座間市生活援護課の朝礼風景(写真:Ricardo Mansho)

神奈川県座間市は人口13万人ほどの小自治体だが、今、困窮者支援の取り組みで注目を集めている。NPOなどの民間団体とタッグを組み、すでに困窮状態になっている住民だけでなくその予備軍にも救いの手を差し伸べている。座間市生活援護課は「どんな人も見捨てない」をモットーに、「命を守るサービス」を日々提供すべく奮闘しているのだ。気鋭のジャーナリスト・篠原匡氏の新刊『誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課』を一部抜粋し、「型破り」な自治体に救いを求めた人々の物語を通し、福祉の新しい形を探る。

前回:『「野垂れ死のう」向かった座間市で予想外の顛末』

生活援護課の朝

生活援護課の朝は慌ただしい。

50人を超える課の職員が続々と出勤し始めるのは朝8時過ぎ。そのままロッカーにコートをしまいに行く者、座席で一息ついてコーヒーを飲む者、パソコンを開いて1日の予定を確認する者、鍵付きの部屋で管理している生活保護利用者のケースファイルを取り出す者など、8時30分の始業を前に、それぞれが思い思いの時間を過ごす。

始業前には朝礼がある。1月半ばのある日の朝礼では、課長の林から、前日の夜に亡くなった生活保護利用者の話があった。

「夜遅くに市役所に連絡があり、守衛さんから知らせを受けました。日々、生活保護の方々とやり取りしていると思いますが、改めてケースファイルを見返して、心配な人とは密に連絡を取っていきましょう」

生活保護利用者には高齢者が多く、定期的に連絡を取っていても、急に体調を崩すなどして亡くなる場合も少なくない。デイサービスなどの介護サービスを利用していればまだいいが、介護サービスを活用していない高齢者や家族との関係が切れている高齢者の場合は発見が遅れてしまう。そういう事態を防ぐために、ケースワーカーとしても注意していこう──という呼びかけである。

実は、林の机には小さなホワイトボードがあり、その裏側にはガムテープで小さなメモが貼られている。

「命のこと以外は慌てる必要はない」

メモには、そう書かれている。生活援護課では日々、さまざまなことが起きる。その中には、課長として林が意思決定を求められる案件も多い。だが、そのときも、一呼吸置いて熟慮する。その戒めのために貼っているという。

「何かあると慌てるタイプなんですよ」

そう言って林は恥ずかしそうに頭をかいているが、一方で利用者の命に関わることには即座に対応する。それが林と生活援護課の流儀である。

そして、市役所全体に始業のチャイムが鳴り響くと、慌ただしい1日が動き出す。

ケースワーカーの目まぐるしい1日

3人の係長を含め27人のケースワーカーが在籍する生活援護係では、始業のベルが鳴ると、それぞれのケースワーカーが生活保護利用者の情報が記録されているケースファイルを開き、相談内容をパソコンに打ち込んだり、窓口に来た生活保護利用者の相談に乗ったりと、それぞれの仕事を始める。

ケースワーカーの主な仕事は、生活保護費の支給業務と生活保護を希望する人との面談、生活保護利用者の現況確認である。

生活に困窮している人々が健康で文化的な最低限度の生活を送るために生活保護制度が存在しているということを考えれば、生活保護費の計算と支給はケースワーカーの仕事の一丁目一番地だ。希望者との面談も同じく重要で、電話での問い合わせであれば話を聞き、面談の段取りをつける。実際に面談に来た人に対しては、その人の状況を詳しく聞き、生活保護の受給条件に合致するかどうかを検討する。

現況確認も、利用者が必要な扶助を得られているかどうかをチェックするために不可欠なものだ。実際の生活状況を確認する必要があるため、利用者の自宅や居住している施設などを訪問し、本人や施設の担当者に利用者の日々の生活や仕事、健康状態などを聞き取ることもある。そこで、健康状態の悪化などがわかった場合は病院での受診を調整したり、介護サービスを入れたりと、関係機関と連携してその人に必要な支援を提供していく。

座間市の生活保護利用者は2021年11月時点の速報値で2353人と全人口の17.88パーミルに上る。最近は単身高齢者が増えており、病院や介護施設との連携は以前にもまして重要になっている。座間市の場合、ケースワーカー1人が担当しているのは80世帯ほどで、この数が増えるようであれば、ケースワーカーを増やす。

普段から相談対応や家庭訪問と忙しく動き回るケースワーカーが、最も忙しくなるのは「締め日」の前だ。生活保護費は、その人の収入に応じて金額が異なるうえに、不正受給がないかどうかのチェックも必要だ。法令規則に則って、生活保護受給費の計算や事務作業が発生するため、締め日の残業がどうしても増えてしまう。ケースワーカーが「計算ワーカー」と言われるゆえんでもある。

生活援護課を率いる林も、自立サポート担当になる前は生活保護のケースワーカーを9年間務めた。

NPOが中心の「チーム座間」と連携し官民がタッグを組む

その自立サポート担当も、負けず劣らずバタバタしている。彼らの場合、困窮状態に陥っている人とのアポで手帳がびっしり埋まる。相談のときは役所に来てもらうことが基本だが、引きこもり状態など出てこられない場合はアポを取り、自宅を訪問する。それゆえに、筆者が自立サポート担当の武藤や吉野文哉に電話しても、不在でなかなかつながらない。

実際に面談する場合も、その人の状況に応じて生活援護課の就労相談員や子ども健全育成支援員、あるいは座間市社会福祉協議会の家計改善相談員などとともに、自立のための最善の手を考えていく。

このように多忙を極める自立サポート担当だが、毎月の第2木曜日は輪をかけて忙しくなる。この日は、「チーム座間」のメンバーが集まる月1回の支援調整会議が開かれるからだ。

チーム座間とは、生活援護課とともに困窮者支援に当たっている組織や団体とのネットワークの総称だ。チーム座間はコロナ禍において最大限に力を発揮した。

夜の店を卒業したスナックのママ

コロナ禍による自営業者の苦境は、大和市でスナックを経営していた君塚瞳(仮名)のケースに見て取れる。

父親の顔も名前も知らずに育ったという君塚は、10代の頃から水商売の世界で生きてきた。「人と話すのが好きで、この世界の水が合った」と語るように、気さくでチャーミングな君塚はどこの店でも人気だった。そして、30代半ばに独立。カウンター7席と小さいが、経営者など地元の常連が集まるにぎやかなお店をつくり上げた。

ところが、新型コロナの感染拡大ですべてが暗転する。緊急事態宣言の影響で休業を余儀なくされたのだ。緊急事態宣言は5月25日に解除されたが、折からの自粛ムードでお店は閑古鳥が鳴いた。

コロナ禍はいずれ終息し、常連客は戻るかもしれない。でも、月々の家賃や水道光熱費を考えれば、いつ戻るともしれない客足に期待することはできない。このまま続けていてはいずれ破綻する──。そう思った君塚は、店舗の契約更新のタイミングだった2020年6月に店を閉めた。

もっとも、店を閉めたことで月々の支出は止まったものの、スナックの収入も同時に途絶えてしまった。当面はほかのスナックで働けばどうにかなるが、別れた前夫との間に3人の子どもがおり、子どもの学費を工面しなければならない。そこで、座間市社協に生活福祉資金の総合支援資金を借りに出向いた。

総合支援資金は生活再建のために月15万円(2人以上世帯は月20万円)を3カ月、計60万円を10年間、無利子で借りることができる特例貸付である。1回目は基準を満たせば借りられるが、延長し2回目、3回目を借りる場合は自立相談支援を受ける必要がある。このときに自立サポート担当の吉野とつながった君塚は、「スナックのママ」ではない次の人生を模索し始める。

実は、当初は物流関連や介護の仕事を考えていたが、就労相談員としてサポートした内山の思いもよらない提案で、彼女の新しい道が拓けた。

「君塚さん、ゴルフはしますか?」

「ゴルフですか? 以前はやっていましたが……」

「キャディに興味はありますか?」

「えっ?」

「やってみて損はない」

聞けば、横浜市内の名門ゴルフ場がキャディを募集しているという。一瞬「キャディ?」と思ったが、青々とした芝生が広がるゴルフ場は働く場所として気持ちいい。会員も経営者など客層が高く、これまでの接客の経験が生きるかもしれない。「やってみて損はない」と思った君塚は、内山の提案に応じてキャディの研修生として働き始めた。

実際に始めたところ、18ホール歩き回るので体力的につらく、距離計測が想像以上に難しいが、週3回、朝、ゴルフ場に通った。2022年3月には研修も終わり、一人前のキャディとして働いている。

「これまでずっと夜の店で働いてきましたが、今から思えば、甘えがあったかな、と。コロナで大変な思いをしていますが、44歳にして人生を変える、いいきっかけをもらったと思います。住宅ローンに総合支援資金と借金もあるけど、負けませんよ、私は」

■70歳間近で再起した元美容師

もう1人、生活援護課の支援で生活を建て直した女性がいる。座間市内で30年以上、美容院を営んできた竹内スミ子(仮名)である。

彼女の場合、2020年4月下旬に自分で生活援護課に相談に来た。「緊急事態宣言の発令でお客さんが誰も来ない。このまま続けられるか不安だ」という内容だった。対応した相談支援員の大島が詳しく話を聞くと、翌月の5月に借りている店舗兼自宅の契約更新があるという。美容師という仕事に見切りをつけようとしているということもわかった。

ただ、美容師を辞めて物件の契約更新を見送れば、自宅と仕事を同時に失う。しかも、借りたときに大家に預けた数十万円の保証金はあるものの、店舗を元どおりに原状回復しなければ保証金は戻ってこず、竹内には手持ちのお金がほとんどないため、借りている物件の原状回復ができない状況だ。

だが、チーム座間は見捨てない。

この複雑なパズルを解くためにはどうすればいいだろうか──。目の前に座る小柄な老女の話を聞きながら、大島はさまざまな考えをめぐらせた。大島は、林が自立サポート担当になった直後の2015年5月に任期付短時間勤務職員(現会計年度任用職員)として採用された、最古参の1人である。

コロナ禍による客足の減少がいつまで続くかわからないうえに、60代後半という年齢と、本人が美容師に見切りをつけようとしていることを考えれば、新しい仕事を始めたほうがいいかもしれない。その場合、店舗の契約更新が間近に迫っており、新しい仕事と住まいを早急に確保する必要があるが、本人にはお金がなく原状回復ができない。逆に言えば、原状回復さえできれば保証金が戻ってくるので、住み替えも可能になる。

後払いで原状回復?

そこで、大島は就労相談員の井上に仕事探しを依頼すると同時に、プライムの石塚に、後払いで原状回復をお願いできる工事業者を探してほしいと頼み込んだ。原状回復の費用を保証金で支払うということだ。もちろん、林は了承済だ。

「えっ、後払いですか」


一瞬、言葉に詰まった石塚だが、彼女もチーム座間の一員である。知り合いの業者に連絡を取り、事情を話して協力してくれる業者を探し出した。そして、原状回復して大家に引き渡し、戻ってきた保証金で業者に支払いを済ませた。

「石塚さんには、ほとんど半泣きでお願いしました」

そう大島は振り返る。

仕事のほうは、生活援護課が手がける無料職業紹介事業に座間市役所の清掃業務があり、そちらを紹介した。竹内は70歳近いが、やはり仕事を持っているのといないのではアパートの借りやすさが違う。

実際の引っ越しは5月3日。竹内が相談に来てから10日ほどの早業だった。

「引っ越しは私と石塚さんもお手伝いしました。チーム座間の何が欠けても、うまくいかなかったと思います。引っ越しが終わった後は、本当にほっとしました」

(篠原 匡 : 作家・ジャーナリスト・編集者)