ディープやオルフェも勝てなかったフランスのGⅠ凱旋門賞 日本の競馬は世界最高峰に辿りつけるのか - 村林建志郎
※この記事は2021年10月03日にBLOGOSで公開されたものです
生涯成績14戦12勝で引退した日本近代競馬の結晶ディープインパクトや、ラストランの有馬記念で8馬身差の圧勝を遂げるなどの輝きを残した栗毛の怪物オルフェーヴルでさえ勝てなかったレースがある。
10月3日（日本時間：23時05分頃）にフランスのパリロンシャン競馬場で開催される世界最高峰のGⅠ・凱旋門賞だ。
3歳以上の馬たちによる2400mのレースで、今年で記念すべき第100回を迎える。世界各国からその国を代表する馬たちが集まるのだが、実は日本代表として出走した馬がこのレースで勝利したことは、まだ一度もない。「凱旋門賞のゴール板を日本の馬が先頭で駆け抜ける」ということは、日本のすべてのホースマンの夢なのだ。
三冠馬でもわずかに届かなかった世界一の称号
凱旋門賞における日本の馬の戦いの歴史は、今から半世紀以上も前にさかのぼる。1969年のスピードシンボリから昨年のディアドラまで、これまで総勢25頭の馬たちが計27戦出走してきた。（※参照：https://world.jra-van.jp/race/arc/2021/history/）
その25頭の中には、当時の日本ではもはや敵なしといっても過言ではなかったレジェンドホースもいる。
2006年に出走したディープインパクトは、前年に史上2頭目となる無敗での三冠を達成しており、この年の宝塚記念を制してGⅠ5勝目を獲得。満を持しての凱旋門賞出走だった。誰もが「日本のディープインパクト」から「世界のDeep Impact」になる瞬間を期待した。
レースはディープが集団の2番手から3番手に位置する展開となったのだが、これは日本ではあまり見られないディープのレース展開だった。ディープはスタートが得意ではないため、ゲートが開いた直後から馬群の後方に位置することが多かったのだ。
武豊が手綱を持ったまま最後の直線に突入し、ディープは世界最強へのビクトリーロードを駆け抜ける――はずだった。だが、日本で見られるような、武豊が言うところの「飛ぶ」ディープの姿がそこにはなかった。一度は先頭に立ったものの、終始ディープをマークするような形で走っていたレイルリンクに、そしてゴール直前にはもう1頭の馬にかわされ3着入線となったのだ。（※その後行われた馬体検査で、ディープの体内から使用禁止薬物が見つかったことから失格扱いとなっている）
あとわずかのところで悲願を叶えられなかった馬は、ディープだけではない。2012年2013年に2年連続で出走したオルフェーヴルもまた、日本の競馬ファンが戴冠を夢見た馬の1頭だ。
2011年に牡馬ではディープ以来となる三冠を達成したこの馬は、2012年にディープと同様宝塚記念を制してから凱旋門賞に出走した。また、オルフェを管理していた池江泰寿調教師は、ディープを管理していた池江泰郎調教師の息子ということもあり、父親の悲願に息子が挑むというドラマも見どころの一つとしてあった。
ちなみに、オルフェはデビュー以来すべてのレースで池添謙一が騎乗してきたのだが、このフランス遠征だけは、池添ではなくクリストフ・スミヨンというベルギー出身のスーパージョッキーが騎乗することになり、池添に騎乗してほしかった私としては、スミヨンの腕の凄さを知るがゆえにあまりに複雑な気持ちになったことを覚えている。デビュー以来すべてのレースをともにしてきた騎手と馬が織りなすドラマよりもあくまで勝利に対してシビアになるという姿勢が、分かる気もしたし分かりたくないような気もしたのだ。
レースは好スタートを決めたオルフェが後方に位置する展開。最後の直線に突入するまでスミヨンが気性の荒いオルフェを落ち着かせながら、迎えたその時。日本では日曜の夜に地上波で生中継されていたのだが、実況のアナウンサーがこう叫んだのである。
「外から栗毛の馬体が来たぞ～！！ニッポンのオルフェーヴルだ～！！！」
正直、この瞬間を思い出すだけで私は泣ける。今も書いていてちょっと泣いている。だが、ゴール直前でソレミアにかわされ2着となり、日本の悲願がついに叶うことはなかった。2013年も2着となり、オルフェは帰国後の有馬記念で引退を迎えたのである。
とはいえ、2年連続凱旋門賞2着という戦績は、日本からの長距離移動や馬場の違いなどを考慮するととんでもない大偉業であるということを、強く伝えておきたい。
2021年凱旋門賞は日本の馬が2頭出走 前哨戦で勝利も
まもなく開催される2021年の凱旋門賞では日本の馬が2頭出走する。
日本の馬が出走する際は、その約1か月前に現地でGⅡレースをこなしてから凱旋門賞に臨むことが多い。いわば前哨戦を戦うのだ。
その前哨戦の一つであるフォワ賞で先日見事な逃げ切り勝ちを果たしたのが、ディープボンドという4歳の牡馬だ。GⅠ勝利こそないものの、今年の春に重馬場の阪神大賞典を5馬身差で圧勝すると、天皇賞(春)では2着と好走。驚異のスタミナを備えたステイヤーで、実は私は昨年からこの馬をかなり応援している。
フォワ賞でディープボンドに騎乗したのはクリスチャン・デムーロという騎手だったのだが、彼は日本でも活躍しているあのミルコ・デムーロの弟である。クリスチャンは昨年の凱旋門賞を制した騎手でもあるため、フランスでの戦い方を熟知している紛うことなきスーパージョッキーだ。だが、凱旋門賞ではミカエル・バルザローナという騎手に乗り代わることになり、クリスチャンは騎乗することができなくなってしまった。
ちなみに、ディープボンドの父親はキズナという馬なのだが、この馬もまた2013年の凱旋門賞にオルフェーヴルとともに出走しており、4着と好走した。キズナはニエル賞というレースで前哨戦を戦い、見事に勝利を収めたため、ディープボンドとキズナは親子でフランスのGⅡを勝利したことになる。もはや言うまでもないが、ディープボンドがフォワ賞で勝利した瞬間、私は瞳に涙を浮かべている。
もう1頭の出走馬であるクロノジェネシスは、GⅠ4勝で現役最強馬といっても過言ではない牝馬だ。目下グランプリレース3連覇中（2020年2021年宝塚記念、2020年有馬記念）で、春にはドバイへの遠征も行ったことから長距離輸送を既に経験しているのはアドバンテージになりそうだ。また、クロノジェネシスの父親バゴは2004年に凱旋門賞を制した馬であるため、血統的にも期待できる。
だが、クロノジェネシスは前哨戦を使わずに凱旋門賞に臨む。ぶっつけ本番が吉と出るか凶と出るかは正直なところ私にも分からない。初めて訪れる国で、しかも初めて踏みしめる芝の上でいつも通りの強さを発揮できるかどうかは、また別の話だ。まったく懸念がないわけではないが、この馬が2歳の時から応援している私としては、現役最強馬の名を掲げて思い切り走ってほしいと願うばかりである。
ちなみに、今回クロノジェネシスに騎乗するのは、アイルランド出身のオイシン・マーフィーという騎手だ。来日したこともあるため、競馬ファンにとっては馴染みのある騎手だと思われるが、彼がクロノジェネシスへの騎乗が決まった際に投稿したTwitterが実に感動的なのである。
クロノジェネシスと共に凱旋門賞へ挑戦できることとなり、非常に楽しみです。日本の為にベストを尽くします！
- Oisín Murphy (@oismurphy) July 23, 2021
また、北村友一騎手の復帰を心から願っています。
北村友一とは、クロノジェネシスにデビュー以来騎乗してきた主戦騎手のことだ。落馬負傷により長期離脱を余儀なくされ、宝塚記念に引き続き凱旋門賞も騎乗が叶わなかったのである（宝塚記念はルメールが騎乗）。恐らく日本で戦況を見守るであろう北村への思いも背負い、マーフィーはクロノジェネシスに騎乗するのである。
積年の夢 日本の競馬は世界最高峰に辿りつけるのか
上述したように、日本の馬と凱旋門賞をめぐる歴史は半世紀以上にわたる。最高着順は2着。それも4回だ（エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴル2回）。走った頭数は25頭にも及ぶが、25頭分の悔しさしかないのかと問われれば、私はまったくそうではない。出たくても出られなかった馬だっているのだ。
たとえば2019年のダービー馬ロジャーバローズは、その年の凱旋門賞参戦を表明していたが、故障により引退を余儀なくされた。
そして、先日天国へ旅立った2015年の二冠馬ドゥラメンテ。
2016年にフランス遠征を予定していたこの馬は、同年の宝塚記念に参戦するも2着入線後に故障が発覚。所有していたサンデーレーシングの吉田俊介代表が「やめます。今後についても白紙」と遠征を断念することを発表し、無念の引退となったのだ。
これは他のレースにも言えることだが、凱旋門賞に出走することだけが凱旋門賞ではないと私は思っている。
実際に出走する馬以外にも、出走を目指して日々努力してきたけれどそれが叶わなかった馬や厩舎の方々がきっとたくさんいるのであり、その努力を心の底からリスペクトしているからこそ、私は日本を代表して臨む馬に「彼らの分も頼む」というような思いを込める。
オルフェの凱旋門賞で実況のアナウンサーが放った言葉に私が泣かされるのは、「ニッポンのオルフェーヴル」の「ニッポン」という言葉に、出走が叶わなかった馬を取り巻くすべての人たちの思いが成分として含まれているように聞こえるからなのだ。
ディープやオルフェなどをもってしても叶えられなかった、「凱旋門賞のゴール板を日本の馬が先頭で駆け抜ける」という夢。
日本競馬に携わるすべてのホースマンの夢を叶えるため、いよいよディープボンドとクロノジェネシスがパリロンシャン競馬場の芝2400mを駆ける。
