まさかのカンニング用!?天皇陛下や神職が手に持っているあの板は何?笏(しゃく)にまつわる雑学

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いつだったか、聖徳太子の肖像を見た方からこんな質問をいただきました。

聖徳太子の肖像「唐本御影」

「この手に持っている板は何のためなの?」

「それは笏(しゃく)と言って、持つことで気を引き締めたり、裏側にカンニングペーパーを貼りつけたりするものです」

話は「へぇ」で終わったのですが、せっかくなので今回は笏にまつわる雑学を紹介。もしかしたら、話しのタネくらいにはなるかも知れません。

笏の語源やサイズ・形状

笏の起源は中国とされており、大宝律令(大宝元・701年)にその取り扱いが規定されていることから見て、飛鳥時代以前には日本へ入ってきていました。

明の万暦帝(画像:Wikipedia)

笏という字はもともと「コツ」と読みますが、骨≒死に通じて縁起が悪いと嫌われ、いつしか「しゃく」と読むようになったとか。

なぜ「コツ」が「しゃく」になったについては、柞(ははそ、サク)の木を使ったのが訛ったとか、あるいは長さが一尺(約30.3センチ)だからとか諸説あると言います。

材質は大きく象牙でできた牙笏(げしゃく)と木製の木笏(もくしゃく)があり、大宝律令では五位以上の者が牙笏、六位以下の者は木笏を用いることが規定されました。

……(前略)……其五位以上牙笏。散位亦聴把笏。六位已下木笏。

※『続日本紀』巻八 養老3年(719年)2月壬戌(2月3日)条

牙笏については象牙のほか犀(サイ)の角、木笏については桜や櫟(いちい)の材木などが使われたと言います。

後に身分とは関係なく、礼服の時は牙笏、平素は木笏を用いるようになっていきました。

ちなみに一尺が笏の語源と言いましたが、平安時代に編纂された『朝野群載』では笏の基準サイズや形状が定められています。

長さ:1尺2寸(約36.4センチ)
上幅:2寸7分(約8.2センチ)
下幅:2寸4分(約7.3センチ)
厚さ:3分(約0.9センチ)
※一寸を約3.03センチとする。

また、身分や状況によって形状も使い分けました。

川村清雄「徳川慶喜肖像」。上が方形なので下(手に隠れて見えない部分)は円形……つまり慶事に臨んでいる姿が描かれている。

天皇陛下:上下とも方形(角ばった形状)
臣下:上下とも円形
神事:上円下方(上が丸くて下が角ばった形状)
慶事:上方下円(上が角ばって下が丸い形状)

恐らく神事は弔事(神仏にお仕えして死者を祀る場)でもあるため、慶弔によって使い分けたものと考えられます。

笏の乱れは心の乱れ?

やがて時代は流れ、明治時代に入ると神職が祭礼に臨んで威儀を正すための彩物(さいもつ)とされました。女性神職の場合は笏の代わりに扇を用いることもあると言います(もし女性神職を見かける機会があったら、チェックしてみたいですね)。

基本的に右手で持ちますが、出雲大社のように両手で持つところもあるようです。

握り方については特に決まりがないのか「教える人によって異なる(知人の神職談)」らしく、しっかりとグリップするよう教える人も、指先に神経を集中して持つよう教える人など様々と言います。

この神職さんは、どうでしょうか?(イメージ)

「祭礼に臨む神職が真剣に奉仕しているか、笏を見れば判ります。どんな持ち方であれ笏が身体に対して傾いて(乱れて)いれば、たいてい邪念を浮かべているものです(同)」

……とのこと。地鎮祭や七五三など、ご祈祷を受ける機会があったら、笏の持ち具合をチェックしてみると面白いかも知れません。

カンニングペーパー(笏紙)を貼っては剥がし……

ところで冒頭に笏は「カンニングペーパーを裏に貼るためのもの」と言いましたが、どんな時に使うのでしょうか。

古来宮中の作法は煩雑であるため、そのすべてを記憶するのは非常に困難でした。なので、式次第や作法などを記した笏紙(しゃくがみ)を裏側に貼り付けておいたのです。

もちろんすべてを書くことは出来ないので、要点だけを効率よくまとめておくスキルが求められたことでしょう。

公務や儀礼のたびに剥がしては貼りなおすのですが、何度もやっている内に続飯(そくい。飯粒を練った糊)で笏の表面がボロボロになってしまいます。

用途に応じて笏を揃えておけば貼りかえる頻度を抑えられるのでしょうが、笏もなかなか高かったようで、下級貴族にはそんな余裕はありませんでした。

『枕草子』筆者・清少納言。藤原光起筆

そこで清少納言『枕草子』では「いやしげなるもの(卑しげなる=下品な物)」の例として「式部丞(しきぶのじょう)の笏」を挙げています。

式部丞とは式部省(宮中の儀礼式典などを司る部署)に仕える判官の総称で、その位階は五位から六位とあまり経済的余裕がありません。

儀礼や式典など覚えること=笏紙を貼る機会が多いけど、笏を買い足す・買い替える・買いそろえる余裕がないため、笏はどんどんボロボロに。結果どうしても「いやしげ」になってしまうのでした。

どっちも同じ作りだけど……裏と表の見分け方

ところでさっきから「裏に笏紙(カンニングペーパー)を貼る」と言っていますが、笏の裏ってどっちか判りますか?

基本的に、笏はどっちの面も同じ作りになっているので、見分けようとしても意味がありません。

持ち疲れたのか、笏を持ち帰る保科正之。どんな時でも裏は見せない。狩野探幽筆

正解は「自分が裏と決めた方」とのこと。前出の方によれば、どっちを裏としても構いませんが「一度『裏』とした側を決して相手に見せてはならない」ということです。

そこで持っている時はもちろん、置く時も手前に伏せてから時計回りに反転させて持ち手を手前に向け(※持ち手が相手に向いているのは失礼である上、持ち上げられて=裏を見られてしまうかも知れません)、また持つ時は逆の手順で戻すのだとか。

こうした優美な仕草から、貴族たちがいかに笏の裏すなわち手の内を見せないか、に気を遣ってきたかが窺われます。

現代の神職さんが使っている笏も、その裏側をちょっと覗いてみたくなりますよね。

終わりに

以上、笏についてその起源や雑学など紹介してきました。

笏を二つに割って打ち鳴らす楽器・笏拍子(しゃくびょうし)。笏にはこんな使い方も。

こういう身近にある何気ないものでも、理由があってそこにある訳ですから、調べてみるといろいろと面白いものです。

今後、いろんな機会で神職さんと接することがありましたら、その手に持っている笏に注目してみようと思います。

※参考文献:

阿部猛 編『日本古代史事典』朝倉書店、2005年8月八束清貫『神社有職故実』神社本庁、1997年4月