フォートレスはヨドバシホールディングスと協議を進めており、西武池袋本店にヨドバシが入居することも検討されている(撮影:今井康一)

「これで一件落着とはならないのではないか」

セブン&アイ・ホールディングス傘下で、百貨店を展開するそごう・西武の売却をめぐって、ソフトバンクグループ傘下のアメリカの投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループの優先交渉権獲得が有力となったことが明らかになった。

だが、このニュースに触れたそごう・西武の幹部は開口一番、冒頭のように語り、「今後、さらなる紆余曲折があるのではないか」と見ている。

提示価格が一番高かったフォートレス

そごう・西武をめぐっては2006年、前身であるミレニアムリテイリングをセブン&アイが2000億円超で子会社化。しかし百貨店業態の地盤沈下も相まって、長きにわたり経営不振が続いていた。

そうした状況下でセブン&アイは、株主であるアメリカの投資会社、バリューアクト・キャピタルからコンビニエンスストア以外の不採算事業の売却を迫られたこともあり、そごう・西武の売却を決断する。

2022年2月末に締め切られた1次入札には、ゴールドマン・サックスをはじめとする外資系投資銀行や投資ファンドなど10グループ以上が応札。その結果、いずれもアメリカの大手投資ファンドであるブラックストーン・グループ、ローンスター、フォートレスのほか、シンガポール政府投資公社(GIC)の計4社が残り、2次入札にはブラックストーンを除く3社が進んだ。

事情に詳しい複数の関係者によれば、3社の提案はざっと次のようなものだった。

もっとも高い金額を提示したのが、優先交渉権獲得が有力となったフォートレス。一部には、「セブン&アイが投資した2000億円を大きく上回り、3000億円を優に超える金額だったのでは」(投資ファンド幹部)との見方もある。

そごう・西武は1500億円程度の有利子負債を抱えているうえ、「(グループ内での負債を合わせると)3000億円程度の負債がもれなくついてくる」(前出の投資ファンド幹部)。それだけに、この提示価格の高さは驚きを持って受け止められた。

再建策としてフォートレスは、ノウハウを持つ流通企業と連携するとの提案をしているもよう。家電量販大手のヨドバシホールディングスと協議を進めており、西武池袋本店への入居も検討されている。


ビックカメラ本店やヤマダデンキの大型店もある池袋駅前。仮に西武池袋本店にヨドバシが入れば、家電量販の集積地となる(撮影:今井康一)

次いで金額が高かったのはローンスター。そごう・西武は現在国内で10店舗を展開しているが、同社の提案は採算が確保できそうな首都圏の数店舗を残し、一定程度の雇用を守りながら再建を果たすという内容だ。

「規模が小さく、赤字垂れ流しの地方店の再建は誰がやっても無理で、ある程度のリストラはやむを得ない。そごう・西武の将来を考えればもっとも現実的な提案」。別の投資ファンドの幹部は、ローンスターの提案をそう評する。「フロアごとに収益を算出するなど、提案の緻密さでは群を抜いていた」(同)。

GICはリストラせず全店維持を提案

一方でもっとも安い金額ながら、そごう・西武にとってみれば「願ったり叶ったり」(そごう・西武幹部)だったのがシンガポールのGICの提案だ。地方店も含めすべての店舗を残し、雇用もすべて守るという内容だったからだ。

早期の出口戦略を描かなくていい政府系ファンドならではの提案であり、大規模なリストラを不安視していたそごう・西武にとってみれば、ありがたい提案だった。

金額ではフォートレスだが、そごう・西武にとっての受け入れやすさではGIC──。そんな各社の提案内容だっただけに、これまでの過程ではさまざまな思惑が入り乱れ、紆余曲折があったという。

だが、ふたを開けてみればフォートレスが頭ひとつ抜け出た形で、「(経営陣は)金額の高さで判断したのだろう」(セブン&アイ幹部)との見方がもっぱらだ。というのも、今回の入札を取り仕切っているのが、創業家出身でセブン&アイの取締役常務執行役員を務める伊藤順朗氏と、伊藤氏が管轄している経営推進本部だからだ。

「創業家出身者として祖業であるイトーヨーカ堂の行方には関心があっても、そごう・西武に関しては思い入れがない。もっとも高く売れればそれでいいと考えたのではないか」(セブン&アイ幹部)

セブン&アイの井阪隆一社長にしても「そごう・西武は鈴木(敏文元会長)案件で、セブン‐イレブン出身の井阪さんは興味がない。グループ内で足を引っ張る存在でもあり、鈴木色を排除するためにも、高ければどこでもいいと思っていたのでは」(同)と見る向きもある。

再建の実効性をめぐり詰めの議論へ

確かに欧米のM&A界では、行き過ぎた企業買収防衛策や経営判断を排除するため、買収価格の最大化を図らなければならない「レブロン基準」というルールが一般的。日本ではなじみが薄いものだが、要は価格が少しでも高い候補者に売却しなければならないというもので、そのルールに則ったとの見方もできる。

ただ、フォートレスの提案内容は「店舗にヨドバシカメラを入れるというだけで、具体的な再建策はない」(セブン&アイ幹部)と見られている。提示価格に見合った再建を果たせるのかは不透明だ。仮に再建が思うように進まなかった場合に店舗を売却しようにも、池袋や渋谷などのそごう・西武の店舗は権利関係が複雑で容易ではない。

「とりあえず、優先交渉権の付与が濃厚となったことで一歩踏み出したが、再建の実効性をめぐって詰めの議論が交わされることになる。最終決定に至るまでには、さらなる時間を要するのではないか」(そごう・西武幹部)。売却に向けて一歩ステップは進んだものの、そんな不安が渦巻いている。

(田島 靖久 : 東洋経済 記者)