【▲ 星間空間をさまよう孤立したブラックホールの想像図(Credit: ESA/Hubble, Digitized Sky Survey, Nick Risinger (skysurvey.org), N. Bartmann)】


太陽系から意外と近いところでも、ブラックホールはさまよっているのかもしれません。米国・宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)のKailash Sahuさん率いる研究チームと、カリフォルニア大学バークレー校のCasey Lamさん率いる研究チームは、「いて座」の方向約5000光年先にブラックホールとみられる天体を発見したとする研究成果をそれぞれ発表しました。


見つかったのはブラックホールのなかでも一番軽いタイプの「恒星質量ブラックホール」(質量は太陽の数倍〜数十倍)で、質量は太陽の5.8〜8.4倍(Sahuさんのチーム)あるいは太陽の1.6〜4.4倍(Lamさんのチーム※)と推定されています。


※…質量が範囲の下限だった場合は中性子星の可能性もあるとされています


アメリカ航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)によると、正確な質量測定にもとづいて星間空間をさまよう孤立したブラックホールの直接的な証拠が得られたのは、今回が初めてのこととされています。これまでに発見されたブラックホールの質量は、連星系や銀河中心核での相互作用、あるいは統計を通して推定されてきました。


太陽と比べて8倍以上重い恒星は、生涯の最後に超新星爆発を起こして中性子星やブラックホールを残すと考えられています。恒星質量ブラックホールは天の川銀河だけでも1億個が存在していて、その多くが孤立して星々の間をさまよっていると予想されており、統計上は地球から80光年先にも存在している可能性を今回の発見は示しているようです。


■重力マイクロレンズ現象を利用して「孤立したブラックホール」を発見

ブラックホールは光(電磁波)で直接見ることができない天体です。前述のように恒星質量ブラックホールは天の川銀河だけでも1億個あると考えられていますが、これまでに見つかっているのは恒星と連星をなしている20個ほどに限られていました。このようなブラックホールを含む連星は「ブラックホール連星」と呼ばれています。



【▲ 天の川銀河と大マゼラン雲で見つかった22組のブラックホール連星を描いた動画「NASA's Black Hole Orrery」】
(Credit: NASA's Goddard Space Flight Center and Scientific Visualization Studio)


ブラックホール連星では恒星の外層から直にガスが流れ込んだり、恒星の表層から吹き出た恒星風が強い重力に捉えられたりすることで、ブラックホールにガスが落下していくとみられています。ガスはまっすぐブラックホールに向かうのではなく、らせんを描きながら落下していくため、ブラックホールの周囲には降着円盤と呼ばれる構造が形成されます。


降着円盤の温度は非常に高く、可視光線やX線といったさまざまな波長の電磁波が放射されていると考えられています。ブラックホールそのものを電磁波で観測することはできませんが、ブラックホールの周囲に形成された降着円盤からの電磁波を捉えることで、間接的にブラックホールの存在を知ることができるのです。


しかし、恒星と連星を組まずに孤立してさまよっているブラックホールの場合、降着円盤を頼りに検出することはできません。そこで2つの研究チームは、さまようブラックホールが起こした「重力マイクロレンズ現象」を利用した検出を試みました。


重力マイクロレンズとは、遠くにある恒星(光源星)と地球の間を別の天体(レンズ天体)が通過した時に、レンズ天体による時空間の歪みによって光源星を発した光の進む向きが変わることで、光源星の明るさが時間とともに変化する現象です。この現象を利用した観測手法は「重力マイクロレンズ法」と呼ばれています。


【▲ ハッブル宇宙望遠鏡によって観測された重力マイクロレンズ現象「OB110462」。拡大図は左から2011年8月8日・2011年10月31日・2012年9月9日・2017年8月29日に取得された画像で、矢印で示された星の見かけの明るさが変化していることがわかる(Credit: NASA, ESA, K. Sahu (STScI), J. DePasquale (STScI))】


両チームが分析したのは、「ハッブル」宇宙望遠鏡によって観測された重力マイクロレンズ現象「OGLE-2011-BLG-0462/MOA-2011-BLG-191」(以下「OB110462」)です。重力マイクロレンズ現象はこれまでに天の川銀河で約3万例が観測されているといいますが、強い重力を持つブラックホールがレンズ天体だったOB110462は、270日間という長期に渡って続いたことが特徴としてあげられています。また、レンズ天体が恒星の場合、2つの星の光が重なり合うことで光源星の色が一時的に変化しますが、光を放射しないブラックホールが起こしたOB110462では色の変化がみられなかったといいます。


さらに、地球から見た光源星の位置は、時空間の歪みによってわずかにずれて見えるといいます。この「ずれ」をハッブル宇宙望遠鏡の観測によって高い精度で測定することで、2つの研究チームはブラックホールの質量を推定することができました。光源星の近くには別の明るい星が見えているため、測定にあたっては隣接する星の光を慎重に差し引く必要があったようです。「明るい電球の隣にいるホタルの小さな動きを測定するようなものです」(Sahuさん)


【▲ 重力マイクロレンズ現象によって光源星の位置がずれて見える様子を示した模式図。実際の位置(Real star positon)から発せられた光の進む向き(矢印付きの青い線)が時空間の歪みによって変化することで、別の位置(Observed star position)に星があるように観測される(Credit: ILLUSTRATION: NASA, ESA, STScI, Joseph Olmsted)】


見つかった天体はブラックホールではなく中性子星の可能性も残されていますが、どちらも超新星爆発の後に残される天体であり、別の星を伴わず孤立した状態で見つかったのは初めてのことだとLamさんは語っています。孤立したブラックホールによる重力マイクロレンズ現象は数百件に1件と予測されており、さらなる検出が天の川銀河をさまようブラックホールについての新たな見識をもたらすと期待されています。


 


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Image Credit: NASA, ESA, K. Sahu (STScI), J. DePasquale (STScI)NASA/STScI - Hubble Determines Mass of Isolated Black Hole Roaming Our Milky Way GalaxyESA/Hubble - Hubble Determines Mass of Isolated Black Hole Roaming Our Milky Way

文/松村武宏