所得税を加味しない報酬を受け取っていることも見逃せません(写真:khadoma/PIXTA)

現職の国会議員になりすまして新幹線特急券とグリーン券の料金を支払わずにだまし取った元立憲民主党議員のJR無料パス不適切使用事件。細田博之衆院議長の「議長になっても毎月もらう歳費は100万円しかない。上場会社の社長は1億円は必ずもらう」などの発言が物議を醸し、政治家の報酬や特権に関する議論が熱を帯びています。

なぜ議員報酬は削減されないの

国会議員などの多くの政治家(無投票で当選する議員を除く)は現行の政治システムによって当選しています。そのため自らが当選した政治システムを変更しようとは思わないものです。変更することで当選が難しくなる可能性があるからです。そのため、当選の弊害になるものはことごとく排除しようと考えます。

たとえば、「10増10減」は1票の格差を是正するために、次の衆議院選挙からの適用が求められています。1票の格差を2倍未満に抑えるため、小選挙区の定数を、東京、千葉、埼玉、神奈川、愛知で10増やし、宮城、福島、新潟、滋賀、和歌山、岡山、広島、山口、愛媛、長崎で1ずつ減らすのが「10増10減」です。

区割り案は政府の選挙区画定審議会が6月中に首相に勧告します。これは、法律どおりに実施することが前提であることを忘れてはいけません。しかし、与党を中心に反発が強く、2月には、自民党議員が見直しを含む衆議院の選挙制度改革の議論を始めるように茂木敏充幹事長に申し入れをするなど思惑が入り乱れています。

「10増10減」の根拠は、定数を人口に応じて増減させる「アダムズ方式」です。本来は与党が中心となり決定したルールを変更することはできないはずです。

このように、政治家は自らが当選に有利になることでないかぎり前向きには議論しないのです。政治システムをかえる法案を提出することもありません。当然のことながら不利になるシステムに変更されることもありません。本腰をいれて実現させようなどと思っていないからです。

これは、最近議論になっている議員報酬についても同じことがいえます。よく知られているケースでは、名古屋市の河村たかし市長の月給は50万円です。これは副市長や市議会議員よりも安い額であり、政令指定都市のなかでは最低額です。これまでも、議員報酬半減や市民税減税を訴えていますが議会の反発などで可決されてはいません。

これが国政レベルになるとより顕著になります。たとえば、総理大臣になるためには、政党の中で候補者に選ばれなくてはなりません。議員から総理大臣にふさわしいと思われなければいけないのです。そして首班指名選挙で過半数を取得することで初めて総理大臣に指名されます。

もし、その候補者が「議員数を半減しよう」「議員報酬を減らそう」などの方針を打ち出していたら、推薦人はおろか党内総裁選で選ばれることなどありません。国会議員がいやがる政策を出せば党内でつぶされてしまうでしょう。だから、いつまでも堂々巡りになるわけです。

報酬はいったいいくらか?

国会議員の歳費は月額129万4000円と定められています。年額で1552万8000円になります。ここに、期末手当(賞与)として年額635万円が加算されますので、総額2187万8000円が基本ベースです。

さらに、昨今問題視されている文書通信交通滞在費(現在は調査研究広報滞在費に名称変更)が月額100万円支給されます。ただ、領収書の公開などが不要であるため、第2の給与とも呼ばれさまざまな用途に使用されているのが実情です。以前からそのあり方が問題視されていましたが、領収書による精算が必要ありませんからまったくのブラックボックスです。

では、月額100万円の領収書も必要ないお金を一般人が稼ごうとするとどうなるのでしょうか。所得税の税率は、所得が多くなるほど税率が高くなる累進税率が適用されています。基本ベースの2187万8000円に1200万円(月額100万円×12カ月)が加算されますので、所得税は40%になります。

月額100万円の領収書も不要な手当を得るためには、約1700万円(月額141万円×12カ月)の収入が必要になるということ、つまりその程度の価値があるということです。所得税を考慮すれば、基本ベースの2187万8000円+1700万円=3887万8000円になるとも言えるわけです。

次に、この基本ベースに「立法事務費780万円(月額65万円)」を加算してみましょう。「立法事務費」は「国会議員の立法に関する調査研究の推進に資するため必要な経費」として会派に対して支払われます。会派と聞くと複数の所属議員が居るように感じますが1人だとしても政治資金規正法上の政治団体として届け出ていれば会派として認められます。

なお、「立法事務費」には使途公開が義務づけられていません。適切に立法に関する調査研究に使っている人もいると思いますが、立法数、質問主意書提出数、本会議・委員会発言が少ない国会議員も大勢います。まったく活動していなかったとしても「立法事務費」の使い道を第三者が確認する術はありません。「立法事務費」の必要性には個人的には疑問を感じます。

一般人なら5183万円の年収があるのと同じ?

文書通信交通滞在費と同じように、使途公開の必要のない月額65万円を一般人が稼ごうとするとどうなるのでしょうか。所得税は40%と考えれば、108万円の収入が必要になります。約1296万円(月額108万円×12カ月)程度の価値があるということです。先ほどの基本ベースの2187万8000円+1700万円=3887万8000円(議員歳費+文書通信交通滞在費)に1296万円(立法事務費)を加算すると、5183万8000円となります。

さらに、JR特殊乗車券・国内定期航空券の交付や、3人分の公設秘書給与や委員会で必要な旅費、経費、手当、弔慰金などが支払われます。さらに、政党交付金の一部が、各議員に支給されます。政党からは役職に応じて黒塗りの車もあてがわれます。

議員会館の賃料は無料、議員宿舎には格安で居住することができます。2014年に賃料引き上げを行いましたが、周辺相場の2割程度で借りることができます。24時間体制の警備がほどこされセキュリティーは万全です。部屋から緊急通報のボタンを押せば秒速でスタッフが駆けつけます。

最近では、国会議員ではなく地方議会から声があがっているケースがみられます。大阪市会は「文書通信交通滞在費及び立法事務費に関する制度見直しを求める意見書」を衆議院議長、参議院議長、内閣総理大臣、総務大臣に提出しています。地方の声が大きくなれば中央を動かすことができるかもしれません。

ノブレス・オブリージュはどこへ

高い地位にある者が負うべき道義的、倫理的責任を果たそうとする「ノブレス・オブリージュ (noblesse oblige)」という考え方があります。欧米社会における基本的な道徳感であり、とくに政治家には必要とされている精神です。

国会議員の仕事は、第1に国会で政策を議論し、必要な法律を策定することです。選挙区のお祭りに顔を出したり、運動会に参加することは公務ではありません。

今国会の冒頭で、各党は「使途公開」や「国庫返納」の法改正を口にしていました。ところが成立したのは当選した月の支給額を「日割り計算」にする改正だけです。使途公表や国庫返納はなんら盛り込まれていません。さらに、「文書通信交通滞在費」から「調査研究広報滞在費」に費目が変更されています。

名称変更によって、従来では目的外とされた「調査研究、広報、宿泊代」にも使えるようになりました。「実態調査、啓蒙活動、これらの目的に関わる一切の費用」として使えるようになったわけです。名称を変えて問題のすり替えはいかがなものでしょう。このまま参議院選挙に突入してしまうのでしょうか。国民1人ひとりが注視しなければいけません。

(尾藤 克之 : コラムニスト、明治大学客員研究員)