ハワイの中でも屈指の知名度を誇るワイキキビーチ(編集部撮影)

「ここまで高騰するとは思わなかった」。

日本航空(JAL)旅客営業本部でチケット価格の管理などを行うレベニューマネジメント推進部の岩樋耕宗グループ長は驚きを隠さない。
 
燃油サーチャージが異例の急騰劇を見せている。燃油サーチャージとは、航空各社が運賃とは別に燃油費の上昇分を価格に任意で転嫁する制度のことだ。国内勢では、JALと全日本空輸(ANA)、スターフライヤーなどが国際線でこの制度を設けている。

例えば、海外旅行の定番先であるハワイのホノルル−成田線(日本発)の場合、JALの2022年8月〜9月の燃油サーチャージは30500円と、前年同期の約7倍にまで跳ね上がった。ANAも同様に、8月〜9月末のホノルル−成田線の燃油サーチャージは31100円と、前年同期の4400円から7倍以上に上昇した。


燃油サーチャージと連動して、国際線のチケット価格も上昇している。ホノルル−成田の往復便価格は、夏休みシーズン前の7月末であっても、ANAが15万7000円、JALが16万6000円となっている。8月からは同じ路線であれば、さらに1万円以上価格が上昇する。

ANAとJALの国際線チケットの価格は、「通常のチケット価格」と燃油サーチャージや税金など「諸経費」の2つで構成される。両社のホノルル−成田線の7月末チケット価格には、通常のチケット代10万円に、チケット代以外の費用が6万円ほど上乗せされている。

燃油サーチャージ急騰の背景

2005年に国内の航空業界に燃油サーチャージ制度が導入されて以降、燃油サーチャージが最も高くなったのは2008年10月〜12月で、ハワイ路線であればANAとJALともに22000円だった。2007年にアメリカで発生したサブプライムローン問題を受け、株式市場から原油先物取引などに資金が流入し、原油価格が上昇したことが要因だった。足元の燃油サーチャージ価格は、このときの水準を大きく超過している。

最近の燃油サーチャージ急騰の背景にあるのは、原油価格の上昇と円安進行だ。燃油サーチャージは、ジェット燃料である「シンガポールケロシン」のドル建て価格とドル円相場(日本発の場合)を掛け合わせて価格を決める。

シンガポールケロシンは原油から作られるが、昨今のウクライナ問題を受けて原油価格が急上昇。これに伴い、7月6日現在のシンガポールケロシンは1バレル140ドルとなっている。2021年の6月〜7月のシンガポールケロシン平均価格は、同42ドルだった。また、日米当局の金融政策の影響などを受けて、1ドル135円を超える水準の円安であることも(7月8日現在)、燃油サーチャージ高騰の要因となっている。

空前の高値圏は少なくとも2022年内は続きそうだ。ANAとJALのサーチャージ基準(国際線・燃油特別付加運賃)に基づき、7月6日現在のシンガポールケロシンと円相場から燃油サーチャージ価格を東洋経済が試算すると、10月〜11月のハワイ行き(日本発)については8月〜9月の水準から約2000円アップの33200円(ANA)、32800円(JAL)となる。

円安の要因となっている日米の金利差は当分続くことが予想される。原油についてはウクライナ侵攻によるロシアの減産を埋めるために石油輸出国機構(OPEC)が少しずつ増産をしており、価格は次第に落ち着いて行くだろう。こうした外部環境を加味すれば、燃油サーチャージは2022年の10月〜11月をピークに下がる可能性はあるものの、高値圏での推移となりそうだ。
 
航空便利用客の負担は、燃油サーチャージだけではない。現在、日本政府は水際対策を取っている。ハワイの場合は帰国の際、出国72時間前の新型コロナウイルスの検査と陰性証明書の提出を義務付けている。特定の医療機関で検査をし、陰性証明書を発行してもらう必要があるが、その料金は1回で2万円ほどだ。

海外旅行需要は戻り歩調

莫大なコストに加えて、手間もかかる現在の海外旅行。だが、意外にも「8月の予約状況は期待値並みで来ている」と、JALのレベニューマネジメント推進部の増村浩二部長は話す。同社の場合、4月〜6月の国際線の旅客数はコロナ前の2019年比で25%と低迷していたが、7月〜9月については45%まで回復すると見込んでいる。足元の旅客数はこの想定線で推移しているようだ。


ANAの超大型機A380はカメを模した特製のペイントを施す(記者撮影)

ANAは7月1日にハワイ−成田間の超大型機A380、通称「フライングホヌ」の運航を2年4カ月ぶりに再開した。同機はANAの中でも最大の機体(2階建て)で、席数520席を数える。同日の便はファーストクラスとビジネスクラスが満席、全体では409席が埋まり、搭乗率は78%だった。

【2022年7月9日11時55分追記】初出時の運航再開日を上記のように修正いたします。

ハワイ路線について、「5月のゴールデンウィーク以降の予約状況は、好調を維持している。(燃油サーチャージや円安はあるが)ハワイに行きたいという顧客の思いが勝っている」と、ANAの井上慎一社長は7月1日に行われたA380運航再開の会見で力強く語った。


ANA社長に就任する前は、グループ会社のLCCピーチの社長を務めていた井上慎一氏(記者撮影)

逆風下でも、海外旅行需要が積み上がっている理由について、ANAとJALの見解は一致している。足元では、コロナ禍で海外旅行が制限されていた反動によりリベンジ消費が沸き起こり、「PCR検査の手間や燃油サーチャージの追加料金などを支払ってでも海外へ行きたいという意欲の高い日本人観光客が多い」と、両社ともに見ている。

一方で、最盛期である8月やそれ以降の見方は、ANAとJALで若干異なっている。ANAは、「(燃油サーチャージの高騰は需要に)大きな影響があると思っていない」(レベニューマネジメント部の内藤哲也氏)と楽観的。これに対して、JALは「(今後の需要動向については)危惧している」(増村部長)としている。

JALが懸念するように、今後日本人の海外旅行需要が減少する要因としては次の2つが考えられる。

1つ目はチケット価格が高騰したことで、繰り返し旅行へ行く需要が減ることだ。「今は久しぶりに海外へ行こうという意欲のある人が多いが、(価格がこれだけ高騰すると)2回目、3回目と繰り返して海外旅行をするかどうかはわからない」(JALの増村部長)。

2つ目は、海外より安価な国内旅行にシフトする動きが出てくることだ。観光庁は、感染状況の改善が確認できた場合、7月前半をメドに全国を対象とした旅行支援事業を始めると発表している。価格が高騰している国際線とは対照的に、国内線の航空券付き旅行商品は割引補助を受けることができそうだ。

円安の影響もあり、海外旅行のコストがかさむとなると、海外旅行を断念して国内を選択する観光客が今後増える可能性は十分にある。

カギは外国人観光客の獲得

航空会社にとって燃油サーチャージは、8割程度の搭乗率があれば燃油料金のコスト増加分を相殺できる制度である。逆に搭乗率が低ければ、得られる燃油サーチャージの収入も少なく、燃油高騰分を賄うことはできない。

国内旅行客の海外渡航の先行きを不安視するJALだけでなく、先行きを楽観視するANAも、今後の戦略として外国人旅客の獲得に一層力を注ぐことが考えられる。現在、両社は国際線から国際線へ乗り継ぐ「三国間流動」の集客に成功している。

例えば、ANAは乗り継ぎが多い成田空港の北米・アジア路線の足元の搭乗率がコロナ前と同じ8割にまで回復しているという。JALも同様に5月はアメリカ大陸、東南アジア路線などの利用率が7割程度だったが、コロナ前に比べて三国間流動の需要が増加している。日本の地理的条件に加え、香港キャセイパシフィック航空やアメリカデルタ航空などが路線供給を戻せていないことが追い風となっている。

ANAはさらなる需要獲得のために、北米・アジア路線の増便を検討している。JALも乗り継ぎがしやすいダイヤ編成を構築していく構えだ。

燃油サーチャージ価格はいつ、どこまで上昇するのか。その先行きと同時に、インバウンド需要が戻ってきたときに外国人観光客をどこまで囲い込めるかも、航空各社の行方を占うカギとなりそうだ。

(星出 遼平 : 東洋経済 記者)