航空自衛隊の輸送機C-2(写真:m.Taira/PIXTA)

油圧関連部品などのメーカー、カヤバ(KYB)は今年2月に航空機事業からの撤退を発表した。取扱製品は航空機用のアクチュエータ、バルブ、ホイール、ブレーキ。カヤバは防衛上の観点から納入している具体的な母機名は開示していないが、筆者の独自取材では航空自衛隊の輸送機C-2や海上自衛隊のP-1向けなどに納入しているようだとみられる。今後これらの自衛隊の機整備やベンダーの変更による仕様変更に伴う調達・運用コストの高騰は避けられないだろう。

【2022年6月18日20時56分追記】初出時、カヤバの事業撤退に関する記述に誤りがあり、正しい事実関係に基づいて記事を修正しました。

近年、コマツは装甲車、住友重機械工業は機関銃、ダイセルは戦闘機などの脱出装置、横浜ゴムや住友電気工業などは戦闘機向けの製品から手を引いている。防衛産業に見切りをつける企業は今後も増えていくだろう。

これに対して安倍晋三・元首相や、自民党国防部会の議員らは防衛費の大幅増額によって、研究開発費や調達費を増やすことによって引き止めを図っている。

当事者意識&能力はあるのか

だが、防衛費が増えれば問題が自然に解決するわけではない。問題は近視眼的な売り上げや利益率の多寡ではない。仮に何割か防衛費を増やしても根源的な問題を解決しない限り、防衛産業から離脱する企業は増えていくだろう。

なぜなら政府、防衛省・自衛隊、経済産業省、そして当の防衛産業の企業に防衛産業が「産業である」という認識、そして当事者意識&能力が欠落しているからだと筆者は考えている。このため防衛産業には産業としての将来が見込みにくい。

政府、防衛省にはまともな防衛産業の振興策はないと言わざるをえない。ここ20年ほど、防衛産業の振興や抜本的な構造改革が行われてきたが、その実、何も変わっていない。例えば防衛省では防衛装備庁を設立したが、かえって事態を悪化させている。

そして企業側も防衛省から来た仕事をこなすだけで、主体的に防衛産業をビジネスとして拡大していこうという意欲もないように見受けられる。

防衛省に装備調達計画能力が欠如しているという実例を挙げてみよう。川崎重工業が全体をまとめた哨戒機P-1、C-2のプロジェクトが典型だ。防衛省(当時は防衛庁)はP-1、C-2を同時共同開発により、コンポーネントを機体重量比で約15%、搭載システム品目数で約75%共用化して、量産効果を高めて開発、生産コストを抑えて開発費を2機種で3400億円に収めるとしていた。

ところが機体の規模も、低翼機と高翼機という構造も違う機体でそれは無理だった。各社の担当するコンポーネントもそれぞれ別個に開発、生産することになった。防衛装備庁の資料によればP-1の開発費は3101億円、C-2は2497億円、合計5598億円となっている。

無理な共用化に加えてさらにこの2機種と、飛行艇US-2の開発も重なり、タダでさえ少ない日本の設計人は忙殺されてスケジュールの遅延と、開発ミスによる手直しが続き。開発費と調達単価は高騰した。当然ながらP-1、C-2も調達機数が大きく削られた。

これらの機体を政府は輸出を試みているが成功していない。その一因として高コスト体質が大きな足かせとなっている。財務省によれば空自のC-2輸送機の維持費は、維持費が高価なステルス戦闘機のF-35Aより高い。財務省の資料によればC-2のCPFH(Cost Per Flight Hour:飛行時間当たりの経費)は約274万円、米空軍のC-130Jが 約61.8万円、C-17が約150.9万円(※1ドル/ 112円 平成30年度支出官レート)だ。

将来性に見込みなしと見限られても仕方ない

1機当たりのLCC(ライフ・サイクル・コスト)はC-2が約635億円、C-130Jが 約94億円、C-17が約349億円である。C-2の1機当たりのLCCはC-130Jの6.8倍、C-17の1.8倍である。これがペイロード(有償搭載量)1トン当たりのLCCになるとC-2は24.4億円、C-130Jは4.7億円、C-17が4.5億円であり、C-2の1機当たりのLCCは、C-130Jの5.2倍、C-17の5.4倍となり、これまた比較にならないほど高い。

さらに言えば、主契約者の川崎重工業には輸出する気がないように、筆者には見えている。輸出するとなると外国に営業やサービスの拠点も必要である。民間転用であれば多額の費用がかかる耐空・型式証明も取らないといけない。そのようなリスクを冒さず防衛省の仕事だけをこなしているほうが楽だからだろうか。

防衛産業の利益や規模を拡大して将来に備えるのであれば、事業の統廃合は必要不可欠だ。防衛産業では同じ分野で複数の企業が棲み分けをして、仕事を分け合っている。仕事が減れば事業規模がさらに縮小して事業が成り立たないのは目に見えている。だが政府や防衛省は傍観しているだけだ。

典型例はヘリコプター産業だ。わが国には機体メーカー3社(川崎重工業、三菱重工業、SUBARU)、エンジンメーカー(三菱重工、IHI)が2社存在するが、川重がエアバスヘリと共同開発したBK117ぐらいで後は、防衛省からの発注に頼っている。民間はもちろん、海保、警察、消防、自治体も外国製ヘリを使用している。そしてメーカーには内外の市場に打って出て軍民両市場で一定のシェアを取り、メーカーとして自立したいという気配が見られない。

対して欧州ではエアバスとレオナルドの2社に集約され、ロシアや中国でもヘリメーカーは1社に集約されている。しかもこれらの企業は世界の軍民両市場を相手にビジネスしている。日本のヘリ産業が生き残れるのか心配してしまう。

国産ヘリは外国製ヘリのライセンス生産が中心だが、生産数が少ないのでコンポーネントの輸入が増えており、事実上組み立て生産に近い。しかも価格は外国メーカーの数倍だ。川重で生産しているボーイングのCH-47チヌークは年に1、2機でしかない。細々と生産するから調達価格はどうしても高くなる。であれば、メーカーを集約して、生産するタームを縮めるしかないが、いまだに実現していない。防衛産業を産業と見ていない証左と言われても仕方ない。

メーカーに高度な技術を開発する気はあるのか

国産装備は調達価格が高いだけではない。住友重機の機銃は40年以上も品質と性能を偽造していた。ミネベアがライセンス生産していた9ミリ拳銃は2500発程度撃つとフレームにクラックが入る。耐用年数はオリジナルのSIG P220より1桁低い。撤退したコマツの装甲車両も価格は概ね同様、海外製品の3倍で性能は低かった。すでにトルコやシンガポール、韓国などのほうがよほど先進的な装甲車を開発している。

メーカーに高度な技術を開発する気はないのだろう。将官OBの天下りを受け入れれば仕事は棚ぼたで落ちてくる。いずも級DDH(ヘリ護衛艦)は当初ディーゼルエンジンを組み込んだ統合電気推進を採用する予定だった。これで、2隻で35年の運用でタービンエンジンに比べて370億円燃料費を低減できるはずだった。ところが燃費の悪いタービンエンジンに変更された。タービンエンジンメーカー関連企業などからの働きかけがあったのだろう。

また当初艦首のバウソナーは搭載しない予定だったが、これまたNECの働きかけで採用されて2隻で200億円以上のコストと、本来不要なソナー要員が配備されることとなった。合計600億円の無駄使いだ。空自の救難ヘリは入札で23.75億円の単価で調達できるとして採用された三菱重工のUH-60Jの改良型が外国製ヘリを制して採用されたが調達単価は50億円以上だ。競合がなく天下りさえ受け入れれば仕事が受注できるなら誰がリスクをとって懸命に技術開発を行うだろうか。

性能や品質の低さはメーカーだけの責任ではない。2008年度の防衛省の技術開発の総本山だった技術開発本部の海外視察予算はわずか92万円。しかもこれを陸上装備の開発官(陸将、諸外国では中将に相当)の卒業旅行に使っていた。つまり海外視察は「役得」「ご褒美」の類であり、情報収集のためという認識が極めて低く、防衛省にまともな情報収集の意図はなかった。情報収集すらしない「研究機関」にまともな開発ができるわけがないだろう。

その後、視察予算は1ケタ増えているが、それでも情報収集はおざなりだ。財務省が青天井で視察予算をつけるといっても、現場には財務省が予算を出さないと現場を説得して行かせないようにすらしている。海外の実情を知ると問題があるのだろう。装備開発は軍事的整合性よりも組織内の事情を優先させる傾向がある。 

メーカーを指導する能力はあるのか

防衛省ではゴム製履帯や内張り装甲の研究を行った。これらは諸外国ですでに実用化されているが、そのサンプルさえ入手せずに見よう見まねで開発を行い、そしてそれらは装備化に結びついてもいない。それは現在の装備庁になっても大同小異である。メーカーを指導する能力に疑問符がつく。

2019年に採用された19式自走155ミリ榴弾砲は車体中央に幌で覆った席に2名の装填手を乗せている。他国では当然キャビンに収容する。この2名は暑さ寒さもさることながら、NBC(核・生物・化学)兵器環境下では生存できない。そのうえ試作品では装備されていた自衛用の12.7ミリ機銃も量産品では外された。

海自の最新型護衛艦である「もがみ級フリゲート」ではRWS(リモート・ウェポン・ステーション)が2基装備されているが、2基では死角が大きいうえに、本来装備されていた自動追尾装置とレーザー測距儀がコスト削減のために外されており、近接する高速ボートなどを追尾できない。つまり本来のRWSの機能を果たせない。そのくせ搭載されている12.7ミリ機銃はオリジナルのFN社のものより5倍以上高く信頼性の低い住友重機のものを採用している。

1980年代ぐらいまでならば、国産装備が何倍か高く、性能、品質が劣っていても、将来は防衛産業が実力をつけて、自立もして、外国並みのコストと性能品質を実現してくれる、よしんば輸出もして外貨を稼いでくれる、という期待があったのかもしれない。そうであるならば許容できる「投資」だっただろう。当時は財政状況も今のような危機的な状態ではなかった。

防衛産業は中高年になっても防衛省という親に食わせてもらっている状態だ。これは先に述べたように、政府や防衛省の当事者能力の欠如が大きいが、メーカーも防衛省の仕事をスプリングボード(飛躍のきっかけ)にして、リスクをとっても海外市場に参入するという努力をしてこなかった。防衛省の仕事だけしていれば、確実に金が入る、という安楽な道を選んだように見える。

対して韓国、シンガポール、トルコ、UAEなどの中進国、途上国は20世紀末ごろから国際市場に果敢に挑戦した。結果これらの国々の技術は急速に伸びてきた。それは市場で性能、コスト、サービスなどを徹底的に鍛えられたからだ。いまだに日本の防衛産業の技術が世界トップクラスだというふうに考えている国防族の議員は少なくない。実態は一流とはとても言えない。

「親方日の丸」気分が抜けない

わが国の防衛産業にかかわる企業は「親方日の丸」気分が抜けず、将来の売り上げが下がっていくことがわかっていても何も手を打たずに、問題を先送りにしてきた。

政府、防衛省・自衛隊、そしてメーカーに防衛産業が産業・ビジネスだという認識が欠如している限り、いくら予算を増やしても中長期的な事業の継続は難しいだろう。しかもその予算増加も財源の裏付けがなく、国債で賄うならば途中で息切れして、後で予算が大幅に減らされる可能性は極めて高い。賢明な経営者ならばそのことを織り込んで判断をするはずだ。

必要なのは政治が現状を正しく認識して、まともな防衛産業振興の計画を策定することだ。またメーカーは事業のリストラクチャリングと世界市場への参入で汗と涙と血を流す必要があるが、その覚悟があるかどうかだ。それがないならば今後も他国の何倍も高く、低性能、低品質の装備の調達をつづけて、税金をドブに捨て続けることを甘受しないといけない。

(清谷 信一 : 軍事ジャーナリスト)