IT関連企業の会社員時代から数々の資格取得に挑戦し、現在は「IT×社労士」の組み合わせを強みとする「はやし総合支援事務所」代表の林さん。資格を通じ人生を切り開いてきたライフストーリーをお届けします(撮影:尾形文繁)

資格の取得で人生が変わった」――。

「はやし総合支援事務所」(東京都練馬区)代表の林雄次さん(41)は、IT関連企業の会社員時代から数々の資格取得に挑戦。社会保険労務士(社労士)や行政書士、中小企業診断士などの資格を取り、同事務所を副業としてスタートさせた。

その後、副業での収入が本業を上回るようになって脱サラ。「IT×社労士」の組み合わせが強みとなり、順調に業績を伸ばしてきた。一方で、現在も多種多様な資格に挑戦し続け、保有する資格は180ほど。「資格ソムリエ」の肩書で、資格を取って独立したい人たちのコンサルティングにも応じている。「脱会社員の選択」連載第6回は、資格を通じて人生を切り開いてきた林さんのライフストーリーをお届けする。

(※林さんの資格リストは最終ページに掲載)

逆境を力に変えてきた

与えられた環境で、力を発揮し、夢をかなえるためには何をすればいいか――。その最適解を考え、行動する力は、子ども時代から鍛えられてきた。


この連載の一覧はこちら

「実家は東京の下町で、あまり裕福ではありませんでした。おまけに4人兄弟のいちばん上で、なるべくお金をかけず、早くから独立することを求められていました」

自ら中学受験を希望し、小5の後半から必要最低限だけ塾に通わせてもらった。進学先として選んだのは金銭的負担の少ない国立の筑波大学附属中学。そのまま高校に上がったが、高校生からはお小遣いなしとなったため、中学卒業後すぐ家庭教師のアルバイトを始めた。

中学入試のノウハウがあったのでバイトは順調だったが、問題は大学進学。学費の捻出をどうするかはもちろん、子どもたちの成長で実家は手狭になっており、高校を卒業したら家を出て、1人暮らしをする約束だった。

公立の大学なら、と思ったが、調べるとまったくお金がかからないわけではない。いろいろと思案した結果、私立大学に特待生として入学し、学費を免除してもらうのがいちばんお金のかからない道だと気づいた。「特待生を確実に狙える大学を選んで受験しました。無事に授業料は免除になり、目いっぱいアルバイトをすれば親に頼らず、1人暮らしを成り立たせるメドがつきました」。

将来は人の役に立つ仕事に就きたいと、大学では社会福祉を専攻。特待生であり続けるために、勉強の手を緩めるわけにはいかない。一方、アルバイトは塾講師や家庭教師、パソコンのユーザーサポートなどを掛け持ち。間に合うよう授業終了5分前に席を立ち、駅までダッシュでアルバイト先へ駆けつけることもあった。学業とアルバイトの両立で精いっぱいの大学生活だった。

資格取得の奨励制度

大学卒業後、就職したのはIT関連企業。就職によって、現在の林さんへつながる、1つの運命的な導きがあった。会社にはIT系はもちろん、中小企業診断士や社労士、簿記や英検、TOEICなど幅広い資格について、取得した社員に一時金や月次手当を支給する制度があったのだ。

「昇進や昇格は自分の思いどおりにはいかないけれど、資格なら自分次第で着実に取っていける」。林さんにとって、資格取得で給与がアップするとは願ったりかなったりの制度だった。

就職して最初の3年は、現場のエンジニアとして業務に追われ、資格の勉強をする余裕はあまりなかった。その後、本社勤務となり、研修や業務効率化のツール作成、全国の案件支援が仕事になってからは退社後の夜間や、出張時の移動時間などに勉強を進められるようになった。通勤中や昼休みの時間も、ひたすら勉強した。

多くの人がスマートフォンでSNSやゲームに時間を費やしている間、林さんはコツコツ、資格取得に向けて準備を進めたのだった。


(左)資格の合格証と資格証はファイルに整理している。それでも見つけるのが大変なほど数が多い(右)取得した資格のピンバッジ(写真:林さん提供)

最初は情報処理技術者試験などIT系の資格を取っていったが、次第に「もっと別の方面へ目線を広げ、取得を推奨されているほかの資格に挑戦してみよう」と考えるようになった。

そこでターゲットに定めたのは、販売管理・財務会計・給与計算といった基幹業務に関わる資格。基幹業務のシステム開発に携わる立場として、自身がこれらの業務そのものに精通すれば、お客様にとってワンストップで相談できる存在になれる。また、将来的に独立も視野に入れていたので、強みになる資格を手にしたいとの思いもあった。

そこで日商簿記や販売士の資格を取得したが、自身が苦手とする給与の分野にも精通するため社労士を目指そうと決心。社労士の合格率は年度によって変動するものの、だいたい6〜7%と難関資格の1つだ。

そのため、いきなり取るのは難しいと判断し、まずはビジネス実務法務検定と宅建士の試験で勉強のノウハウを身につけてから社労士試験に挑んだ。結果、2.6%という過去最低の合格率の年に見事、一発で合格。資格勉強のノウハウが身につき、その後もIT系やビジネス系の資格取得を続け、行政書士や中小企業診断士などの試験にも合格した。

2018年1月、厚生労働省はモデル就業規則を改定し、企業に副業・兼業についての規定を新設するよう促した。このタイミングで、林さんは副業を会社に申請。副業解禁だと大々的にうたう会社ではなかったが、就業規則に盛り込んだ以上、林さんの申請を拒むわけにはいかなかった。

会社の名刺にも、「社労士」の肩書を加えてもらったおかげで、名刺を見た本業のお客さんから「うちの顧問の先生が高齢なので、代わりにやってもらえないか」と相談された。それが社労士として初めてのお客さんになった。

あるとき、知人から「IT×社労士、ってほかにいないんじゃないの?」と言われた。林さんにとってこの組み合わせは当たり前すぎて、知人に指摘してもらうまで、それが強みになるとは思いもよらなかった。

確かに、多くの人が知るIT関連企業の名刺に、社労士資格をプラスしただけで副業のお客さんがついた。名刺で強みを「見える化」したのが功を奏し、その後も他社から引き合いがあって顧問契約が増えていった。


士業事務所の業務効率化やDX、資格取得など林さんの持つ知見やノウハウを伝える機会も増えている。写真はオンラインセミナーを開催中の様子。YouTubeでも『資格ソムリエ®︎はやしの「四角い頭を丸くする資格塾」』を始めた(写真:林さん提供)

だが、本業と副業の両立は大変だった。「本業は裁量労働制でしたので、仕事に影響のない範囲で移動中や昼休みに副業に従事できました。でもこの頃の、数少ない写真を見ると、顔がやつれているんですよね」。

本業のSEと副業の社労士を両輪で走らせつつ、ほかにもさまざまなタスクに対応しなければならない。朝から晩まで忙しく働いて、頭が爆発しそうになったが、それでも会社員という守られた身分は何よりありがたかった。

副業を始めて2年目に収入が本業を上回る

収入の心配をしなくてもいい会社員の間に、林さんは独立に向けた準備も進めた。「ホームページや事業案内のパンフレット、名刺などは仕事を広げるのに欠かせないツールです。独立してしばらくは、そのようなツールを整える時間が取れないと思ったので、会社員時代に力を入れて準備を進めました」。

副業を始めて2年目、副業の収入が本業を上回った。3年目にはさらに増え、本業の数倍となりそうな勢いになった。そのタイミングで会社を辞め、独立した。副業のころから「ITに強い社労士」として認知度を上げるタネをまいていたため、ホームページのお問い合わせ窓口経由や、人づての依頼などで仕事は順調に増えた。

もちろん想定外の事態もあった。数千人単位の企業グループの手続き代行を受託したときは、予定よりコストが膨らみ、入金されるまで資金繰りが大変だった。

何とか乗り切ってきたが、この件に限らず「いつも順風満帆というわけではありません」と振り返る。それでも独立してよかったと思うのは、自分自身で仕事をコントロールし、今後のキャリアも舵取りしていけるからだ。

林さんは資格取得を続けるうち、勉強法はもちろん、資格の選び方や生かし方など貯めた知見をSNSなどで発信。そのうち資格取得のアドバイスをお願いされたり、資格予備校などから講師として招かれたりするようになり、仕事の幅が広がった。

2022年5月現在、保有する資格は170を超える。その数に圧倒されるが、やみくもに増やしているわけではない。「私にとって資格は証明書のようなもの。“○○に詳しい”や“○○の専門です”と名乗るのは自由ですが、言葉だけで他人から信頼を得るのは難しい。その点、資格があれば一定の知識レベルは証明される。資格への挑戦は、自分の知識の証明です」。

そう考えるからこそ、ただ数を増やすのではなく、資格を取る意味や挑戦によって得られる学びを大切にしてきた。また、「資格名+欠点」や「資格名+意味ない」などの検索ワードでネガティブサーチまでして、世間的にどのような評価をされているかなども徹底的に調べる。合格するための戦略も立てられるだけ立てる。

資格マニアではなく”ソムリエ”の理由

これらの経験を生かして、どの資格がその人に強みになるか、次に取るべき資格は何かなどを指南する。ある特定の資格について詳しい専門家ではなく、さまざまな資格の概要を知ったうえでアドバイスできる存在を目指した。「だから資格マニアではなく、資格ソムリエ。資格取得を目指して学び、発信するすべての人たちをリスペクトする表現が欲しかった」。

林さんにとって資格取得のモチベーションになっているのは知的好奇心だという。「新しいことを知って、それが形に残る資格取得はメリットでしかない」。当初はITやビジネス、法律方面の資格が中心だったが、次第に食やライフスタイル、メンタルなど、多方面の資格を取るようになった。

取れそうな資格を片っ端から狙うのではなく、「その時々で、心の琴線に触れる」資格を選んで受験している。「デジタル社会になればなるほど、逆にアナログ的なものに価値が生まれると思っていて。それで健康や精神に関わるような分野に興味を持ち、関連する資格を増やしました」。

中でも関心を持ったのは仏教だ。「およそ1500年も前から伝わる仏教は、この先、どのような社会になっても消えてなくならないと思います。日本人なら誰でも手を合わせて拝む習慣がありますし、仏教について学ばないのは日本人として損な気がしました」。

そこで浄土真宗本山東本願寺(京都市)の講師から仏教について教わる『学び舎(まなびや)』で、僧侶を目指すコースに通い始めた。それからおよそ1年かけて初等科の過程を修了し、現在は中等科へ。そして6月には、いよいよ出家の儀式「得度(とくど)」に臨む。


(左)僧侶になるため1年以上、学校に通い、いよいよ6月、得度式を迎える(右)僧侶修行でお経の読み方についても勉強した(写真:林さん提供)

今後、「中小企業診断士×IT×僧侶」という掛け合わせができれば、後継者不足や檀家減少など寺院の抱える悩みを解決する存在にもなっていけるだろう。それは、林さん以外、誰も持ちえない肩書、そして強みだ。

資格を取って悪いことは1つもない」

林さんのモットーは「資格があるから偉いわけではない。見られているのは、人」だということ。

取得が難しい社労士などの資格であっても、実際は何万人と取得者がいる。その中で指名してもらうためには、謙虚な気持ちで、誠実に仕事へ向かい続ける姿勢が問われる。さらにわかりやすく特徴や強みを打ち出し、他者と差別化を図る努力が必要だ。林さんのように、資格の掛け合わせで、ほかの誰にもまねできない価値を生み出せれば強い。


「私は資格を取ることで人生が変わりました。次々に新しい資格へ挑戦しているのは、資格が知的好奇心を満たし、頑張った結果を形として残せるものだからです。そのうえ、ビジネスにつながるチャンスも広がるのですから、これほど楽しいことはありません」

まだまだ資格取得の記録は更新中。「資格なんて意味はない、という人もいますが、資格を取って悪いことは1つもないと思っています。資格の勉強をするか、しないかで言えば、絶対にしたほうがいいです」。

資格の掛け合わせで新しい道が切り開かれていくことを、林さんはまさに体現している。


(吉岡 名保恵 : フリーライター)