入園者数の上限引き下げはオリエンタルランドの戦略の大きな転換点。パークは今後どう成長するのか(記者撮影)

東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは歴史的な転換点を迎えている。ゲストのパーク体験の質を向上させるため、「1日当たりの入園者数の上限をコロナ禍前より引き下げる」方針を明らかにしたのだ。

東京ディズニーランド開業から39年、パークに投資をして入園者数を増やすことで収益を拡大し、さらに投資を進めるサイクルを繰り返してきた。だが、コロナ禍でゲストの満足度が向上したこともあり、より高付加価値型のリゾートへと舵を切る。

今後のリゾートをどう成長させるか。2021年6月に就任した吉田謙次社長を直撃した。

――コロナ禍では2020年2月末から6月末まで4カ月間の休園があり、その後も大幅な制限の下で営業してきました。どんな苦労がありましたか。

休園は東日本大震災以来だった。震災時は1カ月強で、これほど長期にわたったことはない。従業員にどうゲストを安全に迎えるか考えてもらい、ディスタンスを保つラインを引き、飲食施設ではテーブルにシールドを立てる、消毒液をどこに置くか決めるなど、さまざまな安全対策を講じてきた。


吉田社長はコロナからの回復にあたり思い切った方針を定めた。「ゲストの体験価値を最大化することを最優先に考える。中期計画の3年間をかけてじっくりと検証していく」(写真:尾形文繁)

私はフード本部長を務めていた。日々のメンテナンスが必要で、運営を止めると再開まで時間がかかる。アトラクションと同様に、フードも一定程度機器を動かしていた。食材や商品の仕入れは相手方もあるので簡単にはいかなかったが。「そろそろ再開できそう」というタイミングで準備を加速することを繰り返してきた。

入園者数制限で見えてきたこと

――5月に公表した中期経営計画では、1日当たりの入園者数の上限を抑える方針を打ち出しました。なぜコロナ前とは違う戦略を打ち出したのですか?

コロナ以前、入園者数が非常に多いときでも、ゲストのアンケートによる体験価値、「また来たい」という再来園の意向は高いレベルだった。ただ、ゲストの体験価値をさらに、どう高めていくか考える中で、入園者数の上限を引き下げる可能性について議論はしていた。

実際、コロナ禍になって制限すると、ゲストの皆様が自由に使える時間が増え、アトラクション体験やエンターテインメントの鑑賞、商品の購入、飲食などが効果的に働いた。その結果、パークの「体験価値」が非常に上がった。上限を引き下げることで満足度を高め、違った体験価値を提供できると考えている。


一方で平日などは入園者数を底上げし、平準化する。この両輪を回すことで、パークの環境を維持しつつ多くのゲストをお迎えできる。この形がこれからの社会、われわれのビジネスにとって大事という判断だ。

入園者数は10年以上前の水準に戻す

――2025年3月期の入園者数は「2600万人レベル」としており、10年以上前の水準に戻ることになります。

これまでは増え続ける需要に対して拡張し、効率化を図ることで対応してきたが、キャパシティを広げるためだけに拡張を続けることは望ましいのかと。拡張には人員確保も必要だし、さらなる投資も必要になる。

5年後、10年後、その先を考えたときに、持続的な成長をしていくうえで課題があった。もちろん、今後もリゾートへの投資は続ける。現本社の土地についても開発しないと宣言しているわけではない。必要なら拡張を視野に入れてやっていく。

ゲストからはいろいろな声をいただくが、制限によって待ち時間が短くなることが想定できるので、好意的に受け取られている方が多い。株主からは「収益的、財務的に大丈夫か」との声もあるが、おおむね理解いただいている。


――今後3年間で具体的な上限の人数を模索していく方針です。どんな点がポイントになりますか?

ゲストがどんな満足度なのか、つねに調査を行っている。毎日の来園者調査(エントランス付近で実施、eチケット購入者にメールで質問を送る形式)から定期的な調査、社内の施策を検討するための調査も行っている。

そうした過去の数字から「このくらいの入園者数なら満足度はさらに高まる」という想定がある。パークは生き物に近いものがあるので、それが正しいかはわからないが。ディズニーシーは2023年度に新エリア「ファンタジースプリングス」が開業すればキャパシティが上がる。それも含めて、今後3年間で見極めていく。

アメリカのディズニーとは、東京ではこんな施策を行っているなど、情報交換はつねにしている。アメリカも休園を経て、再開後は入園者数を制限するなど、同じようなステップを踏んできた。上限の引き下げについても異論はなかった。満足度を重視しているのは東京だけではないので。

――単価引き上げを重視する一方で、足元では子供料金を半額にする夏場のキャンペーンを実施しています。狙いは?

報道されているほど皆さんが活発に動かれているかというと、そうではなく、まだ安心できない状況だ。ただ、小さなお子様連れの家族などはもっとお迎えしたい。3年ぶりの行動制限のない夏にはこうした施策が必要だろうと。子供料金の半額キャンペーンは震災後にも実施して非常に好評だった。

7月に販売を開始した「ウィークナイトパスポート」(平日17時以降に入園)や「アーリーイブニングパスポート」(休日15時以降に入園)も、短時間で楽しんでいただけるニーズが出てきたということで投入したものだ。

2023年度開業新エリアのポイント

――2023年度開業予定のファンタジースプリングスではどんな体験ができますか?

『アナと雪の女王』『塔の上のラプンツェル』『ピーター・パン』の大型アトラクションが3つ入る。レストランも3つ、商品店舗はホテルの中に入る。ホテルはシーの「ホテルミラコスタ」と同じようにパーク一体型で、客室はデラックスタイプとラグジュアリータイプがある。最上級のラグジュアリーは50室弱(全475室)だ。

非常に大きな敷地で、中を回遊していただくだけでも楽しめる。ロックワーク(擬岩)がふんだんに使われていて、それぞれのエリアでロックワークを楽しんでいただく。開業によってキャパシティが上がり、体験価値も上げられる。開業時にコロナが収束していることを祈るばかりだ。


――日帰りも多い立地ですが、より滞在型のリゾートを目指す中、宿泊するゲストをどう増やすのでしょうか。

4月に「トイ・ストーリーホテル」が完成し、2023年度にはファンタジースプリングスのホテルも開業する。可能な限りリゾートに泊まって両パークを満喫していただきたい。

「イクスピアリ」もそうだし、「舞浜アンフィシアター」も10月からは劇団四季の『美女と野獣』のミュージカルが始まる。リゾート全体でお楽しみいただきたい。これからはインバウンドも戻ってくる。パークとホテルの連携が今まで以上に重要になるだろう。

大きなフックになるのは、やはりファンタジースプリングス。パークの景観がホテルの部屋から見られるので「泊まりたい」というフックになる。トイストーリーホテルも、あそこまで映画に特化したホテルは初めて。泊まること自体が楽しいと思ってもらえる。

――チケット価格は変動価格制を導入するなど、値上げを進めてきました。それでもアメリカ・フロリダのリゾートなどは倍以上の価格設定です。値上げ余地をどう考えていますか。

フロリダは1週間ほど滞在される方も多い。1年に1回、数年に1回の方も多い。われわれはどちらかというと足繁く、シーズンごとにパークの景観を楽しんでいただきたい。春はイースター(復活祭)、夏は水浴び、秋はハロウィン、冬はクリスマスなどのイベントがある。フロリダとはちょっと違いますね。「チケット価格をもっと上げればいいのに」とはよく言われるが、複数回来やすい価格設定にしているつもりだ。

年間パスポートの復活は「未定」

ただ、値上げの余地がないわけではない。ゲストの遊び方がどうなるかも見極めていく。一概にチケットの価格だけを、上げられるから上げようとはまったく考えていない。ホテルに泊まらない方も楽しめる必要があり、いろいろな選択肢を用意することが一番大事だ。

――年間パスポートの復活はありますか? 来園頻度が高い年パス保持者が増えると、満足度を重視し滞在型リゾートを目指す戦略と相反する部分もありそうです。

現時点で未定としか申し上げられない。

年パスを持つゲストは本当にディズニー、東京ディズニーリゾートを愛してくださる方ですので。難しいところだが、まだ何も決まっていない。


吉田謙次(よしだ・けんじ)/1984年オリエンタルランド入社、2015年に執行役員 経理部長。2017年フード本部長、2020年第8テーマポート推進本部長(兼任)などを経て2021年6月から社長兼COO(写真:尾形文繁)

――サービス業が人手不足に悩む中、パーク運営を支える熱心な人材をどう確保しますか?

4月にアルバイト社員の時給を一律100円引き上げた。正社員として安定的に働きたい方には「テーマパークオペレーション社員」があり、トータルで2000人が転換している。

今後のポイントは働く環境としてのハード面だ。アトラクションや商品施設、飲食施設の近くにあるオフィスの改善を進めている。休憩エリアの壁を塗り替え、椅子を休憩しやすいものに変えるなど、すでに手をつけている。

社員が働くうえで心と体の健康を保つことや、成長を支援することも重要だ。マネジメントが業務のアサインも含め、背中を押して「やってみよう」「一歩踏み出す勇気を持ってください」といった施策をやっている。

仲間や先輩、上司ともっとコミュニケーションをとることも大事かもしれない。チャレンジをする機会があると結果的に会社全体がよくなるし、採用でも「ここで働きたい」という方も増えてくる。きれい事かもしれないが、そういう地道な努力が一番重要だと思う。直接的な賃金の面に加えて、ハード面、心と体の成長など、全体で考えていく。

(田邉 佳介 : 東洋経済 記者)