日本サッカー協会(JFA)は23日、筑波大学デジタルネイチャー開発研究センターとの共同で、「物理再構築技術とサッカーの融合」に関する研究を行うことが決まったと発表した。センター長を務める落合陽一氏が同日、JFAハウスで記者会見に出席。「サッカーを楽しむ者の一人として、多くのものを感じて、感動して、熱狂するようなものを当事者性を持ってつくっていきたい」と意気込んだ。

 落合氏はメディアアーティストとして活動しつつ、数々のテレビ出演や執筆活動を続けている研究者。同センターでは「計算機自然(デジタルネイチャー)」というテーマを掲げ、「人と機械,物質と実質の間に多様な選択肢を示す」ための取り組みを進めている。

 そんな異色の研究者とJFAによる史上例のないコラボ。田嶋幸三会長は「発想が先に先にと行っていく。はっきり言って、僕がこうしてああしてなんて言うレベルじゃないものをぜひ期待したい。僕らが想像もつかないようなものを研究していければと思う」と現状の枠組みでは考えられなかったような未来に期待を寄せる。

 この研究で落合氏が目指していくのは、サッカーに関する「現在」「過去」「未来」の変革だ。

 「現在」に関する取り組みでは、スタジアムで行われているサッカーをどのように見て、どのように楽しむかが主題。「僕が一番やりたいのは世界で一番自由に動ける観戦環境を作ること。そして世界で一番多様な人にサッカーを届けること」。センターでは耳が聞こえにくい人に音楽や情報を届けたり、視覚障害を持つ人でも楽しめるスポーツの開発などを行っており、そのノウハウをサッカーを楽しむことにも活かそうとしている。

 また落合氏は「お恥ずかしながら僕はサッカーは苦手で、球技全般が得意じゃない」といい、「サッカーを見ることはあるけど、もっと楽しく見られたらいいなと思うことがたくさんある」というライト層の立場。「何がオフサイドか、PKが何かは分かるけど、僕の弱点として諸外国の誰が上手いとかは分からないし、選手が何が得意なのかは分からない。選手の特徴や、リプレイを見ていてどこが面白いのかを人の多様性に応じて伝えられたらいいなと思う」と自身の関心から出発し、サッカーの伝え方を模索していく構えだ。

 そんな落合氏はサッカーの試合について「臨場感を伝えることが最も基本的で、一番響くコンテンツなのかなと思う」と分析する。臨場感を伝えるにあたって重要なのは“視点”。「いまの自由視点映像は多角的なカメラから撮って、それによって視点を回すタイプが多いけど、そうじゃなくて仮想ドローンみたいな視点、カメラの位置によらない視点があればいい。また選手自体をeスポーツのポリゴンに置き換えてしまえば、自由なところから撮影したのと同じようなことができるので、そういったことを多角的に研究していって、今までと違ったカメラアングルが見つかればと思っている」と述べつつ、映画『マトリックス』の“バレットタイム”を例に出し「あれを見せられるとこういう見方があるんだと思うこともあったと思う。違ったカメラアングルとか、こうやって映したらいいんじゃないかと探ってみたい」と想像をめぐらせた。

 そうした研究はサッカーの普及にも大きく資することになる。田嶋会長は「サッカーは特に代表チームの試合というのはグローバルアクセスな権利がある。誰でも見られる、誰でも感じられるそういうサッカー日本代表チームでありたいと思っている。グローバルアクセスできるような内容を落合先生もおっしゃってくれているし、そこを見てもらいたい。今までサッカーを見なかったけど、サッカーの中継は面白いねと言われるようなものに活かせれば」と期待を述べた。

 落合氏は「実際にインドアでスポーツをやらない僕みたいな人間がサッカーを見るようになるのはすごく面白い。言うなれば免許を持っていないレースが好きな人もいると思う。ゲームのウイイレはやるけど、サッカーはあまり得意じゃないよという人がいっぱいいてもいい。彼らが違った見方を提供してくれるはず。筋肉で解決するのも重要だけど、ゲームで解決することもたくさんあるわけで、そういうところから発見していく面では僕は適任だと思っている。今までスポーツの一部だとして考えられてきたものが、よりエンターテイメントの一部、歴史の一部、人間がしていくアートの一部として捉えてモノを見ていければと思う。より具体的に言えば、今はスポーツ中継のなかで見られるもの、スタジアムでどっちが勝ったという形で見るもの、国同士のアイデンティティの中で見る物だったりは、もっと詳しい人なら○○という選手が……と一人一人にまで落としていけるのかもしれないけど、僕くらいの認識だとアメリカの選手なんだ……としか思わないことがある。もっと個人の体の面白さなどに興味のアンテナを広くとっていける情報提示、臨場感体験の仕方を探求したいと思う」とさらに具体的なビジョンを語った。

 続いてサッカーの「過去」については、JFAが今後開設予定の新たなJFAミュージアムへの取り組みが主な活動となる。デジタル展示やインスタレーションなどのメディアアートを専門とする落合氏にとってまさに本職の分野であり、田嶋会長も「しっかりとした次の100年を目指したミュージアムはどういうものか。サッカーミュージアムがスポーツのミュージアムとしてこんなことができるんだというショーケースになるようにしていければ。それに相応しいのが落合先生であると思い、お願いした」と太鼓判。落合氏は「ミュージアムの展示方法、新しい方法を研究しているが、デジタルな展示、フィジカルなインスタレーションも含め、そこで滞在する人々の脳波であったり、生体情報がどうなるかも研究している。そういったものを含めて包括的にサッカーの魅力を伝えられるかをわれわれが研究していきたい」と先を見据えた。

 さらにサッカーの「未来」については、教育や技術研究にも手を伸ばしていく予定だ。落合氏が専門とするバーチャルリアリティやドローンなどの技術を使えば、トップレベルやグラスルーツにおける新たな指導法・練習法の開発にも期待ができる。田嶋会長は「現場の要請や希望があれば技術委員会から然るべき人が先生に直接話をし、森保監督がカタールの前に行って話をするとかそういう機会があればより現場に近くなり、落合先生ももっとサッカーを楽しめるようになるんじゃないかと思う」と述べ、日本代表での活用にも可能性を示した。

 こうした期待を受けて、落合氏は「われわれの強みは条件が与えられてからの構築力の速さ。そこでどこに適材適所をハメていけるか。大学はフットワークの軽さが面白いところ。大企業ではないので、リソースは豊富ではないけど、ただそのプロジェクトがうまくいかなかったら、二の手、三の手、四の手が軽くやっていけるのがアカデミックの強み。トライアンドエラーがたくさんできるのが強み。そうして面白い結果が出れば」と前向きに語った。

 また田嶋会長は落合氏の手を借りることにより、サッカー界における多様性の実現や、サッカー競技の再定義に向けて、さらに大きな期待も示した。

「私としてはダイバーシティの問題を解決していかないといけないと考えている。11対11のサッカー、しっかりとみんなが動ける人がやるサッカーだけではなく、いろんな方々が11人制ではなく、5人でも、ブラインドサッカーでも、われわれは障害者連盟も作っている。そこにコミットできる何かを開発していきたい。またサッカーって研究したり、AIの分野のベースになるようなスポーツだけど、なぜなるかというと一番難しいからなんです。オープンスキルで、相手も動くし、こっちも動く、ボールも動く。状況がどんどん変わっていく中で、判断して動く。そこで判断できる選手がいい選手。もしかしたら研究課題として最も難しいスポーツかもしれない。最も難しいスポーツをいかに感動をもって伝えるかをお願いするには落合先生が一番、最適な方だと考えた。そこを期待しているところでもある」

 この言葉に対して落合氏は「障害者スポーツ、多様性のスポーツをしていて、かつVRが専門で、展示だったりのアーカイブス、展示環境をやっている研究者は日本に僕しかいない。3つ違う分野があって、それをやっている人が少ないので、そこに関しては確かに胸を張って専門ですと言える。そしてそれが親和性を持っているといいなと思う。それぞれ別々の専門家がやっていて話すのも大切だけど、僕にとってその3つは血となり、肉となって根付いている。それが親和されたものができればいいなと思う」と期待を受け止めつつ、「私は5年前までもっとテクノロジーマッチョなことを言っていたが、テクノロジーで何とかしようと思っていたけど、テクノロジーで何とかしようとすると、人間力でなんとかすることのほうが多い。たとえば義足がうまくいかなければ義足対象者が何とか練習するのが面白いところだと思う。人間とテクノロジーが一体となって泥臭く解決していけることをもっといろんな場面で発見できる気がしていて、そこが楽しみ」とサッカーの身体性への関心も見せた。

 落合氏は「次の(カタール)ワールドカップを視座に何か体験できるものを作れればというのを目標にしている」と話しており、あと数か月間のうちに最初のプロジェクトが形になる予定。田嶋会長は「私たちはサッカーにおいては後進国というとあれですが、ヨーロッパで約200年前に始まり、サッカーというスポーツが始まるのは1850年くらい。やはり最先端はヨーロッパだとみんなが自負を持っていて、日本なんかはまだまだだと言われてきた」と日本サッカーの現状を述べつつ、「でもわれわれはカタールW杯でなんとかベスト8を目指していて、その上をということを考えて、2050年までには優勝したいとまで公言している。そのことを実現するためにもヨーロッパ中心の『俺たちが一番だ』と言うのではなく、『日本がすごいのをやり始めた』『さすが日本だ』と言われるようなと思われるものを一緒に研究していければうれしい。サッカーで最先端に行けるよう、ピッチの上もそうだけど、それだけでないところでも世界一を目指していきたい」と決意を示した。

(取材・文 竹内達也)