INAC神戸レオネッサ
安本卓史社長インタビュー 前編

 初の日本女子プロサッカーリーグであるWomen Empowerment League(WEリーグ)は、INAC神戸レオネッサの優勝で幕を閉じ、6月7日には都内某所で盛大なアワードも開催された。初代MVPはINAC神戸の山下杏也加が獲得。過去のリーグを振り返ってもGKとして日本女子サッカー界初の受賞となった。


狙いどおりにWEリーグ初代女王に輝いたINAC神戸

 初代チャンピオンとなったINAC神戸は、WEリーグ初陣となる開幕戦でリーグアンセム『WE PROMISE』を作曲した春畑道哉さん本人が登場しての演奏披露や、リーグ初となる国立競技場でホームゲームを開催し、12000人を超える観客を動員するなど、女子プロサッカーの興行にあらゆる工夫を織り交ぜてきた。その仕掛け人が安本卓史社長だ。

 安本社長は自身を"ネオタイプ"と表現する。つまりは新基準。これまでにもホームゲームでカレーを自ら販売していることもあれば、あるときはスタジアムDJに変身、あるときは営業担当、PR担当、ポスター貼りにうちわ配り......とひとりで何役もこなすアイデアマンだ。その安本社長が並々ならぬ闘志で狙っていたのが"初代チャンピオン"の称号だった。

「勝つために星川敬監督(現・YSCC横浜監督)に来てもらったので、目標はもう初代チャンピオンのみでした。開幕からしばらく無失点試合が続いていましたし、無敗で来ていたこともあり、選手たちは相当なプレッシャーを感じていたと思います。そんなINAC神戸から『1点を獲りたい、黒星をつけたい』という相手チームの気迫も1戦ごとに強くなっていきました。選手たちも自分たちを追い込んで勝ち取った優勝だったので、当初は安堵感のほうが勝っていて、最近になってようやく満足感が出てきたようです」

 安堵感で言えば、安本社長も同様だろう。

こだわったのは数字

 そしてもうひとつ、開幕前からこだわりを見せていたのが"数字"だった。コロナ禍真っ只中の2021年9月に開幕を迎えたWEリーグが、当初掲げていた目標観客動員数は1試合平均5000人だ。WEリーグに参加しているチームが在籍していたコロナ禍前のなでしこリーグの平均観客動員数は1340人。そこに近年の社会情勢を踏まえればかなり厳しい道のりになることは予想できた。INAC神戸のWEリーグ初年の平均観客動員数はリーグトップの3158人と唯一3000人の大台に乗せた。

「それでもまだコロナ前には全然戻っていません。ただ、こういう状況で落ち込んだ流れを少しでも巻き返そうと、(なでしこリーグ時は)年に1度程度だった近隣地域のポスティングをかなり増やしました」

 これまでも学校や行政との連携を密にしていたINAC神戸だが、あえてアナログな手法を取り、自ら汗をかくことを選んだ。

「しっかり足を使っていこうと思いました。そこで(ホームの)ノエビアスタジアム神戸の近くや、活動拠点のある地域(神戸市東灘区)にポスティングをしていこうと。その数トータル10万枚。1試合ごとに配っていたので、これがなかなか終わらないんですよ(笑)」

 そんなとき、バセドウ病と診断され、治療を続けていた京川舞選手がポスティングを買って出た。これまでもケガの多かった京川は発症直後から「第一線から離れても何かチームに貢献したい」と話しており、その想いを実行した形だった。

「彼女だけでも2万枚は配っていると思いますよ。最終的には僕の家族も手伝ってくれました(笑)。ポスティングした地域からチケット申込があったらすぐわかるようなシステムを使っています。集客は選挙と一緒の感覚です。スタッフも自分の抱えている仕事をしながらでしたけど、反応が返ってくる喜びがわかるので、やりがいがあったと思います」

 とはいえ、稼働人数も限られているなかで、すべての試合で行なえた訳ではなく、動かなかった試合では明確に数字が落ち込んだ。

「人員を国立開催に割いていたので、その前段階の試合は減少しました。力を散らさないとスタッフも潰れてしまいますから」

 ホームタウンでの活動の活性化は1000人〜2000人単位で即数字に反映される。それだけ、まだWEリーグに対する一般的な興味が移ろいやすいことが伺える。安本社長が打ち立てた「WEリーグ初の国立開催」では、スタッフ一人ひとりの活動量がカギとなって、12330人もの観客が国立の地に集まった。当然のことながら今シーズンのリーグ最高記録である。当日の国立競技場にはホームゲーム開催のないチームスタッフやWEリーグ事務局関係者も駆けつけ、この国立での一戦を作り上げていたのも実に印象的だった。

「あれは安本と"その仲間たち"です(笑)。マイナビ仙台レディースの粟井(俊介)社長、坪佐(光浩)常務、アルビレックス新潟レディースの山本(英明)社長をはじめ、日テレ・東京ヴェルディベレーザのチケット担当スタッフなどの有志が前日からの手伝いを申し出てくれました。

 多くのスポンサーの方々が協賛してくださいました。お金を出すだけではなく、『みんなで応援に行こう!』と動員にもご協力いただきました。多い会社ですと1000人近く来てくれていました。僕は"国立に行こう!"と旗を振っただけ。サザエさんのエンディングにあるじゃないですか。サザエさんがピッピッピッって笛を吹きながら家族みんなを家に導いていくシーン。日曜日18時半の風景が国立には確かにありました。Jリーグともまた違う『みんなで応援しよう!』みたいなね。まさに僕が思い描いていた風景でした」

WEリーグの知名度向上へ

 そんな安本社長にどうしても聞いておきたいことがあった。「WEリーグが発足して戦った1年を終えて、なでしこリーグとの違いはどこに感じたか」ということ。

「運営面で言えばそれほど違いを感じられませんでした。INAC神戸は(ヴィッセル神戸が本拠地とする)ノエビアスタジアムを利用するなど、他クラブに比べても特殊なところがあり、Jリーグ(J2の仙台、千葉、新潟など)と同様のスタジアムを使用しているのは半数以下で、見た目では変わっていないところもありますよね。ただ、内容は全然違います。(サンフレッチェ)広島レジーナの中嶋淑乃選手、ちふれASエルフェン埼玉の祐村ひかる選手、AC長野パルセイロレディースの瀧澤千聖選手......いい選手がたくさん出てきています。ここは、1部と2部の力量差が大きく開いていた、なでしこリーグと異なる点です。競技面での強度は確実に上がっていると実感できます」

 しかし、WEリーグの知名度が上がらないため、そうした魅力が一般的には伝わっていないのが現状だ。

「リーグやチームの力が及んでいないこともありますが、そこは選手自身にも変わってもらう必要があると思っています。もっとエンターテインメントにしないと。惹きつける魅力が必要なんです。

 INACの伊藤美紀は小柄な選手です(150cm)。彼女にはサッカースクールに参加した際には『みんな背が高いね〜私、負けてる! でも、私WEリーガ―だよ』みたいなほうが絶対面白いぞって話しています。いわゆるギャップ。ウチの選手は、『魅力的なサッカーをしていればお客さんは見に来てくれると思います』と言うけれど、すかさず僕は『それは少し違うで』と言っています」

 INACは際どい試合をモノにし続け、優勝を手にした。これだけ勝ち続けてもまだまだ全国区的な知名度が高いとは言えないのが現実だ。

「ゴールパフォーマンスや試合前後のファンとの触れ合いもそうですが、より知ってもらうために、より楽しんでもらうために何が必要か。それを選手たちが理解することも大切なんです」

 世界から見ても遅れを取っている日本の女子スポーツ界におけるスポーツエンターテインメントの新たな形をWEリーグはどう示していくのか----今までと同じ手法では集客は頭打ちだ。リーグ、チーム、選手それぞれの立場で"伝える"手段を生み出さなければならない。どんなにいいパフォーマンスをしても、見てもらえなければ何も変わらない。まずは認知度の向上がWEリーグ発展の必須条件だ。後編ではINACの今後の取り組みについての話を聞く。

(つづく)