「あの早川さん?」社員の間でも今年3月末に発表された日本郵政グループの幹部人事を知って、驚きの声があがったという(写真:編集部撮影)

「何をばかばかしいことを……」

検察時代から早川真崇氏(47)を知る人物は、日本郵政から今年3月末に発表されていた幹部人事を知り、そう口にした。

早川氏はかんぽ生命保険の不適正募集を調査する特別調査委員会の3人の委員の1人。2019年12月に結果を公表した「本調査」、2020年3月の「追加調査」のどちらにも関与していた。その早川氏が4月1日付で日本郵政の常務執行役グループCCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)に就任していた。

早川氏の転身に冒頭の人物が苦言を呈すのは、「日本郵政の調査中に『調査後に将来重役に就く密約があったのでは』と疑われるに決まっている」という理由からだ。

コンプライアンス体制の強化を目的に登用?

日本郵政は「コンプライアンス体制をより強化するために、法務・法律に精通した早川氏を登用した」と説明するが、1年前にグループCRCO(チーフ・リスク・アンド・コンプライアンス・オフィサー)を新設したばかりだ。


2019年に日本郵政の特別調査委員会の会見に出席した早川氏。東京地検特捜部、法務省刑事局などを経て、2014年に弁護士登録した(撮影:尾形文繁)

今回、CRCOを機能別にCRO(チーフ・リスク・オフィサー)とCCOに分けたのだという。が、グループCCOは早川氏を迎えるに当たって新設したようにみえる。日本郵政は、就任の2年前に特別調査委員会の調査を終えていることを理由に、「(特別調査委員のときに何か密約があったのではと)疑念を抱かれるものではない」とする。ところが、調査終了後もつい最近まで、早川氏は郵政改革の検証に関わってきた。

2020年4月に発足したJP改革実行委員会は、特別調査の提言が実行に移されているかを検証するのが目的の1つだった。元最高検察庁次長検事で最高裁判所元判事の横田尤孝弁護士を委員に招聘する際の口説き文句が、委員会発足に尽力した関係者によれば、「調査の補助役として早川をつけるから」だった。このJP改革実行委員会は、早川氏が日本郵政の常務執行役に就く直前の2022年3月まで活動を続けていた。

早川氏が2022年3月まで所属していた渥美坂井法律事務所・外国法共同事業(以下、渥美坂井法律事務所)は、特別調査委員の調査に多数の弁護士を割いてきた。本調査には25人、追加調査には渥美坂井法律事務所の16人の弁護士が調査を補助した。

また、渥美坂井法律事務所は、不祥事を受けて2021年に初めて日本郵政が設置した外部通報窓口にもなっている。早川氏が執行役に就任した後も外部通報窓口のままだ。

日本郵政は「(法律事務所への)通報情報は会社と共有しない仕組みとしており、その運用を徹底する。社員への周知も行っている」とする。しかし、ある日本郵政グループ社員は「早川常務の出身母体が通報窓口では、言いたいことが言えない」と怖がる。

2021年に発覚した「カレンダー問題」でも渥美坂井事務所は15人の弁護士を割き、調査に当たっている(退職した経営幹部2人についてはDT弁護士法人の弁護士5人が調査)。カレンダー問題とは、日本郵便の経費で購入したカレンダーを全国郵便局長会(通称「全特」)の指示で、全国の郵便局長が支持政党である自民党の支持拡大のために配布していたのではないか、という問題だ。経費は3年分で10億円と少額ではない。

2カ月余りの調査を経て2021年12月下旬に公表した調査報告書はわずか18ページ。「一部の郵便局長が会社業務と局長会業務(=政治活動)をしゅん別することなくカレンダーを配布していた事実が認められる」としながらも、「因果関係は不明」とし、「政治資金規正法に抵触しない」と結論づけていた。

会社は堂々と詳しく情報を開示すべき

渥美坂井法律事務所の広報担当弁護士は「早川先生の常務執行役就任に法的な問題はないと思うが、法律事務所には厳しい守秘義務が課せられていて、何も話せない」という。

コーポレート・ガバナンスやコンプライアンスに詳しい八田進二・青山学院大学名誉教授は、「調査を終えた後に顧問や役員として調査対象会社の側に立つのは、大いに問題がある」と話す。特別調査委員会の委員だった早川氏の常務就任について、「(後ろめたいことが)何もなければ、会社は堂々と胸を張って自ら積極的に就任理由や経緯、就任時に交わした約束や年収などの条件を詳しく開示すべきだが、それもない」と指摘する。

日本郵政が早川氏の常務執行役就任を公表した3月29日付のニュースリリースの前職欄には「弁護士」としか書かれていなかった(冒頭の写真参照)。そのため、「調査委員だった早川氏だとは、すぐに気づかなかった」(ある社員)と言われる。こうした公表の仕方について、「作為的であり、郵政との過去の関係をスルーしてもらいたいという意図があったのではないか」(八田氏)。

日本郵政は「これまでも弁護士を役員(取締役)に選任しているが、前職等の欄において所属事務所等は記載していない」という。ただ、特別調査委員会の委員が役員になるのはこれが初めてであり、八田氏は「前例との比較は意味をなさない」と言い切る。

冒頭の早川氏を知る人物が「ばかばかしい」と口にしたのは、調査委員の立場からの転身で疑いの目を向けられることとは別の意味もあるという。「法律事務所にいれば高収入が約束されていただろう。公務員時代の報酬体系を引きずっている日本郵政では、早川氏の収入がおそらく半減したのではないか」という経済的な側面からだ。

見方を変えれば、早川氏は経済合理性を度外視してでも、郵政改革を自らのライフワークに位置づけたともいえる。だが、検察OBで第三者委員会やコンプライアンスに詳しい郷原信郎弁護士は「郵政改革をライフワークにするのはやめておいたほうがいい」と言う。

それは、「特別調査でかんぽの不適正募集の裏にあった全特の存在など根本的な問題に踏みこまないなど、早川氏が関わった調査は中途半端な内容だった」(郷原氏)という理由からだ。

日本郵政がよくなるとは思えない

郷原氏はこうも話す。「その早川氏が調査報告の提言が実行されているかを検証するJP改革実行委員会の横田委員の調査をサポートし、その委員会終了直後に日本郵政の重役に就いた。これでは日本郵政がよくなるとは思えない」。

では、早川氏の真意はどこにあるのか。日本郵政に早川氏へのインタビューを申し込んだが、即日、断りの返事がきた。そこで、本人氏に直接質問事項を送ったが、返事はなかった。

日本郵政グループではかんぽ不適正募集の発覚後も、局長や社員による窃取や横領、個人情報の流出など不祥事は減るどころか増える一方だ。6月17日には総務省が「日本郵政・日本郵便モニタリングレポート2022」を公表し、監督強化の方針を打ち出した。早川氏が日本郵政の重役に就いただけでは不十分と判断した格好だ。

総務省は平時からガバナンスやコンプライアンスについての報告を日本郵政に求めるほか、年2回の定期的なヒアリングも実施する。総務省が監視の目を強める中、グループCCOの役割は極めて重要なポストだ。はたして、早川氏はこの重責を全うすることができるのだろうか。

(山田 雄一郎 : 東洋経済 記者)