70代の元営業職員による金銭詐取が発覚した明治安田生命(撮影:尾形文繁)

明治安田生命保険で発覚した70代の元営業職員による金銭詐取事案をめぐって、業界に波紋が広がっている。

一部報道で金銭詐取が表沙汰になった6月中旬、明治安田生命は当初、「被害拡大のおそれがないため、公表の予定はない」と報道各社に説明していた。だが、その後も新たな事実を伝える報道が相次ぎ、6月27日に一転して公表に踏み切った。

対応が後手に回ったことで、生保各社の間で「不都合な何かを隠そうとしていたのではないか」「事態を矮小化しようとしているのでは」という余計な勘繰りを生むことになったが、何よりも“悪手”だったのが、被害拡大のおそれがないと判断した初動対応だ。

架空の養老保険などを提案

そもそも、今回の事案は2021年10月、契約者から「保障金額を減らしたい」という契約内容変更の申し出があったことがきっかけとなった。

申し出を受けて契約内容などを確認する過程で、明治安田生命の新宿支社に勤務する70代の元営業職員(2020年10月末退社)が、保険料や契約者貸付金を不正に着服していたことがわかった。

さらに、同職員が過去に取り扱った全契約約1000件を洗い出し、契約者に電話や面談をしたところ、架空の養老保険などを提案し、金銭をだまし取っていたことも新たに判明したという。

一方で、当初は被害の範囲が数人にとどまっていたことから、明治安田生命としてはそれ以上の被害拡大のおそれはないとして、公表の必要なしと判断していた。

架空商品の提案と聞いて、生保業界の関係者であれば誰しも思い浮かべるのが、2020年に発覚した第一生命保険の元営業職員による19億円超の金銭詐取事件だろう。

同事件では、保険契約者以外の知り合いにも、第一生命の肩書を使って「(資金運用の)特別枠がある」などと言いながら、金銭をだまし取っていたことがわかっている。

それゆえ、営業職員による金銭詐取事案において、契約者以外にも被害者が存在しうることは、明治安田生命としても十に認識していたはずだ。

被害の範囲を見極めるためにも、本来であれば事案を早期に公表、広く周知して全容をつかむべきだった。しかし、調査対象を契約者だけに絞った結果、被害者が数人にとどまることから、被害拡大のおそれはないと結論づけていた。

その判断について、ある大手生保の幹部は「不祥事のダメージコントロールをするうえで一番まずい対応だ」と話す。

被害額は1億円超えか

さらに、公表した文書の内容にも疑問の声が上がっている。明治安田生命は元営業職員による金銭詐取の被害額について、文書では総額約2000万円と記している。


6月中旬に報道が相次いだことで、6月27日にようやく金銭詐取の事実を明らかにした(編集部撮影)

ただし、この総額には架空契約などにより金銭詐取したもの、その後和解に至った案件は含まれていない。明治安田生命の複数の幹部社員によると、実際に元営業職員が詐取した金銭(後に返還したものを含む)は総額で1億円を超えるという。

明治安田生命は調査の中で、「(架空契約など)事実認定が困難であった事案については、和解金として支払いを完了しているが、双方合意のもとで支払った金額であり、和解条項における守秘義務から回答できない」(同社広報部)としている。

個別の金額はさておき、被害全体の総額すらも曖昧にして公表する理由が、守秘義務にあるというのはいかにも説得力がない。

明治安田生命の今回の事案で業界に波紋が広がったのは、そうしたちぐはぐな対応に加えて、営業職員の管理体制をめぐって、経営を監督する金融庁と業界各社の間で攻防戦を繰り広げている真っ最中だったからだ。

金融庁はかねて、金銭詐取といった不祥事の未然防止をはじめとして、営業職員の管理体制の高度化に向けてガイドラインの策定を業界に求めている。

一方で、業界は管理体制の高度化は各社が柔軟に対応すべきもので、「ガイドラインといった一律の取り決めで、全体最適をしようとしてもなじまない」(大手生保役員)として強硬に反対してきた。

金融庁が求める実効性のある取り組み

そのため金融庁はこれまで、業界の意向を一部くみ取って、管理体制の実態を把握するアンケート調査に対応をとどめて、「後は業界の自浄作用で改善が進むことを期待していた」(金融庁幹部)。

ただその期待もむなしく、第一生命の巨額詐取事件以降も、ジブラルタ生命保険やソニー生命保険、そして明治安田生命と不祥事が相次ぐ。

別の金融庁幹部は、「各社の自浄作用、自助努力に任せて、不祥事が起きるたびに“モグラたたき”を繰り返すのはもはや現実的ではない。管理体制の高度化に向けて、とにかく実効性のある成果物を業界には出してもらう」と怒気を含んだ声で話す。

がぜん不利な状況に置かれた生保業界は、巻き返すことができるのか。全国で24万人に及ぶ営業職員が固唾をのんで見守る中、今こそ自助努力を示さなければ金融庁の圧力は強まるばかりだ。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)