北欧2国のNATO加盟、反対のトルコ無視できぬ訳
NATO加盟申請に踏み切ったフィンランドのサウリ・ニーニスト大統領(左)とマグダレナ・アンデション首相(右)だが、トルコが反対を表明。アメリカのバイデン大統領(中央)はどう対処するのか(写真:Oliver Contreras/Bloomberg)
NATOの加盟承認は全会一致が原則
ロシアのウクライナへの軍事侵攻を受け、長年、軍事的中立の立場を守り、北大西洋条約機構(NATO)の加盟を控えてきた北欧のフィンランドとスウェーデンが加盟申請に踏み切った。自国の軍事力だけでロシアの脅威に対抗できないと判断したからだった。
ところがNATO加盟国でしかもアメリカに次ぐ軍事力を持つトルコが反対を表明し、先が見通せない状況だ。5月25日にはフィンランドとスウェーデンの外相がアンカラでトルコのチャブシオール外相と協議した。
トルコ政府がテロ組織に指定しているトルコ分離主義勢力のクルド人のクルディスタン労働者党(PKK)などを北欧2カ国が擁護しているとして、トルコのエルドアン大統領がNATO加盟は認めないことを表明している。NATO加盟承認は加盟国の全会一致が原則なため、北欧2カ国にとっては、加盟手続きを加速したいNATO側にとっても高いハードルになっている。
一方、トルコにも事情がある。ウクライナに軍事侵攻したロシアに対して非難したものの、シリアやイラク問題で不安定な中東の最前線に立つトルコは、つねに脅威となっているイランを念頭にロシアとの関係悪化は避けたいところだ。ロシアを批判しつつも、国連によるロシア制裁決議には加わっていない。
NATOにとって北欧2カ国の加盟は欧州東側の防衛強化の大きなプラスになる。東西冷戦の終結後、多くの西側諸国は防衛規模の削減に動いてきたが、フィンランドはロシアと1300キロにおよぶ国境を接していることから、過去70年もの間、強力な軍を築き、軍事侵攻に備えて独自の安全保障体制を構築してきた。
1939年11月、領土を譲ろうとしないフィンランドに対して旧ソ連が侵攻に踏み切った過去がある。だが、フィンランドの強い抵抗に遭い、雪の中で補給路を断たれ、最終的には停戦が成立した。当時のフィンランド側犠牲者は2万5000人といわれ、旧ソ連軍はその5倍以上の命が失われた。その時の旧ソ連兵の大半はウクライナ人だった。
国民1人当たりで見ると欧州最大の戦力
フィンランドは現在、西欧では最大規模となるカノン砲1500基を保有し、最新鋭のアメリカ産地対空ミサイル(SAM)も購入している。近年はサイバー戦争に備え、欧州諸国で有数のサイバー防衛軍を持つ。18歳以上の男性には兵役を課している(女性は志願制)。
フランスを初め多くの西欧諸国は兵役を廃止し、国防費を削減し、諜報活動も予算が削減され、国民の平和ボケが進んだ現実を抱えている。ロシアの脅威にさらされるヨーロッパにとってフィンランドのNATO加盟は心強い。フィンランド人の根底には「自分の国は自分で守り抜く」という強い信念があり、それは冷戦終結を受け、政治的中立を捨てて欧州連合(EU)に加盟した1995年以降も防衛体制を変えていないことに表れている。
フィンランドは今年、軍事費を国内総生産(GDP)比1.96%まで引き上げる。2020年は1.34%、2021年は1.85%だった。アメリカのトランプ前大統領がNATOへの分担金を増やすことを要求しても応じようとしなかった西欧大国とは対照的に、フィンランドは確実に軍事費を増やしてきた。
アメリカの最新鋭ステルス戦闘機「F35」64機(約94億ドル相当)の購入契約を正式に交わし、包括的な安保体制の下、戦時には正規兵28万人の動員が可能で、さらに60万人の予備兵を準備している。「国民1人当たりでみると、欧州で最大級の兵力となる」とアメリカのウォール・ストリート・ジャーナルは指摘している。
ロシアのプーチン大統領は、もしフィンランドやスウェーデンがNATOに加盟し、NATO軍のミサイルなどの兵器が北欧2カ国に配備されるようなことがあれば「それなりの対応を取る」と表明しているが、フィンランドは軍事的弱小国家ではない。それでもロシア軍のウクライナ侵攻を見て、抑止効果を含め、戦時にはNATOの助けが必要と判断したということだ。
ロシアはフィンランドがNATO加盟に踏み切った後、電気や天然ガスの供給を停止した。しかし、フィンランドは国家非常事態に備え、輸入燃料5カ月分、穀物6カ月分を備蓄している。民間企業約1000社とも連携して官民で備蓄を強化し、製薬会社は3〜10カ月分の医薬品備蓄を義務づけられている。軍事的中立の中で非常事態に対して官民挙げてシミュレーションを繰り返してきた。
一方、トルコが懸念するクルド勢力について、フィンランドのクルド人移民は少数派で国内には約1万5000人しかいない。フィンランド政府はEUのテロ指定に準拠してPKKを非合法として禁じている。その意味ではフィンランド加盟にトルコが反対する理由はクルド人擁護より、ロシアを刺激したくないという思いのほうが強いことがうかがえる。
トルコ「スウェーデンはテロ組織の巣」
それに比べ、スウェーデンの事情は異なる。
スウェーデンは、クルド人を含む、紛争から逃れる移民をヨーロッパで最も保護している国の1つだ。トルコのエルドアン大統領は、スウェーデンを「テロ組織の巣」と呼んでいる。
クルド人は独自の国家を持たない世界最大規模の民族でその数は約3000万人と推定され、トルコ、シリア、イラク、イランに散在する。
PKKはトルコ国内のクルド人の自治権を主張し、1980年代半ばからトルコ軍と国内外で戦ってきた。トルコは現在、シリアのイスラム国(IS)の排除に貢献したシリアのクルド人民防衛隊(YPG)を安全保障上の脅威と見なしている。トルコは、YPGを標的にシリアとの国境沿いで軍事作戦を行う構えだ。
スウェーデンはノルウェー同様、長年、海外で人権擁護活動とマイノリティの尊厳を守る活動に専心してきたことから、クルド人難民約10万人を受け入れている。基本的にはEU基準で受け入れを行っており、トルコに次いでPKKをテロ組織に指定した国だ。
ただ、スウェーデン当局がYPGの政治部門であるクルド民主統一党(PYD)の代表と接触しているとトルコは指摘し、2021年にスウェーデン首相になったアンデション氏の当選にクルド系国会議員の支援が欠かせなかったことを挙げている。アンデション氏の社会民主労働党とPYDは密接な関係にあるとトルコ当局は見ている。
さらにシリア北部のクルド人支配勢力の政治部門、シリア民主評議会(SDC)ともスウェーデンは協力関係にあるとしている。
エルドアン氏は、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟条件として、PKKとその関連組織に対する公の非難声明を要求している。さらにトルコ政府は、スウェーデンとフィンランドで活動するPKK協力者を取り締まることを望んでいる。
トルコのチャブシオール外相は5月25日のフィンランドとスウェーデンの外相との協議後、「テロリストのリストが提示されなかった」と不満を表明した。ただ、トルコが北欧2カ国のNATO加盟批判で、クルド勢力攻撃を正当化しているとの批判もある。
ウクライナ危機でトルコは無視できない存在
北欧2カ国のNATO加盟には、アメリカ、およびイギリス、フランス、ドイツの後押しなどが不可欠と見られる。スウェーデンのアンデション政権は、トルコが要求するテロリスト引き渡しや対トルコ武器禁輸措置の解除に応じる構えは見せていない。
イギリスメディアはNATO加盟承認の全会一致のルールに疑問を投げかけており、いずれにせよ北欧2カ国のNATO加盟は対ロシア外交で対立関係を鮮明にしている。
NATOのストルテンベルグ事務総長は5月24日、スイス・ダボスの世界経済フォーラム(通称、ダボス会議)で「経済利益より自由を優先する戦いだ」と述べ、ロシアや中国と価値観において決定的対立をもたらす発言を行った。
EUは6月末、ウクライナ危機を受け、不安定化が避けられない欧州の新たな安全保障戦略を話し合う首脳会議を予定している。それまでにはトルコの支持を得るため、協議が続きそうだ。
トルコはウクライナ危機でロシアとウクライナの仲裁役を買って出ており、無視できない存在だ。北欧2カ国の加盟問題はNATOおよび欧州安全保障にとって大きなターニングポイントになるだろう。
(安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住))