欧米は大量の武器をウクライナに送り続けている。元外交官で作家の佐藤優さんは「戦争が終結すれば、不要になった武器は地方の軍閥から闇市場へ流れ、国際的な犯罪組織やテロ組織の手に渡ってしまう可能性が排除できない」という――。(連載第15回)
写真=Ukrinform/時事通信フォト
2022年6月21日、ウクライナの首都キエフで、ルクセンブルクのグザビエ・ベッテル首相と共同ブリーフィングを行うヴォロディミル・ゼレンスキー大統領(写真提供=ウクライナ)。 - 写真=Ukrinform/時事通信フォト

■すでに大量の武器と弾薬がウクライナに送られている

6月16日、エマニュエル・マクロン仏大統領とオーラフ・ショルツ独首相、マリオ・ドラギ伊首相がキエフを訪問しました。3人はウクライナがEU加盟候補国となるのを支持するとともに、そのためにはロシアとの和平協議が不可欠であると述べました。

西側諸国のうち、フランス、ドイツ、イタリアが和平協議を呼びかける一方で、武器の支援に力を入れているのがアメリカ、イギリス、ポーランドです。アメリカはロシアがウクライナ東部で戦果をあげるようになってきたことで、「この戦争は外交によってのみ終結する」ものであり「大量の武器と弾薬を迅速に送ったのは、ウクライナが戦場で戦い、交渉の席で可能な限り強い立場に立てるようにするため」であり、「プーチン氏の失脚を望んではない」(5月31日、ニューヨーク・タイムズ)と強調しつつも、武器を送り続けています。

アメリカ国防総省のHPによると、今年6月1日までの間に、アメリカからウクライナに提供された主な武器は、以下の通りです。

・1400以上のスティンガー対空システム
・6500以上のジャベリン対空兵装システム
・2万以上のその他の対装甲システム
・700基以上の「スイッチブレード」戦術無人航空機システム
・155mm榴弾砲108門と155mm砲弾22万発以上
・155mm榴弾砲を牽引する戦闘車90台
・「ハイマース」高機動ロケット砲システム4基と弾薬
・Mi-17ヘリコプター20機
・数百台の装甲高機動多用途車輪型車両
・M113装甲兵員輸送車200台
・7000以上の小火器
・5000万発以上の小火器弾薬など

6月13日、ウクライナのポドリャク大統領府顧問はツイッターで、「戦争を終わらせるには、負けないだけの重火器が必要だ」と主張し、榴弾砲1000門、多連装ロケットシステム300基などと具体的に挙げて、欧米にさらなる支援を訴えました。

アメリカは2日後、これに応じる形で追加支援を発表し、バイデン大統領がゼレンスキー大統領に電話で伝えました。6月15日の国防総省の発表によれば、

・155ミリ榴弾砲18門
・155ミリ榴弾砲の弾薬3万6000発
・155mm榴弾砲を牽引する戦闘車18台
・「ハイマース」高機動ロケット砲システムの追加弾薬
・修理用の車両4台
・「ハープーン」地対艦ミサイルシステム2基
・暗視装置、熱探知機、その他の光学機器 数千など

というのが、その中身です。開戦当初は個人で携帯するタイプが中心だったのが、完全に重火器へシフトしたことがわかります。

■地域ごとにある郷土防衛隊は、必ずしも政府の指揮下にはない

ロシアが侵攻を開始する1カ月前の1月24日から6月7日までの間に、G7やEU各国が表明した軍事・財政・人道分野の支援額を、ドイツの調査研究機関「キール世界経済研究所」が集計した結果を、6月20日の読売新聞が報じています。

各国の支援総額は783億ユーロ(約11兆円)に上り、国別では米国が427億ユーロ(55%)、英国48億ユーロ(6%)、ドイツ33億ユーロ(4%)などと続いた。日本は6億ユーロ(0.7%)で7位だった。
米国は射程の長い榴弾砲や、高機動ロケット砲システム(HIMARS)など最新兵器の支援を次々と表明している。軍事物資購入に充てる資金援助を含めた軍事分野の支援額(240億ユーロ=約3兆4000億円)は、日本の今年度防衛予算(5兆4000億円)の半分を超える。

日本ではあまり議論されませんが、これだけ大量の最新兵器が送られることについて国際社会では、戦争を長引かせる以外の問題を懸念する声が出ています。ウクライナ軍による武器の管理に不安があるからです。渡した武器がその後どうなっているか、誰も把握できないのが現状です。

歩兵携行式多目的ミサイル「FGM-148 ジャベリン」(写真=United States Army/PD US Army/Wikimedia Commons)

ウクライナでは、正規軍のほかに地域ごとの郷土防衛隊があります。マリウポリで有名になった「アゾフ連隊」もそのひとつですが、必ずしもキーウの指揮命令下にはありません。こういった組織に重火器を送れば、やがて各地域に軍閥が乱立する可能性があります。

■2014年の紛争開始以来、30万個の武器が行方不明に

5月27日のAFP=時事は、こう報じました。

以前からウクライナの武器管理については疑義が呈されており、米軍の監査部門は2020年、ウクライナに供与された武器の監視体制を問題視していた。

米NGO、紛争市民センター(CIVIC)のアニー・シール氏は、「ウクライナに武器を送っている米国や他の国々は、市民を保護するために、どのようなリスク緩和や監視の措置を取っているのかに関して透明性を著しく欠いている」と批判する。

同団体は、武器を供与した後に追跡する必要性があると訴える。だが、武器管理の専門家は、紛争地で武器の行方を追跡するのはほぼ不可能との見解を示している。

かねてウクライナからの兵器や技術の流出は問題視されていました。ソ連時代、軍需都市だったウクライナは大量の兵器と技術を保有していました。米ソ冷戦後にウクライナが独立すると、外貨を得るために兵器や技術は紛争地も含めた世界各地に流出したという歴史があります。

2014年にロシアがクリミア半島を併合したことで、ウクライナ東部ドンバス地方で親ロシア派武装勢力と政府軍が衝突するようになると、ウクライナ国内で武器の略奪が始まります。スイス・ジュネーブの調査機関「スモール・アームズ・サーベイ」によると、「2014年の紛争開始後、両陣営を支援する団体や個人が、国有の武器・弾薬保管施設の一部を略奪しました。当局の推定によると、2015年までに戦場での押収やその他の転用により、30万個の小火器・軽兵器が行方不明となり、クリミアだけでも10万個が行方不明になった」といいます。

戦争が終結すれば、不要になった武器は地方の軍閥から闇市場へ流れ、国際的な犯罪組織やテロ組織の手に渡ってしまう可能性が排除できません。

■アメリカがアフガンに提供した大量の武器が、アルカイダの手に渡った

アフガニスタンが現在のようなありさまになったのも、80年代にアメリカが大量に兵器を送ったことがきっかけでした。携行式の地対空ミサイル「スティンガー」が有名になったのは、侵攻してきたソ連軍と戦うムジャヒディンにアメリカが大量に提供し、武装ヘリを次々と撃墜したからです。

ソ連の撤退後、その一部はアルカイダなどイスラム主義武装勢力の手に渡りました。同じことが、この戦争のあとのウクライナで起こる恐れがあります。

すでに、国際刑事警察機構(インターポール)が動き始めました。6月2日のAFPは、こう伝えています。

国際刑事警察機構(インターポール、ICPO)のユルゲン・ストック事務総長は1日、ウクライナに供与される武器の一部が紛争終結後、欧州をはじめとする世界の犯罪組織の手に渡る恐れがあるとし、武器追跡データベースを活用した監視に着手するよう加盟各国に呼び掛けた。

「こうしている間にも犯罪者はすでに(ウクライナに供与された武器に)目を付けている」

ストック氏は「重火器ですら闇市場に出回るようになるだろう」と警告。「われわれには武器に関する情報を共有するデータベースがある。いずれの国・地域も単独では対処できないため、それを活用するよう加盟国に促しているところだ」と述べた。

前述した読売の記事(6月20日)には、こんなくだりもありました。

キール研究所が公開情報を分析したところ、ウクライナに実際に届いた米国の兵器・弾薬は、約束した分の48%(金額ベース)にすぎず、ドイツはさらに低い35%だった。37カ国全体でも69%にとどまるという。
また、ウクライナ政府に対する財政支援は総額309億ユーロが約束されたものの、支払われたのは2割弱だった。

送ると言った武器をドイツがなかなか送らないのも、ウクライナとロシアの双方から拒否されたとはいえイタリアが停戦案を作ったのも、支援に慎重な姿勢の表れです。ウクライナへの武器供与は、いずれ世界の治安に跳ね返ってきます。海を隔てているアメリカやイギリスはまだしも、国が陸続きのドイツやフランスにとってひとごとではないため、温度差が生じるのです。

■ジャベリンを持った銀行強盗が出現する

5月22日の琉球新報の社説の中で、東京外語大の伊勢崎賢治教授が次のようにコメントしていました。伊勢崎さんは過去に国連職員として、世界各地の紛争の停戦や武装解除の交渉を担当した経験をもっています。

今、国際社会が目指すべきは、両国間の停戦の合意形成だ。西側諸国や日本は真逆のことをしている。なぜ武器や装備を送って、戦争を継続させる支援をするのか。今のやり方では、武器は最終的に誰の手に渡るか追跡できず、武装勢力の乱立につながるおそれがある。
(中略)
ウクライナ市民の命を救うために停戦を目指すべきだ。

武力紛争を肌で知る実務家ならではの警告です。前述のAFP=時事(5月27日)は、こう書いています。

あるフランス軍幹部は、ウクライナで華々しい戦果が伝えられた対戦車ミサイル「ジャベリン」を引き合いに、起こり得るシナリオを開陳した。「ジャベリンを持った銀行強盗が出現すれば、泣きを見ることになるだろう」

6月27日、主要7カ国首脳会議(G7サミット)にオンラインで参加したウクライナのゼレンスキー大統領は、さらなる武器の提供を訴え、G7の首脳はロシアへの圧力の強化とウクライナへの迅速な兵器の供与に取り組む方針を強調しました。際限のない武器供与は、どんな危険をもたらすかしれません。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優 構成=石井謙一郎)