽の矢を立てられたフランス人クリストフ・ガルティエ新監督だ。もちろん彼を指名したのは、リール時代にともに美酒を味わったカンポスである。

ガルティエ監督の華麗な経歴

 現役引退後、アラン・ペランのアシスタントとして指導者の道を歩み始めたガルティエが初めて監督を任されたのは2009年12月。当時松井大輔も所属していたサンテティエンヌのペラン監督の解任により、アシスタントから新監督に昇格すると、堅守速攻をベースとしたチームを作り上げ、その後8年半にわたる長期政権を築くことに成功した。

 その手腕が買われ、2017年12月にマルセロ・ビエルサ監督の辞任によって混乱していたリールの再建を任され、残留を達成。さらに翌シーズンは2位、4シーズン目にはPSGを抑えて10年ぶりのリーグ・アン優勝を果たす。そして昨シーズンは、リーグタイトルを手土産に移籍したニースで上位争いを演じて5位でフィニッシュし、現在フランス国内においては最も評価の高い監督となった。

 そのガルティエが基本とするフォーメーションは、サンテティエンヌ時代から愛用する4−2−3−1と、リールを優勝に導いてから貫く4−4−2。しかしながら、カンポスとの話し合いのなかで今シーズンのPSGでは3バックシステムにもトライする予定だ。

 最も不安視されるのは、ガルティエのキャリアのなかで、PSGのようなスター選手を率いた経験がないことだ。しかもガルティエ監督には、PSGの悲願でもあるチャンピオンズリーグ(CL)の経験が圧倒的に不足しており、唯一の経験となったリール時代(2019--20シーズン)は1勝もできず、グループリーグ最下位での敗退を強いられた苦い経験がある。

 かつて2016--17シーズンに就任したスペイン人監督ウナイ・エメリは、自らのスタイルをチームに浸透させようとしたところ、主力選手たちの反感を買ってしまい、すぐに方針転換を強いられたことがあった。当時よりも格段にスター軍団化した現チームを率いるガルティエも、それと同じ目に遭ってしまわないのか。周囲が新監督に不安の目を向けるのも当然と言えるだろう。

ジャパンツアーは改革の第一歩

 ただ、就任会見で「妥協はしない」と宣言したガルティエ監督には自信に満ちあふれている。その背景には、アル=ヘライフィー会長からお墨つきをもらったカンポスという後ろ盾があることはもちろん、何よりもクラブが新しい方針を宣言したことが大きく影響していると見ていい。

 逆に戦々恐々としているのは、新銀河系軍団を形成する選手たちのほうだ。会長の発言と現場の体制が刷新されたことで、誰にもポジションが約束されていないことを察知したのか、あのネイマールまでもが予定を早めてチームに合流。メッシやセルヒオ・ラモスらとともに、さっそく緊張感あふれるトレーニングで汗を流している。

 ガルティエ監督としては、その緊張感をできるだけ長く維持しながら自らのスタイルを植えつけられるかが、今後チームを統率するための最大のカギになるはず。そういう点では滑り出しは上々で、少なくともW杯の冬開催によって異例の過密日程となるシーズン前半戦で期待を裏切る可能性は低いと思われる。

 いずれにしても、メッシやセルヒオ・ラモスの契約期間を考えても、PSGが新銀河系軍団を形成するのは、最短であと1年。転換期を迎えたPSGがアル=ヘライフィー会長の目論見どおりに改革を進められるのかも含め、その第一歩となるジャパンツアーは世界のサッカーファンの注目を集めるだろう。

>>第4回につづく>>